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「えっと、それはどういう」
「熊に襲われて重傷だったのは覚えてるか」
「うん、もうこれでおしまいなんだなって、痛くて苦しくて吐き気がして、辛かった」
「普通に治療したんじゃどうしても間に合わない。そこで俺は、君の体に進化というスキルを使ったんだ」
「進化? 」
「そう、強靭な肉体に進化させることで、再生の効果をあげる為にね。それと、ごっそり削られた体の補強にソードウルフの細胞の一部を融合させた」
「ごめんなさい、ちょっと意味がわからないです」
「あーつまり、君は純粋な人間とは言えなくなったし、これから体にどんな反応が出てくるか分からないってことなんだ」
「それって、死んじゃうようなことになったりするってことですか」
「断言はできないけど、そういったことにはならないと思う。病気になりやすくなったりしたとしても俺がいれば防げるはずだし、基本的にはプラスの効果しかないはずだ」
「ならいいんじゃないでしょうか」
あまりに、あっけらかんと少女は言った。
「ならいいって、理解しているのか? 君は人間じゃなくなったんだぞ」
「人間であることに、そんなに意味があるんですか? 」
そう言われて、俺は咄嗟に反論できなかった。
人間であることに意味はある。それは言うまでもない。
人種の違いですら争いの種になるのだ。
人ですらないとバレたらなにをされるか分かったもんじゃない。
しかし、彼女にとってそれが意味があるのかと言われれば、俺にはどう答えればいいのか分からなかった。
寄生している間に、彼女の記憶の一部を垣間見たが、一言で表せないほど彼女は厳しい毎日を送っていた。
そして、ついさっきまで死にかけていた。
そんな彼女に対して、人間であるかどうかなんて些細なことだろう。
「分かった、もう過ぎた事を言っても始まらない。私たちのこれからについて話し合おうじゃないか」
「私たち、ですか」
「そう、私たちの方針についてだよ」
「えっとその前に、アナタをなんと呼べばいいんですか。まだ、名前とか聞いてないです」
名前、名前か。
生前の名前でもいいのだが、寄生生物となった今、それは少しミスマッチな気がする。
「パラサイトとでも呼んでくれればいい」
「パラ・サイトさんですか? 私は、アリサです」
少し呼び方に違和感があるが、細かいことは気にしないことにした。
「アリサ、君は私のせいで人間から少しばかり道を外した存在になってしまった。私としては、君にしばらく寄生させてもらいたい。もちろん、君が良ければだが」
「全然いいです!むしろ大歓迎です。命を助けてもらって、ご飯までご馳走になりましたし、私には何も文句はありません」
「そう言ってもらえるとありがたい。私としても人間に寄生出来ることのメリットは大きい。代わりといってはなんだが、君には出来るだけ自力で生きていくだけの力を提供したいと思う」
「力、ですか」
「もう既に変化は始まってるんだ。そのうち嫌でも君は実感することになると思う。自分が、人間から外れた存在なんだと」
翌朝、俺たちはアリサが住んでいた町へと向かっていた。
森を抜けて一時間ほどで、町が見えてきた。
「こんな近くに人が住んでいたとは」
「パラ・サイトさんが、住んでいた森は、普通の人は立ち入らないんです。危険なモンスター、私を襲ったマルベアなんかに出会ったら太刀打ちできませんから」
「なるほど、君はどうしてあそこに?」
「私は……」
アリサは一度視線を落とすと、何かを堪えるように手に力を込めた。
「もう限界だったんです、私みたいな浮浪者はたくさんいて、奴隷商人にいつも狙われていました。汚くて臭くて、どこも雇ってくれない。だから、あの森で水蜜草を取ってお金を稼ごうと思ったんです」
水蜜草というのは、森の中に自生している甘い蜜がとれる植物のことだ。
ホーンラビットを始め、様々な動物が糖分を求めて食べている。
「水蜜草は、砂糖の原料になるので高く売れるんです。あの森ではたくさん取れるって話を聞いたんですけど、マルベアの好物でもあるので取りに行く人は少ないんです。私にとってはチャンスだった。きっと取ってこれたらお腹いっぱいご飯を食べれるって」
「それでマルベアに襲われていたのか」
「そうです、そしたらダガーウルフも出てきて。もう絶対に助からないと思いました」
「だろうな、ならどうして逃げようとしなかったんだ。あの時切り掛かっただろう」
「どうせ逃げ切れないと諦めていたのもあります、けど」
「けど?」
「もう逃げるのにうんざりしてました、みっともなく逃げて後ろから殺されるくらいなら、前のめりに死んでやろうって」
「はっははは」
「な、何がおかしいんですか」
「いや、悪い。なかなかに男前だと思ってさ、馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「ならいいですけど……」
ぷくーと頬を膨らませて、拗ねるアリサはなかなか可愛らしい。
「そういえば、さっきから聞きたかったんですけど、私の肩に乗っているのは……」
「血吸いコウモリのチー君だよ」
「いえ、それは朝にも聞きました」
「私は声を出さずに、君の脳に話掛けることができるが、君はそういうわけにもいかないだろう。そこでチー君に話しかけているという体で誤魔化そうという腹積もりだよ」
「それってどっちにしろ、私はコウモリに話かける変人になるんじゃ……」
「大丈夫だ、一人でブツブツ言うよりは多少マシになるはずだ」
「パラ・サイトさんって割といい加減なとこありますよね……」
俺に抗議が届かないと諦めたアリサはガックシと肩を落とした。