3度目の正直
「1つの祈り」「2つの願い」と同じ世界観の話になります。単独で読めます。
俺はふてくされていた。
なんだってこう、上手くいかないんだろう。
グチを聞かせるために、無理に引っ張ってきた友人のイリアスを相手に酒を飲んでクダを巻く。
「俺のどこが悪いんだ。精一杯相手を気づかって、優しく接して、大切にしてるつもりなのに!」
叫ぶ俺に目の前の優しげな顔立ちをした友人が、困った顔で笑った。
ちきしょう、イケメンはどんな表情してもカッコいいなぁ。
イヤ、俺だっていい線いってるんだぜ?
身長は高いし、商業柄鍛えてるからメタボとは無縁だし。
顔だって、少々ゴツいが褒められこそすれ貶された事はない。
性格は、少々大雑把だけどサッパリしてていい奴だって良く言われるし……。
「頑張ってんのに、最後はいつも『貴方に私は必要ないでしょ』って言われんだぜ!!なんでだ?!」
「なんだい、兄ちゃん。そんなかっこいいのにふられたのかい?」
叫びまくる俺に、周囲の目が生温かい。
場末の酒場で荒れるふられ男。
格好の酒の肴だ。
赤ら顔の親父がジョッキ片手に、気の毒そうな顔で近づいてくる。けど、目が笑ってるぞ、おい。
「そうなんだよ、おっちゃん。聞いてくれるか?!」
愚痴り相手にはあまり向かないイリアスに見切りをつけた俺は、好奇心の塊と化した親父に矛を向けた。
視界の隅で、イリアスがやれやれとでも言うように肩をすくめているが、知るもんか。
この際、酒の肴だろうと話に付き合ってくれるなら誰でもいい。
「マスター、瓶ごと酒持ってきて。いつもの奴!!」
奢るから、俺の話を聞いてくれ!
この世界は東西南北4つの国に分かれていて、それぞれに守護獣という者がいる。
俺の住んでいる 南の国では、地皇虎という種で、見た目は黄金色の毛並みをしたでっかい虎だ。
成獣になれば、大の大人を乗せて馬よりも早く地を駆け、並みの魔術師よりも巧みに魔法を操る。
そんな虎と選ばれた騎士が契約を結び、この国は護られていた。
騎士は守護契約者と呼ばれ、人々の尊敬と王の信頼を得る。
まぁ、所謂花形職ってヤツだ。
もっと言うなら、男なら一度は夢見る憧れのお仕事って感じ。
王に剣を捧げた騎士なら当然目指すそれを目標に、俺も14の見習いの時から努力し続けた。
剣や魔法の腕はもちろん。礼儀作法に立ち居振る舞い。普段の生活態度まで細かにチェックされる。
清く正しく美しく。
そうして、努力に努力を重ねて、俺は遂にチャンスを手に入れた。
初めて、守護獣達の暮らす土地に足を踏み入れた時の感動は、今だ記憶に新しい。
王城の特殊魔法陣から直接跳んだそこは、緑豊かな森で、至る所で地皇虎達がのんびりとくつろいでいた。
そこで相性の良さそうな地皇虎を見つけ、申し込みをして相手が受ければ、しばし共に時間を過ごす。
何しろ契約は神聖なもので、1度契約してしまえばよほどのことがない限り解消されることは無い。
自分の全てを預けることになる相手を選ぶのだから、慎重になるのも当然だし、たいていの騎士が選んでもらうために必死になる。
もちろん、俺も例外では無かった。
自分の命を預ける大事な相棒。慎重に見極めたいし、相手にもそうしてもらいたい。
俺が最初に選んだのは、成獣したばかりの若い雌で少しほっそりとした体と優しい目が特徴だった。
彼女にとっても、初めての申し込みだったらしく、はにかんだような声でうなずく姿が好印象。
つかみはOK。
そう浮かれていた時期が俺にもあったとも。
そばに寄り添い、その柔らかな毛並みに触れさせてもらい至福を味わう。
腕試しの軽い試練の時には経験の少ない彼女になるだけ負担をかけないように頑張った。
