過去6
「洗ったら帰るの?」
「どうして?」
朗はいつもと雰囲気が違う、ここ5日間はずっとこの調子で小さい子供みたいに一人になるのを嫌がった。
「華…もうすぐアメリカ行くから、少しでも長く話しをしとこうと思って」
縋るような目をしている朗に笑いかけ、「大丈夫、ずっとここに居るから」とそう言った。
額に手をあてるとさっきより熱い気がした。
「熱あるね、待ってて冷やすモノ持ってくる」
華が立ち上がろうとすると朗は華の手を掴んだ。
「大丈夫だから、ここに居てよ」
縋るような朗に愛おしさを感じた。
「分かった、ここに居るよ」
掴まれた手を握り返す。
「夜ね…」
朗が話しを切り出す。
「うん」
「夜、電気を消すのが怖いんだ…眠るのも怖い…目が覚めた後にもし、竜太朗さんや皆が居なくなったらと思うと堪らなく怖くなる…すごく不安になる」
華は朗を安心させるように手をギュッと握ると。
「誰も朗を置いていかないよ、大丈夫」
と元気づけた。
「華は?華は居なくならない?」
もうすぐアメリカに発つ…その事実を知っている朗は寂しそうに言う。華はずっと、ある事を考えていた。
「大丈夫…居るよ、だから安心して」
「本当?」
「うん、本当だよ、だから朗はご飯をいっぱい食べて早く元気になって貰わなくっちゃ、病人相手に怒れないでしょ?」
「えっ…いっぱい怒鳴ってるじゃん」
朗はボソッと言った。
「それは朗が悪いの!熱あるのに食器とか洗うし、何よもう!」
と華は力いっぱい怒鳴った。
「華、病人相手に怒鳴っちゃダメでしょ」
マキコが部屋に入ってきた。
「だって朗が」
華はしどろもどろになる。
「朗、ごめんねウチのバカ娘が」
とマキコは朗の額をさわる。
「あら、熱あるわね、熱計ってあげたの?」
「計ってない…」
華は罰が悪そうに答えた。
「もう、何しに看病に来てるの?しょうがないわね」
体温計を取りに行くと朗に渡す。
「汗かいてるわね着替えさせたの?」
「う…まだ」
「ご飯は?薬飲ませなきゃいけないでしょ?」
「い、今から作る」
華は慌てて台所へ向かった。
「全くあの子は何しにここに来てるのかしら?」
マキコは呆れている。
「説教…」
朗が呟く。
ピピッと体温計が鳴った 。
「38度近いわね…崇君とエディがお見舞いに来てるのよ、どうする?無理だと断る?」
「本当?俺大丈夫だよ、会いたい」
朗は起き上がる。
「そう?じゃぁ、先に着替えようか」
とマキコがタオルとパジャマを用意した。
『華、何してるんだ?』
台所にエディと崇、竜太朗が入って来た。
『お父さん、どうしたの?』
『崇と朗のお見舞いだよ』
と見舞いの品を華に渡す。
『朗は起きてるよ』
『知ってる、華の怒鳴り声が下まで響いてたから』
エディは笑いながらに言う。崇もクスクスと笑っている。
『だって、だって朗が悪いのよ』
華は恥ずかしそうに俯く。
『華…何か焦げてないか?』
焦げ臭い匂いが立ち込め華は慌ててコンロの火を止める。
「もう、何してるの?お母さんがやるから」
マキコが呆れ顔で華をコンロ前から離した。
「エディ、朗が待ってるわよ、後で華にお茶持って行かせるから」
「分かったありがとう」
エディは崇と共に朗が居る部屋へ行く。
「朗、大丈夫かい?」
エディと崇が部屋へ入ると朗は嬉しそうに笑った。
「うん、大丈夫…崇久しぶり」
崇にも笑いかける。
「ウォンからの伝言…助けてくれてありがとうだって、これはウォンと俺からお見舞い」
と朗に見舞いの品を渡す。
「ありがとう、ウォンは元気?俺も見舞い行きたいんだけどさ」
「もうすぐ退院だから改めて御礼に来るって」
「退院出来るのか?良かったな」
朗は笑っている。でも、その笑顔は無理しているように見える。
たわいもない会話をして元気そうに見える、普段と変わらない自分を演じているようで痛々しい。
「朗…、お母さんの事聞いたよ」
その言葉で今まで元気そうな自分を演じていた朗は、途端に顔を曇らせ黙り込む。
「辛いだろうけど」
「いいじゃん、そんな暗い話は…見舞いに来て暗くすんなよ」
崇の話をわざと遮った。
「朗、逃げるな!」
崇は真っ直ぐに朗を見つめる。
「逃げるって何から?」
朗はすぐに目を逸らした
「お母さんが亡くなった事実から、現実から逃げてはダメだ」
「何言って…俺は逃げてなんか」
「逃げるよ、朗は逃げてる、現実に目を向けるのはどんな人だって怖いよ、でも…朗は今生きてる…生きてるなら前に進まなきゃ、俺は父親を刺し殺した現実から逃げない!立ち向かって行くと決めた、だから朗も逃げないで欲しい」
崇は心からそう言っている。