君と手を繋ぐ未来
朗は文句を言いながら母ちゃんの作ったダシマキ玉子を美味しそうに食べている。
朗の1番の好物である。
「チエコちゃんは母親を早く亡くしとるけん、お前のジイチャンは料理もよう作れんし、スーパーの惣菜とか買って来て食べさせよったし、知らんとよ…ばってん、カレーはジイチャンよう作りよったな、チエコちゃんが美味しいって言うけんって、嬉しそうに話しとったよ」
朗は、カレーをよく作っていたチエコを思い出していた。カレーは唯一、ジイチャンとの思い出の料理だったのだ。
母親から料理を教わる事もなく、家庭の味さえあまり知らないチエコはきっと一生懸命に料理を作ってくれていたんだろう。
よく指を切っては包丁に文句を言い。火傷をしては油のせいにしていた。朗は思い出し笑いをする。
「本当…下手くそだった、でもカレーは美味しかったな」
そう言ってまたダシ巻きを食べる。
朝食を終えた頃にお坊さんが来てくれて、形ばかりの葬式を終えた。
その頃にはすっかり朝日が上り、綺麗な青空が澄み渡っていた。
チエコが見つかった公園に蓮と来た。
花束と線香があった、きっと母ちゃんだろう。
この公園は小さい頃、チエコと遊んだ思い出の場所…チエコはずっとここで眠っていたんだ…。
朗と蓮は手を合わせチエコの冥福を祈った。
「蓮さん、ついて来てくれてありがとう」
朗はそう言って微笑む。
「礼なんて言うな、照れ臭いから」
蓮らしい返事に朗はまた笑ってしまった。
「夢に母さんが出て来た…誕生日おめでとうって言われたよ」
「そうか、今日はお前の誕生日だったな」
「うん。26になっちゃったよ」
「26か…早いな、あんなに小さかったのに、よくこんなにでかくなったもんだ」
「夢で母さんにも言われたよ…父親に似ているってさ、会った事もないのに似てるって言われてもな…」
朗は最近、父親に会ってみたいと思うようになっていた。きっとエディと崇を見てそう思ったんだろう。他人でも親子みたいに信頼しあえる。
自分の父親も何か事情があったのかも知れない…
朗が産まれた事さえ知らないと言っていた。
知らないとこで息子が産まれていたんだから、責任とか取れないじゃないか?
今ならそう思える。
じゃぁ…知っていたら?どうしただろう?
「父親に似てるか…」
蓮は呟くようにそう言った。
「うん、母さんは似てるって」
「お前はお母さん似だよ、笑ったらチエコそっくりだ…お前の方が遥かに男前だ…私なんかより、チエコに似ている」
「はっ?」
蓮の言葉に朗はキョトンとなる。
「蓮さんどうしたの?何言ってるの?」
明らかに蓮の様子はおかしい。
何か決意したかのように目をそらさず、真っ直ぐに朗を見つめている。
見た事もない蓮の表情に朗は少し戸惑う。
「本当は言わないつもりだった、嫌われるのが怖くて…ずっと遠くから見守って行こうってそう思った…でも、ずっと側に居て、泣いてるお前見たら、もう手放したくなくなったんだ…」
蓮は少し間をあけ、言葉を溜めるように…何かを吹っ切るように「朗…私はお前の父親だ」そう言った。
目をそらさず、嘘や冗談ではないとその真剣な目をしている。
「嘘…蓮さんが俺の父親…」
朗は蓮の言葉に戸惑い、動揺している。
「ずっと名乗れなかった」
「母さんは…俺が産まれた事は知らないはずだって言って…」
声が震えた。
「チエコに突然別れようって言われ、姿を消されて…でも、しばらくして偶然に赤ん坊のお前を抱いてるチエコを見つけた時…全て理解出来た、きっと私に堕胎しろと言われると思ったんだろう…当時はまだバアサンも生きていて、冴子もまだ高校生だったから」
朗は手でギュッと握りこぶしを作る。
「妻子居るのに母さんと付き合ったの?」
「チエコと初めて会った時…その美しさと若さに惹かれた…飲み屋で働いていたチエコに会いたくて、よく通った…彼女が自分に好意があると知った時は舞い上がったよ…初恋をまたしているみたいで…妻子が居ても構わないとチエコに言われ、いけないと分かっていても彼女と付き合った」
「冴子さんやおばあちゃんに悪いと思わなかった?」
強い口調だった。
握ったこぶしを振り上げてもいいのかも知れない。
「その時は思わなかった」
朗は黙った…
頭の中ではいろんな思いがグルグルと回った。
「ねぇ…一つ聞いていい?」
蓮は頷く。
「母さんを愛してた?」
「もちろん、愛してた」
「母さんが子供生んでいい?と言ったら産ませてた?正直に言って」
「…当時なら産まないで欲しいと言ったかも知れない…」