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体の主導権をうさぎに返し、俺はしばらくうさぎの視界から外の世界を観察していた。
生えている植物は地球とそんなに変わりはないように見える。
ただ、時々空を飛んでいる鳥の中に地球のものより遥かに大きいものがいて、うさぎはそいつに見つからないように草の中に身を潜ませていた。
ほどなくして、うさぎは群れと合流した。
群れの数は、10~20といったところか。
群れに合流してやっと人心地ついたのだろう、うさぎは腰を落ち着けて草を食べ始めた。
草の味が俺にまで伝わってくるが、正直おいしいものではなかった。
味覚を遮断すると、うさぎに経験値が少しずつ溜まっていることに気づいた。
どうやら、体を動かしたり食事をしたり、睡眠することでも経験値を獲得することができるらしい。しかし、それは本当に微量で、これだけでは到底レベルアップにつながることはないように思えた。
俺は寄生生物なので、宿主から少しずつ経験値と栄養を吸い取ってそれで生きているわけだが、獲得する経験値がこうも微量では、新しいスキルを取得するのは夢のまた夢だ。
とはいえ、今のままの自分ではなにが出来るということもない。
焦ってもしょうがない。俺はそのまま、うさぎの中で眠りについた。
翌日、俺はぼーっとうさぎの中から草原を眺めていた。
こんなにもゆったりとした時間を過ごすのはいつぶりか。
いつもならこの時間は、机に向かってせかせかと書類整理に精を出しているか、営業に行っている時間だ。
このまま、うさぎとして生きていくのも案外悪くないんじゃないか。
俺がそんなことを考えていると、ピーという鳴き声が響き、うさぎ達が一斉に駆け出した。
当然、俺が寄生しているうさぎも走り出すが、その反応は明らかに遅かった。
群れを分断して現れたのは、一匹の狼だった。
逃げ遅れた俺たちを獲物として認識したのだろう。
低い唸り声を上げながら、奴は俺たちの前に立ち塞がった。
俺が寄生しているホーンラビットの数倍の体躯、そしてふさふさの毛皮の下には逞しい筋肉が隠れている。
4本の足には、刃物に勝るとも劣らない鋭い爪がぎっしりと生え揃っていて、あれで引き裂かれたらホーンラビットの体なんてひとたまりもないだろう。
もし、俺がこの体と一緒に狼に喰われた場合、俺は死ぬことになるか。
おそらくだが、俺は死なないだろう。このうさぎが殺されたとしても、逃げる時間はいくらでもあるだろうし、脳みそまで食い尽くされない限りは、俺は死なない。
しかし、だからといって、このまま諦めるのもまた違うだろう。
短い間だが、寄生させてもらった宿主をみすみす死なせてしまったら、寄生生物の名折れ、俺はうさぎの体を操作し、後ろ足にぐっと力を込めた。
おそらく勝負は一瞬、時間をかけたら地力の差で勝ち目はないだろう、相手が油断している初撃で決める。
咆哮を上げて、狼が跳躍する。
俺は飛びかかってきた狼の顎に向かって、頭突きを発動した。
鋭く尖ったホーンラビットの角が、狼の下顎を直撃し、肉に食い込む。
見事なまでのカウンターが決まった。
狼はくぐもった悲鳴を上げると、その場に倒れ込んだ。
死んではいないだろう。思いっきり頭突きをかましたが、肉を突き破るような感覚はなかった。
一息ついていると、大量の経験値が一気に流れ込んでくるのを感じた。
どうやら戦闘による経験値は、日常に得ることができる経験値とは量が全然違うようだ。
俺はそれらの経験値と共に得たスキルポイントを消費し、『補正』、『強化』、『分体』を取得する。
分体は、自分の分身を作り出すなかなか便利なスキルらしい。
俺はホーンラビットに分体を植え付けると、気絶している狼に乗り移った。
前回と同様に脳を掌握すると、狼の情報が流れ込んでくる。
種族『ダガーウルフ』 レベル『4』 スキル『嗅覚強化』『暗視』『切り裂く』等々。
(ホーンラビットよ、いざさらば)
心の中で別れを告げると、今度はダガーウルフの体を操作して、俺はその場を離れた。