第六話:出会い
『どうしたの、ぼーっとしちゃって。』
シャーミは手を広げて、思いにふけっている少年の顔の前でぶんぶんと振った。
もちろん、スーラはもう少年といえる年ではない。しかし、童顔と華奢な体つきは彼を若く見せていた。
『なんでもないよ。』
現実に引き戻されたスーラは伏せ目がちに答えた。
『ふ〜ん。』
シャーミはつまらなそうに口をすぼめた。スーラの横にしゃがみこむと、長い金髪が膝にかかった。
お風呂に入り、こざっぱりとしたシャーミは大分、少女らしく見える。肩に下ろされたやわらかな小麦色の髪に着いた水滴がキラキラと光る。
行動や言動に見合わない聡明そうな青いの瞳が、切れ長の目の中で揺れている。
今晩限りでお別れだ。
スーラはシャーミの小さな頭をゆっくりと撫でた。
『スーラ?』
少女の瞳が困惑したように曇った。
『ご、ごめん。お風呂は入ってくる。』
はっとして、スーラは荷物を掴むと立ち上がった。
『本日はお招き頂きまことにありがとうございます。』
モネはそう言うと、赤い絨毯に膝をついた。
目の前の玉座の上には、年老いた国王が座っている。豪傑・・とはとてもいえない容貌。気のいいおじいちゃんって感じだ。
赤色のマントと白いひげが、なんだかサンタクロースを連想させる。
『なかなか立派になったではないか。のう、パロット男爵。』
この台詞は、毎年聞いている。
『はい、御蔭様で。』
これも。
しきたりに文句を言うつもりはない。ただ、なんとなくこんな風に同じ事を繰り返すのが、嫌なのだ。
家もクリスマスも礼拝もパーティーも。みんな、なくなってしまったらと考える。
望むものは。キラキラ光る槍・・・鎧とか。
『今日は特別な趣向を用意してみた。気に入ってくれるといいのだが。』
『趣向といいますと?』
『うむ。サーカス団とやらを呼んでみた。』
『シャーミ。正装をしなさい。』
スーラはきっぱりと言った。
『やだ。わたしも芸をしたい。こんな窮屈な格好したくない。』
シャーミも頑なに言い張る。
『今日はだめだよ。団長だって、私たちみたいな新参者は任せられないって言っていたじゃないか。今日はサーカス団にとって大事な日だ。シャーミが出ていって、失敗したどうするんだ。完璧に物に出来ている技なんか一つもないくせに。』
『それは、スーラのせいでしょ。危ないからって、ちゃんと練習させてくれないじゃない。』
『シャーミ、私の仕事を忘れてるよ。シャーミの警護だよ。』
『パーティー出ない。』
『今日は無理。団員全員が招待されたから。とにかく、ドレスを着なさい。』
『なによ。スーラの馬鹿。』
シャーミは渋々、ベットの上に置かれているクリーム色のドレスを手に取った。
『着替えるから出て行って。』
シャーミはスーラを睨んだ。明らかに腹を立てている。
スーラはうなづくともう一度背を向けてしまったシャーミを見た。
その緑の瞳の中に浮かんだ寂しさによく似た感情に、シャーミが気づくことはなかった。
ドアがコツコツとノックされた。
『お迎えに上がりました。』
『はい。』
シャーミがドアを開けると、品の良い初老の召使が立っていた。
『スーラはどこですか?』
スーラの姿が見えないので、シャーミが尋ねた。
『お連れ様は謁見の間でお待ちです。』
『謁見の間?』
なんだか嫌な予感。
『お連れしました。』
初老の召使は仰々しい装飾の施された巨大なドアを軽くノックして、声をかけた。
『さあ、どうぞお入り下さい。』
ドアが、ギギーと音を立てて開いた。
召使に促されて、シャーミはゆっくりと中に入っていった。
暗闇の中で、水の音だけが聞こえる。
少年はため息をついて、ベンチに腰を下ろした。
パーティーが始まって小1時間。早くも、お世辞の挨拶に疲れたモネはパーティー会場を抜け出して城の中庭に逃げてきた。
かなり寒いけど、あそこにいるよりはマシだ。
目を閉じて、静寂の中でゆっくり息をした。
まただ、ぼーっとしていると眠気が襲ってくる。
モネの意識が眠りの中に、落ちいきそうになったその時、
背後でガサガサと音がしたかと思うと、右肩がズシンと重くなった。
『いった。』
モネが痛みに顔をゆがめた瞬間、目の前がクリーム色になった。
ドレスがふわりと揺れる。
金色のベールが広がった。
『へ、人?』
青い瞳と薄茶色の瞳が出会った。