おいてけぼりの空
「居なくなったんだよ、まだ…10歳の朗さんを置いて」
マキコの代わりに要が答えた。
「えっ?」
もちろん山本は驚きの表情を見せる。
「10歳の誕生日だったの…あれからもう随分経っちゃったわね」
マキコは遥か遠くを見るような瞳で言う。それは懐かしんでいるのか…、幼い朗を置いて行った友人を責めているのか…分からない。
「見えるか?」
竜太朗は朗に双眼鏡を渡す。
朗と竜太朗は米軍基地を見下ろせる、小高い団地の屋上に居た。
「あの白い建物?」
双眼鏡を白い建物に向ける。
「そう、それ」
竜太朗は無理矢理、朗の助手になったので、早速、依頼人凛の兄、崇の仕事振りとシフトを手に入れて来た。
「なっ、俺が助手で良かっただろ?」
竜太朗は得意げにそう言うとハンバーガーを袋から出し、食べ始める。
「たまたま、知り合いに崇と同じ職場の外人が居ただけじゃんか、シフトもその人から貰ったくせに」
得意げな竜太朗に嫌みを言う。
「お前なぁ、この偶然も俺に助手になれ~助手になれ~って言ってるんだぞ」
「わけわかんねぇ」
朗は双眼鏡を置くと自分もハンバーガーを袋から出し、食べ始める。
「あのさ…あんまし気ぃ使うの止めてくんない?」
朗はちょっと怒っているように見えた。
「何が?」
「何がって…アイツの事だよ、別に話たっていいんだよ、妙にマキコさんも気を使うし、返って嫌なんだけど」
「…う、そうか、すまん。」
そう言うと竜太朗は朗の肩に手を置き反省のポーズをする。
「古いって、ジローさん死んじゃっただろ?」
「えっ?鈴木の爺ちゃん?」
「バカ!猿だよ猿!」
朗はようやく笑顔になった。
「なぁ…お前、チエコちゃんの事、恨んでるか?」
「そりゃぁね~初めは小さかったし、誕生日に居なくなるなよって思った。けど…」
「けど?」
「わかんない…帰って来たら殴るかもしんないし、無視するかもしんない」
朗は怒ったような…悲しそうな顔で空を見上げた。
きっと、子供だった自分が邪魔だっただけで…いつも帰りが遅くて、男遊びも激しくて…。
朗の母親チエコはシングルマザーだった。
女手一つで朗を育てていたからそれなりの苦労はあったかも知れない。
…でも。
それでも誕生日だけは毎年きちんと祝ってくれたのに…
「誕生日に居なくなるなよなぁ~俺、そんな高いプレゼントねだってないと思うんだけど」
そう言って朗は空を見上げる。
置いてけぼりの日もこんな風に空には雲ひとつ無く、12月なのに暖かくて。
あの日、小学校は終業式だった。
通知表を片手に、
「ただいま」と玄関のドアを開けた。
家にはいつも誰も居ない、母親はシングルマザーだったから、朗が学校から帰る時間は夜の仕事へ行く時間と重なり、留守番が多かった。
小さいボロアパートに2人暮らしで、終業式の日は24日でクリスマスイブ。
そして朗の誕生日。
だから毎年、その日だけは母親は仕事を休み誕生日ケーキと一緒に待っててくれた。
けど…あの日だけは違った、「ただいま」と元気よく声を張り上げても、「おかえり」と言って笑ってくれる母親の姿は無く、
買い物かな?初めはそう思った。いつもの誕生日ならテーブルにケーキがあって、ささやかながらご馳走が用意されててもおかしくないのに、テーブルには何も無かった。
時計の針は容赦なく進む、昼から夕方になり…、そして夜になり、夜になっても母親が帰って来ないので、歩いてすぐの祖父の家に母親が帰って来ないと言いに行った。
その日から朗は祖父と暮らす事になったのだ。
祖母は朗の母親が小さい時に亡くなっており、祖父一人で頑張って朗を高校まで出してくれた。
祖父は本当に朗を可愛がってくれて、学校行事にもよく顔を出してくれた。母親があまり行事に来てくれなかったから、朗はそれが嬉しかった。
でも…母親に会いたい寂しさを祖父には言えずに居た。
「いつ帰って来る?」
なんて聞く事なんて出来い。
そんな祖父も5年前に亡くなった。
「じいちゃんの墓参り行こうかなぁ」
ふと、口から出た言葉だ。
「おっ、横瀬か!行くなら俺も行く。最近、竜之介をオヤジ達に会わせてないからな、行くなら日曜日な。」
と竜太朗が朗の言葉に飛び付く。
「何で、竜太朗さんに合わせなきゃいけないんだよ!俺に合わせろよ」
朗はムッとしながら言い返す。