夢を語り、共に生きたいと乞い願い、彼女もそれに穏やかに頷いてくれていたというのに・・・。
それなのに彼女は、試用期間の最終日に俺の元を去った。
『貴方に私は必要では無いみたい。貴方は、1人でも生きていける強い人だから』
どこかさみしそうな瞳で俺を見つめながら。
彼女との時間をかなり気に入っていた俺は、がっかりして落ち込んで、しばらくは、何も手につかなかった。
だが、落ち込んでばかりもいられない。
契約を断られる事はそう珍しいことでは無いし、事実、今回挑んだ人間の半数は失敗していた。
自分を慰め奮い立たせると、俺は、もう一度じっくりと彼らを観察した。
だけど、残念ながら、2人目も再び同じ様なやり取りが繰り返されたのだった。
「はぁ〜。兄ちゃんはエリート騎士様だったのか」
酔った頭でも流石にマズイと詳細は省きつつもふられ続ける我が身を嘆いていると、赤ら顔の親父が感嘆のため息をついた。
「まぁ、見事につまづいてるけどなぁ〜」
遠い目をしつつ、グラスに入った酒をちびりとなめる。
散々愚痴れば興奮も収まり、次に来るのは虚しさだ。
小さな頃から本気で憧れて必死で努力して、ようやく、手が届きそうな所まできたのに。
「アースフォルトは、出来すぎなんですよ」
呆れた顔をしながらも、それでも根気強く付き合ってくれていたイリアスが、柔らかな声でつぶやく。
騎士団に見習いとして入った時からの友人に俺は怪訝な顔を向けた。
…意味がわからない。
「君は、優秀です。もちろん、努力の結果だと僕や仲間達は分かっているけれど、完成された君しか知らない人達は、君のことを完璧な超人扱いします」
付き合ってみれば、意外と単純馬鹿なお人好しだと分かるんですけどね、なんて肩をすくめるイリアスに俺は黙って先を促した。
「そして、君は他人を護る事に特にこだわりがあるみたいですね?時に自分が傷ついても他人を庇おうとする。
…アース、君、戦闘の時、一緒にいた地皇虎庇ったそうですね?」
問われて、驚きつつうなずく。
一緒には居なかったのに、こいつの情報網はどうなっているんだ?
「プライドが刺激されるんですよ。
守護獣達は、護る事に生きる意義を見いだします。それなのに、護るべき対象に守られるなんて……。
契約に挑む地皇虎達は、成獣したばかりの若い個体がほとんどで、彼等だって意気込みすぎてカラ回ったりもするんですよ。
想いに力が追いついていない、昔の僕達みたいにね。
そこらへん、考えた事無かったでしょう?」
「いや、……だって」
思いがけない言葉に、なんと返していいのか分からない。
「困っていたら助け合うのが相棒だろう?」
「そう。助け合いです。君は相手に頼りましたか?一方通行で守られてばかりでは、それは相棒ではなく庇護者です。
少なくとも、君の選んだ彼女達には、そう感じたんでしょうね」
かろうじてひねり出した反論はあっさりと叩き潰される。
マジな雰囲気にいつの間にか親父の姿は酒瓶と共に消えていた。
だけど、そんな事気にならないくらいに俺の頭の中は寂しそうに去っていった彼女達の後ろ姿で占められていた。
そんなつもりじゃ無かった。
でも、俺のした事は……。
魔法陣のある館から、朝の空気が清々しい森の中に足を踏み入れて、俺はため息をついた。
昨夜の酒のせいだけではなく、どんよりと体が重い。イリアスに言われた言葉がぐるぐると頭の中でまわって、ほとんど眠れ無かった。
まだ、日が昇り始めたばかりのひんやりとした空気の中を、俺はどこを目指すわけでもなくさまよい歩いた。
物心つく頃には、誰かを背に庇って生きてきた。
最初は小さな弟妹達。少し大きくなれば、そこに家族や近所の人達が加わり、騎士団に入ってからは言わずもがな……。
