過去7
朗は頷きも返事もしないでただ黙っている。
「俺だって、最初は逃げてた…自分の罪からも、凜からも…けどお前が前に進めと言った、ちゃんと向き合えと言ったんだ」
崇は朗の手を握ると、
「俺はこの手で父親を殺した、この血のついた手で凜を守れるか不安だけど…それでも前に進む、お前の手は汚れていないだろ?不安がらなくてもいい、ちゃんと手を繋いでくれる人は側にいるから」
崇はそれだけ言うと立ち上がる。
「また来ます、それじゃぁ」
エディにも軽く会釈して部屋を出て行った。
◆◆◆
「お母さん、話があるの」
お粥を作り直しているマキコに華が、改まったように話をきりだす。
「何?お母さんも華に話があるの」
「本当?お母さんから話して」
「華からどうぞ、何?」
「あのね…アタシ、アメリカ行くの止めようと思うの…だって、ずっと日本に住んでるし、アメリカの風習についていけないかも知れないし、英語だってネイティブみたいに話せないし、あっ、別に凜ちゃんと朗が別れたからってわけじゃないからね」
華は一生懸命に行けない理由を作った。
朗を看病している間、弱り切った朗を置いてアメリカに行けない…そう考えていた。
「つまりは朗を一人に出来ない…そうでしょ?」
華は焦りながら頷く。
「それでいいじゃない?」
マキコには嘘も何も通じないようだった。
「でも、お父さんに何て言えば…」
「正直に言えばいいのよ、嘘や誤魔化しなんかせずに娘の幸せを願わない親は居ないわ、ちゃんと言葉で伝えてね、親は子供を愛してるから」
そう言うと華の頭を撫でる。
チエコは伝えられなかった。朗の思いも伝えられ無かった。生きている間にしか出来ない行為だ。
「うん、分かった、お母さんの話は?」
「山本君と要君が大学卒業だからロジックを辞めるの…だから2月か3月に新しい人を入れるわよ華が一から教えてあげてね」
「そっかぁ、二人共大学卒業なのかぁ…新しい人もやっぱり大学生?」
「いいえ、オジサンよ…しかも覚えが悪い…働けるのかしら?」
「オジサン?リストラにでもあったの?」
「今の仕事を辞めるそうよ…しかも住み込みで働きたいって華、どうする?」
「はっ?住み込み?ヤダよ!知らないオジサンと住めない」
華は首をブンブン横に振る。
「あら、本当に?じゃぁ本人に断ろうかな、泣くわよあの人」
「あの人?」
「そうあの人…」
とエディが居る部屋を指差す。
「えっ?お父さん?嘘!いいに決まってるじゃない」
華は飛び上がって喜ぶ。
「えっ?じゃぁアメリカ行きは無し?」
「そうナシ」
とマキコはウィンクした。
◆◆◆
「俺…逃げてますか?」
崇が出て行った後、黙り込んでいた朗は口を開いた。
エディは優しく朗の手を握る。彼の手は小刻みに震えている。きっと…心の中で現実と戦っているのだろう。
「そうだね…逃げてるかな」
「逃げてるつもりはありません」
「じゃぁ…どうして泣かない?」
朗は泣くと言う言葉にピクリと反応した。
「泣く?泣いてどうなるんですか?何か変わるんですか?誰の為に泣くんですか?アイツですか?アイツは元々家にあまりいなかった、可愛がられた記憶がないのにどうして泣けるんですか?」
「君の為だよ」
「俺の為?どうして?」
「私には君が泣くのを我慢しているように思える…泣いても何も変わらないかも知れない、でも君の中で何か変わるかも知れない…君は悔しいんだよ、母親をどこの誰か分からない人に奪われて…ずっと憎んでいた人が本当は君を捨ててないなかった事に…そんな母親じゃないと信じてあげれなかった自分が悔しいんだ…それで怒っている」
「知ったような口聞かないで下さい」
エディの言葉を拒否するかのようにそう言って俯く。体が震えてくるのが分かる。
竜太朗が席を外したかと思うとすぐに何か手にして戻ってきた。
「朗…これ」
朗の手に袋を渡す。
「お前の気持ちが落ち着くまでと思って渡さないでおいたんだ」
「何?」
「チエコの遺品だよ、大事そうにバッグの奥に厳重に包まれていたから綺麗だぞ…中見てみろよ」
ドクンッ―と心臓が鼓動した。
震える手で袋から品物を取り出した。
中から出て来たモノは。
あの日、喧嘩の原因になった玩具だった。
チエコからのメッセージもあった。
朗。誕生日おめでとう
大事にしてね。
お母さんより―