真実までの距離3
崇はゆっくりと後ずさるが後ろに気配を感じ、思わず後ろを振り向いてしまった瞬間に男が崇の腕を素早く掴み後ろに捩上げた。
その早さに崇は一瞬何が起こったのか分からなかった。
『痛っ』
捩上げられた腕に力が入り崇は思わず声を上げる。
『崇、ウォンの携帯はどこだ?』
崇が感じた背後の気配はドノバンだった。
『知らない』
崇が白を切ると捩上げられた腕は痛みが激しくなる。
『腕を折ってもいいんだけどね…、ま、言わない気だろうがな』
絶対に言わない…たとえ腕を折られても…。
『あのメールの意味を教えてやろうか?あれは暗号だ…売買する場所と時間…誰に売ったか…、もちろん裏帳簿の役目みたいなもんだ』
ドノバンは崇の顔に手で触れようとするが、触られたくもないと崇は顔を背ける。
『昨日、一緒に食事をしていた可愛い女の子は君の恋人かな?』
―凛―
ドクンッと心臓が激しい波打つ感触がする。
昨日…つけられていた?
信じられない…真っ青な顔でドノバンを見た。
『やっと、目を合わせてくれたね…携帯、どこかな?優しく聞いてる内に言った方がいい、それか彼女に痛い目に合って貰ってもいいんだけどね』
口調は優しいが内容は最低なモノだった。
凛は?今、凛はどうしてる?
まさか…すでにコイツに?
朗が凛が危険だと言った。
その通りだ、彼女から目を離してはいけなかった。
一人にしてはいけなかったのだ。
物凄い後悔と恐怖に押し潰されそうだった。
エディを売って凛を助けるか。凛を見捨て、エディを売らないか…。
どちらを選んでも最低な人間に成り下がるのは確かだ…崇は覚悟を決めた。
◆◆◆
朗はエディの部屋をノックする。
夕べは結局眠れなかった…ドアが開き、エディが顔を出した。
「意外に早かったね、話って何だい?」
朗は来る前にエディに電話を入れていた。
「入っていい?」
「もちろん」
エディは笑顔で部屋へ招き入れた。
「ソファーに座ってて、今、コーヒー入れる…あ、朗はココアだったね…しまった、ココアはないんだよ」
エディは代わりに何かないかと冷蔵庫を開けた。
「オジサン、何も要らないよ、気を使わないで」
「そうか?それより、今日は竜太朗君は?」
「横瀬に竜之介と行ってる」
「横瀬?里帰り?」
「公園の近くが土砂崩れ起こしてて、手伝いに行ってるんだ」
「そうか、…それより座らないのか?」
ソファーの近くで立ったままの朗に不思議そうに聞く。
「…オジサン、パスワード解けたでしょ?」
エディの質問には答ずに、眠れず考えていた疑問を口にした。
「昨日の今日でかい?無理だよ」
「嘘だ…解けてるはずだよ…ううん、オジサンはパスワードを知ってるんだ」
エディに少し間が出来たようで、ほんの一瞬、沈黙になった。
「どうしたんだい?探偵ごっこかい?」
笑った顔でそう言っているのにエディの目は笑っていない…朗はもちろん気付いている。
「オジサンって何者?どうして昨日、あの場所に来れたの?俺達をつけてた?…誘拐されそうになった時も…偶然過ぎる、何で日本語読み書き出来るのに崇を通訳として置いてるの?オジサンが佐世保に来たのは殺人が起こる、少し前だよね?何を調べてんの?何で崇にいれ込むの?」
朗は一気に全ての疑問を言った。
エディは黙って聞いていた。
否定も肯定もせずに、暫く…沈黙と緊張が続いた。
いや、続いたと思ったのは朗だけかも知れない。
エディは笑った…崇や竜之介に見せるような…あの優しい笑顔ではなく。
ほくそ笑む…それに近い…笑った、次の瞬間。
凄い速さでエディは朗の腕を掴むと側の一人用のソファーに投げるような勢いで座らせた。
一瞬の事で朗は驚いた顔をしたが、すぐに立ち上がろうとする。
エディは朗の両手をきつく握りソファーの両手摺りに押さえつける。朗が立ち上がろうともがいてもエディの力には敵わない。
「やっぱり疑ってたか…あの画面に辿り着いてたからね…すると君もロックを解いたんだね」
相変わらずの笑顔で話しているが…やはり目が笑っていない。
「だって…アドレスがロジックだったから…半信半疑だった…でも、今日図書館でもう一度パスワードを入れて…確信に変わったんだ」
「解いちゃったか…簡単だったかな?」
「だって、俺も…パスワード作るなら好きな人の誕生日入れる」
「そうか、マキコの誕生日知ってたんだ…当たり前か、マキコは君を息子のように可愛がってるからね…君は素直でかっこよくて。…でもバカだよ、一人で来るんだから」
掴んだ手に力を入れ、朗は痛さで顔をしかめる。