過去9
「何ぼけっとしてんの?自分の誕生日でしょ?」
朗はケーキとチエコを交互に見ている。
「お母さんの顔に何かついてる?」
朗は首を振る。
「じゃぁ、手伝って」
そう言われチエコの横に立つ。
「あれ?背縮んだ?」
チエコの背は華よりも低く不思議な感じがした。
「何言ってんの?アンタが大きくなったのよ…」
チエコはクスクス笑う。
そして真っ直ぐ向かい合わせに立つ。
「いい男に育ったわね…昔はあんなにチビで泣き虫だったのにお父さんより高いんじゃない?」
「お父さん?」
「うん、アンタのお父さん…出会った時、凄くかっこよかったのよ…歳は凄く離れていたけど…朗はお父さん似ね…朗は今幸せ?」
「えっ?」
「幸せ?」
もう一度聞かれて朗は頷く。
「そうか…良かった…ごめんね、お母さんが幸せにしてあげれなくて…誕生日のお祝いもしてあげれなくて…アンタにはいつも寂しい思いさせてた…ずっと謝りたかったんだ…ごめんね朗」
「何…言って」
そう口にすると涙が零れた。
「全く…泣き虫は変わらないわね…いい男が台なし」
チエコは微笑み朗の涙を拭う。
「お母さん…」
「なに?」
「ごめんなさい…俺、酷い事言った」
「バカねぇ~まだ気にしてたの?お母さんはそんな事でアンタを嫌いにならないわよ」
そう言うと朗の体を抱きしめた。
「ごめんなさい…」
そう繰り返す。
「泣き虫!じゃぁ、そろそろお母さん行かなくちゃ…成長した姿見れて良かった」
チエコはそう言うと朗から離れ、玄関へと歩きだす。
「お母さん」
朗は慌てて呼び止める。
「何?」
「プレゼントありがとう…大事にするよ」
「うん!もう一つあるから…きっとアンタは喜ぶわよ」
そう言うとチエコはまた歩きだす。
「お母さん」
もう一度呼び止める。
「いってらっしゃい」
あの日…チエコに言えなかった言葉をようやく口に出来た。チエコは微笑むと消えて行った。
朗は目を開けた。
今度は竜太朗の家だった。
手で顔を触ると涙の後に触れ、泣いていたんだと分かった。右側に温もりを感じシーツをめくると華が朗の横に添い寝していた。
「コイツ…信じられん…男のベッドに無防備に寝やがって」
そう言って鼻を摘む。
息が出来なくてもがいてはいるが華は、全く起きない。
「そう言えばコイツとよく昼寝したな…風呂も一緒に入ったし」
マジマジと寝顔を見る。マツゲが長い…寝顔は子供の頃と変わらない。
変わったのは体つき。
横向きに寝ている華の、プロポーションはシーツでも隠せないように、柔らかそうなラインが浮き出ている。
つい…目がいってしまったのはボタンが開いてるせいで胸の谷間が見える…ガキだと思ったんだけどな。
いつの間にか幼なじみの女の子は大人の女になっている。
「けど、中身はガキだな、男のベッドに入り込めるんだから」
そう言ってシーツをかけ直した。
ベッドから抜け出すと屋上へと上がる。
朝になりかけの冷たい雰囲気が朗は大好きだった。星と太陽がほんの少し共存する時間だ。
泣けば何かが変わる…エディに言われた意味がやっと分かった。
屋上から街を見下ろす。キラキラと明かりが揺らいでいる。
「朗、良かった」
後ろから蓮の声がして振り向いた。
「ベッドに華ちゃんしか居なかったから」
「華には何もしてないからな」
つい、聞かれてもいない事を言う。
蓮は笑い出した。
蓮はずっと朗の側に居てくれた。夜、嫌な夢で起きた時も側に居て手を握ってくれていた。眠れない夜も蓮のおかげでなんとかやり過ごせた。
「蓮さん、俺…今日横瀬に行くよ、母さんの骨をジイチャンの墓に入れたいんだ」
朗の吹っ切れた顔を見て連は安心したように笑った。
「一緒に行ってもいいか?」
「いいよ」
◆◆◆
朝早くの便で横瀬に行く。チエコの遺骨を持って。
「朗、ちゃんと上着のボタンは閉めなさい、まだ微熱あるだろ?ほら、マフラーちゃんと巻け」
蓮は何かと世話を焼き自分のマフラーを朗にぐるぐる巻いている。
「蓮さん苦しいから」
文句を言っても聞き入れては貰えない。
横瀬の船着き場に着くと母ちゃんが待って居てくれた。
「よう来たな、お坊さんは8時には来てくれるって言いよったけん、ウチでゆっくりしとき、朝ごはんは食べて来たんか?」
朗達が食べていないと言うと、豪勢な朝ごはんを作ってくれた。
「母ちゃんのご飯って美味しいよね、なんで同じ母親なのにウチの母さんは料理下手くそだったんかな?」