過去2
答てくれない竜太朗の代わりに事情を知っていそうなマキコに視線を向ける。
でも、マキコも今にも泣きそうな顔で朗を見つめているだけだ。マキコの横に立つ華は既に泣き出していた。不安と恐怖が頭を過ぎっていく。
心臓の鼓動が少しづつ早くなって行くのを感じる。
なんで…何で皆、泣きそうで…不安そうな朗を見るに見兼ねたエディが、「身元確認って誰のだ」朗の手を引っ張る竜太朗の手を止める。
それでも竜太朗は答えてくれない。
「ねぇ?何なの?黙ってないで答ろよ」
不安が頂点に達しそうで朗はおかしくなりそうだった。
「チエコよ、チエコが見つかったの」
マキコが意を決したように声に出した。
「アイツの?何で確認が居るんだよ?本人に聞けばいいだろ?」
「聞けないんだよ…もう聞けない」
竜太朗はようやく振り向き答えた。
「…なんで?」
心が不安でいっぱいになる。
嫌な予感もする。
「今朝、死体で見つかったんだ」
そう言うと竜太朗は朗を力強く抱きしめた。
抱きしめたまま竜太朗は泣き出していた。
朗は暫く、キョトンとしていた。
◆◆◆
「今朝、横瀬の公園の裏山の土砂の中から見つかったの…雨がずっと続いてたでしょ?それで、昨日の大雨で地盤が揺るんでて崩れて…その中から」
「それって埋められていたって事か?」
エディの顔色が変わる。
「そうよ…多分、車か何かに跳ねられて…ひき逃げだと江口さんは言ってたわ、犯人が怖くなって埋めたんだろうって」
「…いつ?」
「15年前…チエコが居なくなった日よ」
華の泣き出す声が後部座席から聞こえて来た。
マキコは助手席側のドアを開け、華の居る後部座席の方へと移動した。
泣いている華をマキコは優しく抱きしめる。
「酷いよ、どうして救急車呼ばなかったの?生きてたかも知れないじゃない」
華はマキコにしがみつき泣いている。
「そうね、犯人は許さないわ」
「朗が可哀相だよ」
「うん」
マキコは華を力いっぱいに抱きしめる。
「もうすぐ、朗の誕生日だから…チエコ、会いたかったのよ」
「朗は辛いな」
エディがやるせない表情で警察所を見つめる。
「チエコだって辛いわよ、幼い子供を残して死んじゃったんだもん…私、チエコを酷い女だと思ってた…同じ母親として幼い子供を置いて居なくなるなんて酷い母親だって…チエコと友達だったのに、ちょっと考えればチエコがこんな酷い事をする子じゃないって分かるのに…誤解したままで謝る事も出来ない、朗を幸せにするって言葉は嘘じゃなかった…ただ、したくても出来なかったのよ」
そう言うとマキコも泣いていた。
本当に切なくて、どうして良いか分からない。エディは窓の外に広がる空を見上げた。
こんな悲しい出来事があったのに空は何事も無かったように青く…青く綺麗な空だ。
未来は過去からしか生まれない。過去がないと未来もない。本当は輝くはずの未来を過去の段階で閉ざされたチエコ。
未来に向けて前向きに進もうとしている朗の前に突き付けられた辛い過去。過去は未来をくれるはずなのに。悲しみと辛さだけしかくれない…。
「朗は暫く一人にしない方がいい、母親が死んでいて、しかもひき逃げなら殺された事と同じだから」
「竜太朗と蓮さんが暫くは面倒見るって」
「そうか…それなら安心だな」
エディはどうしようもなく、深いため息をついた。
◆◆◆◆
「朗君ごめんね、手続きが面倒臭いだろ?あとは、サインをこの書類にして貰えたら最後だから」
江口は朗にペンを渡す。
朗はペンを受け取ると、机の上にある書類に自分の名前を書こうとするが、手が震えて上手くサインが出来ない。
「朗、俺がするから…江口君いいだろ?」
竜太朗は朗からペンを取ると江口に確認をし、代わりに名前を書いた。
「朗、こっちにおいで」
蓮は朗の手を取ると近くのイスに座らせた。
「大丈夫か?無理しなくていいんだ、確認は取れてるんだから」
蓮はしゃがみ込み朗の顔を覗き込む。
朗は一言も話さない。それが心配でたまらない。
「朗君、どうする?止める?安置所は地下なんだ…歩ける?」
江口も憔悴しきった朗が心配のようだった。朗は大丈夫と、首を振ると立ち上がり歩き出す。
地下までの道のりは遠く感じた。肌寒く、明かりがついていても暗く見えるのはどうしてだろう?
階段を降りてすぐに安置所はあった。ドアを江口が開けてくれた。
ドアの前に立ってもそれ以上進む事が出来ない。
それでもゆっくりと前へ歩く。
確かめたい…本当にアイツが死んだのか…。