悲愛の呪い
……また…あの時の悪夢を見た。
もうこの悪夢を何回見たのだろう。
……いや、見たと言うよりは体験したような感覚だ。
現実味のある体の暖かさや感覚、匂いに湿度、周りの音。そして痛み。
そういった五感のすべてがその悪夢でも感じられる。
現実世界と比較しても大差がほとんどないほどに。
そう、ただ一つのことを抜いて。
それは体験する悪夢がどうやっても結果が同じになると言うことだ。
毎回悪夢は何も変わらないし変えられない。
抗うことは出来ても意味を成さない。
そしてこの悪夢を見るときは決まってこの悪夢の結末や起きることがわからなくなる。何度も見ていて忘れるはずがないのにだ。そのせいで先読みして行動も出来ない。
だからいつも苦しみを味わいただただ絶望するしかない。
俺、八神蓮は一生に一度でも体験したくないあの出来事をまた俺は鮮明に体験する。
――――― モノローグ ―――――
時期は冬のクリスマスイブ。
空から降り続く淡雪、地面一体が銀世界の中、赤く染まった地面に横たわる彼女。
彼女は至る所から血が出ているせいか、白く美しいワンピースだけでなく雪までもが赤く染まっている。
しかし彼女は笑いながら涙を流してこちらを見ているだけ。
痛みで泣き叫ぶこともなく、苦しみの顔を見せることもなくただこちらを見ている。
周りの人間は騒がしい悲鳴や慌ただしい声を上げていて大混乱が起きている。
しかし自分は地面に、横たわりそれを見ているしかない。
体はボロボロで全身の骨が軋むように痛く、口の中は傷が無数に出来ているせいか血がほのかな鉄の味を口の中で広げている。
息をするにも肺がやられているせいか酸素が思ったように吸えず呼吸もするのも辛いし至る所から血が滲んでいて走馬燈まで見える始末だ。
しかし彼女ほどではない。
今まさに目の前の彼女は生死をさまよっているに違いない。
彼女の傷、血の量からして素人目から見ても重傷なのは確実。
だから助けなければ…。
たが体は動かず、指先に力を込めようとしても感覚はなく寒さや恐怖のせいで震えが止まらない。
「……なんで動かないんだ。……助けなきゃ…いけないのに」
そうして無理矢理体を動かそうと全身に力を込める。
しかしなぜか体は一ミリたりとも動かない。
まるで金縛りに遭っているかのようなまたは地面に固定されてるようなそんな感じだった。
目の前で大切な人が生死の狭間にいるのに何も出来ない。
自分の無力さに心押し潰れそうになり涙が出てくる。
……そんな時だった。
「ちょっと君大丈夫?」
近くにいた女の人が携帯に何か話しながらかけよってくる。
「……大丈夫?意識はある?」
女の人はそう言いながら俺の前まできてしゃがんだ。
「今警察と救急車読んだから来るまでの辛抱よ。絶対助かるわ」
女性は俺の手を握ってそう言う。だが言葉には何だか信憑性がなく何かを誤魔化そうとしているようなそんな感じがした。声からも恐怖とは別に焦りや不安が入り交じり合っていた。
確かに俺のケガも重傷だがそれよりも彼女の方が重傷だ。まずは俺の元に来るのではなく彼女のもとに行くべきだと思い、
「……大丈夫…です。…それより彼女の方が重傷です。…まず彼女を助けてあげてください。」
今にも佩かなく消えてしまいそうな彼女を早く……。
しかしそんな願いは叶わず女の人はその後すぐに激怒したように、
「なに言ってんの。どう見ても……あなたの方が重傷じゃない。」
と声を上げた。
周りを見ても確かに皆俺を見ている。
一体何をそんなに見ているのか。
俺はうつ伏せの状態で頭だけ動かして横目で自分の周囲をみた。
だか何もない。注目されるような目立ったことは一切ないのだ。
そして最後に上を向いてみると空は雲に覆われ雪がポツポツと降り続いているだけ。
だがそこにも何もな……い?
次の瞬間全身の血が抜けたように青ざめる。
そこには…長さ五十メートルはあるであろう鉄パイプが俺の心臓あたりに刺さっていたからだ。
「……そうか…俺は…死ぬのか。」
こんな状態なのに落ち着いてる自分に少し驚きながら、その光景から目を逸らす。
そして下を向いてみると自分の周囲の雪は血を吸い真っ赤になっていて、鉄パイプが自分の体を貫通して地面に刺さっているようだった。それをみて改めて自分が今どういった状況か知らされる。
確かにこれは重傷とかの話ではないな。さっき感じた金縛りやら地面に固定されてるような感じとは鉄パイプが俺の体を貫通して地面に刺さっていたからか。
なるほどな……これは彼女よりヤバいかもな。
痛みはなく体が痺れて全身の血が抜けていくような感じがするだけ。
いや痛みは感じているはずだが今はそれどころではなかったと言うだけだ。
今の俺は自分のことは二の次で彼女のことしか考えていないからだ。
彼女を助けたい。それさえ出来ればもう悔いはない。だから死んでも構わない。
覚悟はとっくについていた。
だから……
「……俺は大丈夫…彼女を見てあげ…てください」
と息の荒い声で言った。
女の人は驚きながら数秒間考えて、納得してはいないようだったが「すぐに戻ってくるわ」とだけ言い残し彼女の方に向かっていった。
俺は死ぬけど彼女には生きてほしいな。君は僕の生きがいなんだから。だから最後に……君の笑顔を見たいな。
そうして彼女を見てみると彼女が笑いながら何かを言っているのがわかった。彼女の笑顔はこれまで見てきた彼女の笑顔が霞むほどに綺麗で今にも消えてしまいそうな美しさだった。
「……バイバイ…蓮く…ん」
小声だったが確かに聞こえる彼女の声。力の抜けたそれでいて透き通るような美しい声。
「……私を…忘れないで…ね」
そして彼女はその言葉を残し目から生気が消える
忘れないでね?どうゆう意味だ?俺が君のことを忘れるはずがないだろ。
何で君がそんなお別れみたいなことを…死ぬのは僕…なのに……。
女の人が必死になって彼女に話しかけているのを見たがらただただ絶望する俺。
「…俺はただ君と…一緒にいたかっただ…けなのに」
そう、彼女といるだけで幸せでそれ以上のものは求めなかったはずだ。何が悪くてこうなったのか見当もつかない。
そして後悔で押しつぶされながら少しずつ僕も深い闇の中に落ちていく……。
意識の中で暗く深い闇の中を落ちていく。
そして闇の中から突然鎖が現れ俺の体を覆う。
黒く悍ましい鎖が体を貫き心臓に巻かれる。
少しずつ俺の大切な何かを奪うように締め付けた鎖に錠がつき、カチャリと鈍い音をたてて閉まる。
そしてまた闇の深くに沈んでいき、意識は少しずつ薄れていく。
そしてこの悪夢を初めて見てからというもの俺の中である感情が束縛された。
人間にとってあって当たり前でなくてはならない感情。
そう、俺は異性に対して好意を持つことを禁じられた。
これは俺の罪に対する罰。これから先も背負っていかなければならない戒めだからしょうがないと思っていた。
あの日が来るまでは。
これは俺が、彼女が残した言葉の意味を知りそして俺自身の恋を見つけるまでの物語。




