転生メイド……とはあまり関係ないテンプレ婚約破棄物
リハビリにちょっとテンプレ物を書いてみた
ノクターン版投稿しました。
ここは王立士官学園。貴族の子弟はこの学び舎で領民を率い己が領地を守る術を学ぶ為、15歳から18歳までの間入学がするよう定められています。私こと、マルグレーテ・ジョゼットもその決まりに従いこの士官学園の学生です、いや”でした”。
この士官学園は武術、魔術に秀でた者であれば、または恐ろしく難関な試験を突破すれば平民でも入学することができ、優秀であれば武官としてスカウトされ、そうでなくても卒業すれば国軍の士官となれるので貴族だけの学び舎ではありません。
貴族の義務として武術、兵法、魔術を修める者もいますが、現状ではコネ作り、女性であれば結婚相手を見つける場となってます。実際婚姻が決まればさっさと退校する者も半分以上います。まぁ下級貴族にとって学費は馬鹿にならない出費ですからね。
さて、そんな王立士官学園ではパーティーの真っ最中です、広い中庭には所狭しと料理や軽いお酒がバイキング形式で並べられ、学生たちで賑わってます。私も親しい友人たちに囲まれ談笑している最中の事でした。
いきなり数名の生徒が壇上に上がり、はて? まだ余興には早い時間ではと、疑問に思いましたが、気にせずお喋りしていると、いきなり大声を張り上げたではないですか。
「マルグレーテ・ジョゼットよ、その傲慢極まる行い、もはや見るに堪えぬ! 貴様との婚約は破棄だ、疾く失せよ、もはやこの学園にお前の居場所はない!」
いきなり壇上から名指しで罵倒され、何かの聞き間違いだろうかと、つい、声のした方向を向いてしまう。そこには第一王子グレイル様が、私を睨みながら、身に覚えのない罪状を読み上げている。
友人たちも混乱してるようだ、なぜなら私には到底行えないような事ばかり言ってるのだから。とは言え名指しで言われた以上何も言わないわけにはいかない。
「えぇっと、殿下? ……何を仰ってるのか分かりかねますが?」
「ふんっ白々しい、マリアの美しさを嫉み、実家の力を利用した数々の悪行、知らぬとでも思ったか?」
見れば壇上の殿下の後ろには、中々に見目麗しい少女が震えて殿下の背中に縋りついている。いや、嫉むも何も彼女とは初対面どころか名前も知らないのですが……剛腹ですが我が家の駄メイドの言った事は、単なる世迷言では無かったようですね。
我が家の駄メイド、サラが言うにはこの世界は彼女の前世で(ごく一部で)流行った物語の世界に似通っているそうで。その物語において私はヒロインをイジメて破滅する悪役なのだとか。
子供の頃から「悪役矯正ぇぇぇ」とか言って、いちいち口煩いのでさっさと解雇したいのですが、無駄に謎の伝手を持ち、無駄に有能で、無駄に両親に気に入らている。実に給金の無駄な駄メイドだ。
彼女の世迷言を真に受けるわけではないですが―――そもそも彼女の話と状況が全く違いますし―――とりあえず一応聞かされたことを思い出してみる。
曰く、私、マルグレーテ・ジョゼットはこの国の王位継承権1位、第一王子グレイル様の婚約者として、彼を盲目的に愛しており。グレイル様が興味を持った女性を片っ端から排除するような女性らしかった。
この時点で突っ込みドコロ満載ですが、普通に考えて第一王子なんて身分の人に、側室の一人や二人当たり前でしょうに。まぁ駄メイドの世迷言ですからね。
そうしてグレイル様と出会った平民の女性、マリア嬢に対しても執拗に排除しようとしたが、決して屈さない彼女に業を煮やし、過激な手段を取るようになる。そしてそのイジメが王子に露見し断罪されると言う。
まぁ演劇としてなら良いんじゃないですか? 身分違いの恋や勧善懲悪は古今東西普遍の題材ですからね。とは言えこのマリア嬢、グレイル様だけでなく第二王子のフィリップ様を始め、王位継承権も持つ男性ばかりに近づき全員と親しいと噂だ。噂だと言うか同じ壇上に上がり彼女を守るように立ってる辺り噂は事実だと言うことかでしょうか。