俺にはその力があったし、それが当然の日々だった。
だけど、決して誰かをないがしろにしたつもりは無くて…だけど……。
「向いてないのかなぁ……」
心の鬱屈のままにつぶやくと クスクスとどこからか笑う声がした。
まだ晴れぬ朝もやの中辺りを窺う。
悪意は感じられない、ので、こちらも緊張する事はないが、真剣に悩んでる身とすれば、なんだか面白くは無かった。
「どなたですか?笑っていらっしゃるのは」
どこの誰かは分からないけれど、ここに居るからにはそれなりの地位の人物だろうと丁寧な言葉で問いかける。
一応、俺だってやろうと思えばちゃんとできるのだ。ちなみにお澄ましモードのモデルはイリアスだ。そう言ったら、凄く嫌そうな顔をされた。
「気に障ったようなら謝罪しよう。だが、なんとも可愛らしい悩みのようで、つい…な」
澄んだ声とともに木立の中からスルリと人影が出てきた。
その姿に息をのむ。
長い黒髪をさらりと背に流し、切れ長の瞳は琥珀色。スッと通った鼻筋に赤い唇は楽しそうに弧を描いていた。
ホルターネックのマーメイドライン。
体のラインをきわだ出せる黒いドレスは膝上から滑らかなラインを描いてひろがる。
二の腕の中程まで覆うレースの手袋も当然黒く、手には黒い扇子が握られていた。
徹底的に黒にこだわったスタイルは、不思議と重くなることも無く自然に彼女に似合っていた。
思わず見とれてしまう程に艶やかで美しい女性。だが、どこか老成した不思議な雰囲気の持ち主だった。
もっとも、見とれていられたのも、彼女の言葉を理解するまでだった。
「可愛らしい、ですか?」
思わずしかめっ面をした俺を責められる人はいないだろう。
可愛いなんて、物心ついた頃から言われた事もない。ましてや、真剣に悩んでいた現状では、腹がたった。
だが、彼女はムッとする俺にひるむ事無く、クスクスと再び笑い出した。
「その顔。貴方は実に表情豊かなたちらしいな」
「どうせ近衛には向かねぇよ」
いつでも冷静沈着なスーパーエリート様を思い出し呟くと、思ったよりも拗ねたような響きになり顔をしかめた。
「良いではないか。周りの人が皆四面四角だと王も面白くなかろう。少なくとも、我は好きだぞ」
あっけらかんとそう言うと、ケラケラと笑う女のあまりに楽しそうな様子に毒気が抜かれる。
同時にさっきまでの鬱々とした気分までどこかにいっちまったみたいで、自分の単純さに苦笑がもれた。
肩の力が抜けたところで、先程から気になっていた疑問を投げかけてみる。
「で、あんたは何者なんだ?王族って感じでもないし、変わり者の貴族にしてもここに居るにはおかしいか」
改めて、言葉にすると女の不自然さが浮き彫りにされていく。
基本ここには地皇虎とそれの世話をする一族しかいないはずで、だが、女の雰囲気は実直を絵に描いたような一族のものとは異なっていた。
真剣に考え込む俺に女が笑いを治め真面目な顔で見つめてきた。
「……なにに、見える?」
先程とは違うヒヤリとした空気が女を包む。
どこか試されているような雰囲気に、俺は女をじっと見つめた。
しばしの沈黙の後、俺は肩をすくめた。
「分からん。少なくとも悪しき者という感じはしないな」
あっさりと白旗をあげた俺に女はキョトンと首をかしげた。
そんな顔をすると今までの妖艶な美女の顔が崩れ、まるで幼子のようにみえる。
その顔にククッと笑いが漏れた。
そうして、俺は心が感じるままに彼方を指差した。
「しいて挙げるならば、貴方は彼等に似ているな」
そこには、ソロソロ起き出してきたらしい数頭の地皇虎がいた。
女の目が僅かに見開いた後眇められる。
「なぜ、そう思った?」
