3
ダガーウルフに移ってから、俺は積極的に経験値集めを開始した。
ダガーウルフに襲われて、宿主を守る為には力をつけておかなければならないと、気づかされたからだ。
そして、狩りをするうちに気づいたことだが、生物を殺すという行為は日常生活で得られる経験値より遥かに多くの経験値を獲得することができる。
ついでに、倒した相手が格上であると更にプラスされる。
そうした経験を経て、俺はホーンラビットに移っていた時に取得した、強化、補正、分体をフルに使い手広く経験値を集めることにした。
分体は、自分の分身を生み出し、自分の代わりとして寄生させることができる。
これは俺自身よりは多少劣化するものの、ほぼ同じ性能を有しており、経験値を集める上でかなり便利なスキルだった。
強化は、その名の通り宿主を強化するもので、強化率は宿主のステータスの約二割ほど。
補正は、宿主が得る経験値を増幅する。
これらによって爆発的に加速した、が。
ダガーウルフのレベルは8で止まってしまった。
レベル8に到達した途端に、取得する経験値量が大幅に減少したのが原因だ。
分体を寄生させた他の個体もレベルを上げてみたが、ある一定のレベルに達すると成長は止まってしまった。
これらの事象から考えるに、レベルには上限があるのではないだろうか。
種族または、個体によってレベルに上限があり、それ以上は上がらなくなる。
そして、俺のレベルは1のまま変化していなかった。
経験値はかなり溜め込んだはずだが、レベルが上がる気配は一向にない。
もしかすると、俺のレベル上限は1レベルなのかもしれない。
という恐ろしい結論に行き着き、意気消沈していたその日、俺はこの世界で初めて人間と邂逅することになった。
太陽が真上に上りきり、心地よい日差しが照りつけてくるのをダガーウルフの中で感じていた俺は、分体の一つから救難信号が送られてきたのを察知した。
分体からSOSが届いたのは、今までにも何回かあったことだ。
その度に駆けつけているが、レベル上限で強化もついている俺のダガーウルフの相手になるモンスターはほとんどいない。
今回もそうだろうとタカをくくっていた俺が目にしたのは、血だらけで息絶えるホーンラビットと3メートルを優に超える巨体を誇る大熊、どこか場違いなみすぼらしい姿の少女という組み合わせだった。
この大熊は、この森では数少ない俺が寄生出来なかった個体だ。
俺自身は人間の小指ほどもない大きさなので、基本的には対象が動いていない状態でないと寄生することができない。
なので、ダガーウルフに捕まえてもらってから寄生するというのが、常だったわけだが、この大熊はダガーウルフでは太刀打ちできないほどの強さで、諦めていたのだ。
少女の方は見たこともない。
というか、この世界に来てから初めて目にした人間だ。
髪はボサボサで、頬は痩せこけ体もガリガリ、栄養失調に陥っているのだろう。
麻布で出来た服を纏い、両手で錆び付いた剣を構えていたが、大熊にたいしてそれが、気休めにもならないことは明白だった。
せっかく見つけた人間を大熊に食べられてはたまらない。
俺は咆哮を上げると大熊に爪で斬りかかった。
鋭利な爪が、強化されて筋力によって大熊の腕を切り裂くが、分厚い毛皮に阻まれて、大した傷は付けることができない。
(やはり勝負にならないか)
ダガーウルフは、牙よりも爪のほうが鋭い。
今ので有効打にならないということは、勝ち目はないということだ。
「やあああああ!」
雄叫びを上げた少女が、剣で勢いよく大熊を切り付けた。
大熊の注意が俺に移ってチャンスだと思ったのだろう。
もし彼女が冷静だったなら、そんな愚行はせず逃げていたはずだ。
極度の緊張と死の恐怖が、彼女から判断力を奪い取っていた。
剣は大熊に直撃したが、傷一つつけることは出来ず、大熊は木の幹ほどもある腕を振り上げた。
「ごぼっ」
およそ、人間から出たとは思えない音を立てて、少女は血潮を散らしながら吹き飛んだ。