当のマリア嬢は目を見開いて「な、なんで悪役令嬢が……」とか言って、分かりやすく狼狽えてます、必死に何かを殿下に訴えようとしてますが、都合よく解釈したのか、グレイル様は良い笑顔で肩を抱いた。
この辺も駄メイドの言った話とは違ってますね。まぁ本人曰く、「お嬢様の破滅フラグは全て叩き壊しました、ご安心ください」とか、自信満々にドヤ顔してましたが。別に心配はしてません、今の私は破滅とは程遠いですからね。
「話の流れから察するに、殿下の背後の女性がマリア嬢……とやらですか?」
「まだ恍けるか、彼女を襲った暴漢どもをこの俺が倒した時に聞き出したのだ、貴様の差金であるとな」
剣呑な声で言い放ったのは、王位継承権第4位、王弟殿下のご子息で騎士団に所属するバルド様だ。パーティーに剣を持ってきてるなんて空気読めないんですかねこの人。
「まだあるぞ、マリアが夜会に参加できぬようドレスを切り裂き捨てただろう」
同じく声を張り上げたのは第二王子のフィリップ様だ、王位継承権2位とは言え勢力的にほぼ対等なので、貴方はグレイル様と仲悪かった筈じゃないですか? あ、さりげなくマリア嬢の手を握ってグレイル様に睨まれてる。
「心の醜さは見た目にも表れるものだな、そのブクブクと太った豚のような身体で、よくもまぁマリアを貶められるものだ」
いかにも汚らわしいと言った声色で、侮蔑を吐く彼は、継承権15位の公爵家の次男坊ローレン様だ。継承権5位の兄と違って気楽な立場のせいか、それとも妾腹だからだろうか? 年齢は私の一歳下ですが、年齢よりも幼い印象を受ける。ぶっちゃけガキっぽい。
少しは兄を見習ったらどうですかね? それ以前に彼の弟なのになんで事情を知らないんでしょう? 学生寮住まいとは言っても普通実家の事とか耳に入って来るでしょうに。馬鹿だからですか? 誰を豚とか言っちゃってるんですか?
「はぁ……いや、私は別に太ったわけじゃなくて……」
流石に太ってるとか言われて黙ってる訳にはいかない。そりゃ周囲の令嬢たちとは違ってコルセットとかしてませんし、ゆったりとしたドレス着てますけど、これは太ってるんじゃなくて……
「もはや法の裁きを待つまでもない! この場で成敗してくれる!」
「激痛の中で己の罪深さを知るが良い!」
「ま、まって! 違うのよ……」
マリア嬢の制止が聞こえてないのか、バルド様が剣を抜き、私に切りかかって来る。そしてフィリップ様は気障ったらしいセリフと同時に炎の魔術を放つ……が、私を力強い腕で抱き寄せた方がいる以上、全くの不安なんてなかった。
バルド様の剣は無造作な腕の一振りでへし折れ、呆然とする間抜け面を殴りつけられ、殿下の足元まで吹き飛ばされる。
フィリップ様の炎は、彼の周囲に満ちた魔力の圧力だけで捩り潰される。魔力の圧力に触れ、圧倒的な実力差を流石に察したのか、表情は青ざめ足が震えている。
私を助け出してくださったこの方は、大丈夫か? などとは聞かない、なぜなら彼が傍にいて私に危険などあるわけが無いからだ。
「マール、下がってるんだ。友達が心配しているよ」
「はい、アルス様お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
アルス様に頬に軽く触れるだけのキスをしてもらった後、友人達に囲まれる。全員が殿下たちを睨みつけてる辺り、彼女たちも相当腹に据えかねてるようだ。
「あ、兄上? 何故その女を庇うのですか?!」
彼こそが継承権第5位にして公爵家の嫡子アルス様、陛下の姉君の子であり……あからさまに怯えているローレン様の兄だ。彼にとって兄アルス様は『武力』の象徴であり、その兄が怒気を発してるのだ、そりゃ怖いでしょう。さっきの暴言のせいだから同情は一切しませんが。
「僕はな、別に彼女に切りかかったり、魔法を撃った事は怒ってないんだよ。猫が本気で襲って来たって虎が怒るはずないだろ? 血迷った雑魚程度どうこうする気はないんだよ……けどな」
