第二話:モンブラン
『寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今日の目玉は空中ブランコだよ。宙の舞うのは蝶だけじゃない。大陸一のブランコ乗り、セザンヌ嬢の華麗なる空中芸をとくと御覧あれ。』
景気のいい掛け声で、モネは目覚めた。馬車に差し込む日差しが暖かくて、ついうとうとしてしまったようだ。
最近、ヒマさえあれば眠っている気がする。目覚めたとき、いつもなにか夢を見ていたような気がするのだがよく覚えていない。なんとなく耳に残っているのは雨音だけである。
窓の外を覘くとなるほど騒がしいのも当たり前で、馬車が走っているのは首都モンブランの城下町である。
いつ来ても、溢れんばかりの人でごった返している。今日はクリスマスイヴとあって、馬車は人の波に揺られながら3分に一メートルのペースで進んでいる。
『見て見て、スーラ。あれ、綿あめかな。後で絶対見て回ろうね。』
シャーミは周りをきょろきょろ見回しながら、前を歩くスーラの服の袖をつかんだ。赤く染まった頬からも少女の興奮ぶりが分かる。
『それより早くお風呂に入りたいよ。こんな恰好じゃ目立ってしょうがない。』
スーラは不機嫌そうに周りを見渡した。さっきから視線が気になってしょうがない。長旅で泥だらけになった二人はクリスマスイブの華やいだ街中では、一際目立っているようだ。
『別に汚れてなくたって、スーラといれば目立ってるもん。』
シャーミはまださっきの団長の発言を根にもっているらしく、小声で文句を言った。
『ふーんだ・・あ、あれじゃない?ショコラ亭って宿屋。』
言い返そうとしたスーラの耳にシャーミの無邪気な声が聞こえた。
ショコラ亭の店主コロネ氏は二人の奇妙な客の対応に少し困っていた。
『お風呂の付いてる宿屋さんてここですか?』
目の前に立っているのは汚れたマントにすっかり色あせたベレー帽をかぶった少年で、どこからどう見ても町一番の高級宿に合わないお客だった。
『そうだけど、君。お金持ってるの?銅貨なんかじゃ泊めてあげられないよ。』
やっと開いた口で、コロネ氏はため息交じりに言った。
『お金なら持ってるよ。一時間お風呂を貸し切りにしてね。』
そう言うと、少年は首にかけている革のポケットの中から一週間分の宿泊料にあたる金貨三枚を取り出した。なにか言いかけようとしたコロネ氏に目に黒い髪が飛び込んできた。
『シャーミ、一人で先行かないって約束だよ。』
汚れた格好でも自然に漂う優雅な雰囲気と美しい容姿は誰が見ても明らかである。
『お姉さまもご一緒でしたか。ささ、坊ちゃまもここにおかけになって。お風呂ですね?すぐにご用意いたします。』
スーラが現れると先ほどとは打って変わった態度とると、店主はそそくさと去って行った。
『シャーミが先にお風呂入って。』
浴室の前で荷物を下ろすと、スーラは中の物を出して整理を始めた。
『一緒に入らないの、“お姉さま”?』
シャーミはニヤニヤしながら、尋ねた。
『自分だって、さっき店主に男だと思われてたくせに。』
スーラはいつも無表情の顔を少し赤らめながら言い返した。白い肌がピンク色に染まる。シャーミはうっとりとため息をついた。
『スーラって本当にきれいだよね。ミロ団長だって気づいてないよ。スーラが男の子だってこと。』
周りに誰もいないのを見て取ると、長い黒髪のかつらをうっとおしそうに外した少年は不機嫌そうにシャーミを睨んだ。
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