過去3
遺体安置所の中はヒンヤリと身震いするくらいに寒かった。自分が吐く息が白く、嫌に気になる。
部屋に入る前から臭っていた線香の臭いが鼻につく。線香の煙りを辿ると真ん中にそれはあった。
部屋の真ん中に白い布がかけられた台があり、線香が遺体を慰めるように立てられていた。
台の上には見覚えがある衣服が置かれている。
その衣服はチエコが居なくなった日に着ていた物だ。色が変色していたが間違いなくチエコの服だった。
いつものように綺麗に化粧をし、仕事に行く用意をしていたチエコが昨日の事のように思い出せる。
喧嘩をしていたので、「いってらっしゃい」を言わなかった。チエコに話かけられても無視をした。
拗ねていたのだから話さえもしたくなかった。
でも、どうしてあの日だったのだろう?
いつも通りに帰って来てくれると思っていたから?
だから無視していても平気だった。だって、いつも後から謝って、許して貰ってたから…だから…その日もいつも通りに過ごしていた。
また話せると信じていたから。
また笑い合えると信じていたから。
けれど…あの日からチエコには逢えなくなった。
毎日、毎日、チエコの帰りを待った。どうして帰って来ないのか子供なりに考えた。
酷い事言ったから?
高い玩具をねだったから?
イイコじゃないから?
たまに横瀬の船着き場で一日中チエコを待ったりした。
もう酷い事言わない、高い玩具もいらない、イイコでいるから。だから、お母さん帰って来て!
ずっとずっとそう願わない日は無かった。
でも、月日が経つ内に段々とチエコを憎むようになっていた。憎まなきゃ心を保て無かった。
捨てられた子供になるのが嫌だった。
でも、今、目の前に居るチエコは物でしかなかった。白い台に乗せられたモノ。
朽ち果て、色が変色した骨が…この骨が…綺麗で朗の自慢だったチエコ…気が強くて朗がイジメられていたら子供の喧嘩にも口を出す母親。
綺麗な顔立だったから気が向いた時に来ていた参観日では友達に、お前の母ちゃん美人でうらやましか。そう言われ嬉しかった。
手を繋いで公園まで遊びに行った。
その手はもう…温かくはない。