雑魚と言い切られ、反論しようとしたバルド様とフィリップ様だが、次の瞬間黙り込む。周囲にアルス様の魔力が満ち、物理的な圧力を伴った魔力の密度に口を開くことができない。
その凄まじいプレッシャーの前に、誰もが金縛りにあったように動けない。尤も私や友人たちは圧力ではなく、温かいものに包まれたかのような感触を感じただけだが。対峙する者にとっては恐ろしい圧迫感となり、二人の王子とバルド様はその場に硬直し。ローレン様は地面に押し潰される。
「あっ……がぁぁぁぁ!」
「なぁローレン? お前さっき彼女に言ったセリフをもう一度言ってみろ。豚とか醜いとか聞こえたのは僕の空耳だよな?」
ローレン様―――もうローレンでいいや―――の周囲だけ凄まじい圧力がかかってるのか、地面に倒れた彼は更にめり込み、地面に亀裂が入る。うん、今アルス様の表情を見るのが怖い、普段温厚な人が怒るとほんとに怖いです。でも私の為に怒ってくれるのは嬉しいです。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!! まって……ゆるして、あにう……え……」
「まさかとは思うが……お前は肥満と妊婦の区別がつかないとは言わないよな?」
普段通りのゆっくりとした話し方だが、押し潰されるほどの圧力の中、いつも通りにされると物凄く怖い。
先も言おうとしたが、私は別に太って無い。つい先日安定期に入ったから、パーティーに出席しても良いと主治医の許可が出たので、実に数か月ぶりに学園にやってきたのだ。
私がマリア嬢をイジメとかできるわけが無いのは、妊娠が発覚してから安定期に入るまでずっと屋敷で安静にしてたからで、勿論学園も休学していたからだ。
久しぶりに会う友人たちはお腹の大きな私を祝福して、急いでこのパーティーを催してくれたと言うのに。この馬鹿どものせいで台無しよ全く。
「ア、アルス? 妊婦とはどういうことだ? その女は私の婚約者の筈……」
グレイル様が焦ったように問い正してくる、流石に王族にはそんな強い圧力をかけてるわけではないようで、動けないにせよ話すことはできるようだ。弟君? 口が動けば魔法を撃ってくるかもしれないから、強く抑えるのは仕方ないですね。
「白紙になってるの知らなかったのですか? 学園に新入生が入学する時期ですのでもう八か月前になりますわよ」
「なっ! 聞いてないぞ、婚約者だから私の恋人であるマリアをイジメたのではなかったのか」
いや、ですから私、妊娠してたので学園に来てませんってば。この調子では婚約が白紙になった経緯を知らないんでしょうか?
「宜しいですか? 一年ほど前、病没したロビン様。つまり去年まで王位継承権1位であった、殿下の兄君がお隠れになったことで、継承権の繰り上がった貴方方の、王座を巡る水面下の争いが表面化してしまいました、ここまでは宜しいですね?」
「あ、ああ承知している、だからこそジョゼット公爵家は私の後見となる証として娘と婚約させたのだ」
それを知っててなぜ婚約破棄とか言い出したのか分かりませんね。まぁそもそも婚約者では無いのだから、婚約破棄も何も無いのですが。
「さて、貴方方は王位を巡って争ってます。そして王位継承を巡る争いが終わった後、自分の敵であった貴族に対して、婚約など法的な繋がりが無ければ、負けた派閥であっても当主の隠居程度で済みます。そこで陛下は勅命で貴方方の婚約を白紙にしたのです」
ちなみに進言したのは私の父です、このままだと王位を得られなかった継承者を支援していた貴族は連座して、処罰とはいかなくても冷遇されるのは目に見えている。そこでせめて傷が浅くなるようにと、父が陛下を説得したのです。
倒れてる人たちも驚愕した様子だ、なんで当事者の貴方方が知らないんですか? マリア嬢とイチャイチャしてて周囲が見えてなかったのですか?
「僕は早々に継承権放棄したから関係ないけどね」
アルス様の家とは幼い頃に婚約を打診された縁があり、殿下との婚約が白紙になったらすぐに彼との婚約が決まった。多分父からすると私が王妃となる可能性を求めて、冷遇される可能性を飲むのを避けたかったのでしょう。
そこで王座を求めず、かと言って誰が王位を得ようとも一定の配慮しなくてはいけない立場かつ、今後に期待の持てるアルス様との婚姻を望んだのだ。まぁ側室の皆さんにも平等に愛情を注ぐのがちょっと不満ですが、そこは男の甲斐性と自分を納得させます。
「八か月前に婚約白紙になってその半月後にアルス様と婚約したのですが……今は安定期ですわよ? このスケベ」
私の友人たちが彼を見る目はかなり生暖かい。婚約者を婚姻前に妊娠させた人はスケベ呼ばわりされ周囲に揶揄われる決まりだ。まぁ別に不名誉だったりするわけではなく、子供を作る能力の証明なので、揶揄われるのも会話のネタでしかないですが。
「殿下、僕の妻に対する暴言、侮辱その他諸々は陛下に報告させてもらうよ。厳しい叱責を覚悟しておくように……それとローレン」
「ひっ! は、はい!」
「僕が魔物を駆除して国の領土を増やした功績でね、その土地は僕が新しい家を興して治めることになったんだ。忙しそうだし苦労も多いだろけど、実家だけでなく国やジョゼット公爵からの援助もあるから、そんな悲観はしてないけどね……お前が我が家の跡取りなのはちょっと不安だから、性根を叩き直してやるから一緒に帰るぞ」
「ひぃぃ! ご、ごめんなさい! 許してください兄上! ま、ま、マルグレーテ義姉様お願いですから兄上を宥めて……」
非常に情けない声が聞こえたような気がしますが、聞こえないふりをする。口は禍の元、妊婦を豚呼ばわりした罪は死して贖うべし。
アルス様はボロボロで動けないローレンを担ぎ、私に「パーティーが終わる頃に迎えに来るよ」とだけ言い残し去っていった。途中助けを求める声に応える人はいなかった。さて正直パーティーどころじゃない、項垂れてる残りの人たちどうしましょうかね?
その後、バルド様とフィリップ様は「妊婦に対して狼藉を行った」として、それぞれの派閥から突き上げを喰らい後継者争いから脱落。グレイル様も事情を聴いた陛下の怒りを買い蟄居を命じられる。とはいえマリア嬢が身の回りの世話をしてるそうで、後継者争いをしてた頃の強気は何処へやら? 今ではすっかり腑抜けている、とは我が家の駄メイド、サラの報告だ。
駄メイド曰く、どうもマリア嬢は駄メイドと同様物語を知ってる人間だそうで、筋書き通りに殿方に近づいたのは良いが彼女は……私には理解できませんが「だめんずホイホイ」とか言う難儀な性質らしい。ダメ男ほど彼女に惹かれ、彼女もダメ男を見ると「私がなんとかしなきゃ」とか考えてしまう生粋のダメ男好きらしい。そして彼女が何でもしてしまうので男は更にダメになっていく。
うん、市井に暮らしてたら不幸になるかもしれないから、ある程度以上の生活が保障されてる王子とくっついたのは彼女にとって幸福だったのかもしれませんね。
ローレン? ああ、私はアルス様の屋敷に住んでるのですが、当然ローレンも住んでいます。顔は合わせていませんが、毎日悲鳴が聞こえるので生きてはいるでしょう。
継承権がアルス様より下の人達は、あまり大きな勢力でないので。継承権3位で御年5歳、陛下の末の息子であるレナード様にアルス様が後見となった。実はアルス様には幼い頃からの世話係のメイド―――側室の中でもアルス様の初恋の相手で、目下最大のライバルだ―――との間に2歳になる娘がいて、未来の王妃にしたかったとかなんとか。
二十数年後に王座に就いたレナード王は、後に賢君と称えられ。正妃との間に四男三女を儲ける理想の夫婦とも呼ばれるのだが……アルス様が暴れまわって増えた領地の運営に忙しい私にはあまり関係の無い事でした。いや血は繋がってないけど甥と姪だから関係なくは無いですけど、私の実子だけでも10人もいる子供たちの世話でそれどころじゃないんですよ。正室として側室に負けるわけにはいかないので、ちょっと頑張り過ぎたでしょうか?
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