再びの問いに、俺は首をかしげた。
「さあ?……なんとなく、かな」
とたん。
朝の静謐な空気を払拭するように笑い声がはじけた。
「やはり面白い男だな。
剣も魔法も文句なく優秀。仕事態度は真面目で実直。よくいる真面目な騎士かと思えば変な所で抜けてるしズレてる。
まったく、見てて飽きない男だ」
楽しげにあげられる俺に対する人物像は貶されてるのか褒められてるのか、非常に微妙な気分になるものだった。
「のぅ、アースフォルト、守護獣を探しておるんじゃろ?我と契約せぬか?」
スルリとまるで猫のような滑らかな身のこなしでいつの間にか近づいていた女が俺の肩にしなだれかかる。
「は?あんたと?けいやく?」
突然の言葉に混乱する。
けいやくって契約?なんで人間と?確かに地皇虎と似てるとは言ったが……
混乱のあまり固まっている俺の様子に口元に笑みを刻んだままスルリと離れると、手に持っていた扇子をばさりと拡げた、その刹那。
そこには、堂々とした体躯の黒い虎がいた。
『間抜け面じゃのう』
あまりのことにポカンと口を開けている俺にからかうような声が響いた。
心の中に直接響く独特のそれはここ最近慣れ親しんだもので、目の前の黒い虎が確かに地皇虎だと理解する。
「な…だって…人の姿…」
地皇虎が人に変化できるなんて、聞いたことないぞ?しかも、黒い毛並みとか。
『ご覧の通り我は変わり種でのぅ。他のものが出来ることが出来なかったり、逆に出来たり、いろいろじゃ。
先の契約者を無くしてから、やる気も起こらずふらふらしておったんじゃが、変わった騎士が居ると若い者が騒いでおるのを聞いて興味がひかれての」
ニンマリと笑う虎にようやく思考回路が動き出す。
「先の契約者って、もしかして黒騎士のことか?百年は前の伝説だぞ?いったいあんた、幾つなんだ?」
先の大戦の時、絶体絶命の戦場を先頭に立ち
駆け抜け、遂には勝敗を覆した伝説の黒騎士。
確かに彼の者の守護獣は黒い毛並みをしていたと言われているが、騎士が好んで黒い甲冑を身につけていたため、守護獣も黒かったと揃えられてしまったのだろうと言うのが大半の見解だったのだ。
それくらい、黒い地皇虎など前例がなかったのだ。
思わず叫んだ俺の顔が、パシリと尻尾ではたかれた。
『女性の年齢を詮索するなど躾がなっておらぬな。食ろうてやろうか』
気分を害したというようにそっぽを向いて、尻尾でパシパシと地を叩いている様子はなんだか可愛かった。
『変わり種だと言うたであろう。歳など知らぬわ。成獣して暫くすれば時が止まったかのように変化はやみ、面倒になって途中で数えるのもやめてしもうたわ』
さらりと告げられた言葉に目の前の地皇虎が本当に規格外なのだと分かる。
地皇虎の寿命は大体100前後。ただし、魔力の質や量によってかなり個体差があるとの事だが。目の前の彼女は本人の言葉を信じるなら優に100は超えている事になる。
だが、その体から老いを感じる事は無い。
「なんじゃ、ジロジロと無言で感じの悪い。言いたい事があるなら、言えばよかろう」
「あ〜〜、うん。……触れてもいいか?」
少し迷ったが、今更丁寧な対応も違う気がして素のままの言葉で尋ねると、あっけにとられた後、彼女は再び笑う。
『最初の言葉がそれか。本に主はおかしいのぅ。良いぞ。好きに触ればよい』
許しを得て、そろりと肩の辺りを撫でてみる。滑らかな手触りは他の地皇虎と何の遜色も無く、むしろ吸い付くような心地よさは極上だった。
ゆっくりと手を滑らせていけば、心地よさげにクルクルと喉が鳴らされる。
手を止める事無く、俺は考える。
守りたがりの俺でも目の前の彼女なら、面白いと笑って受け入れてくれるんじゃ無いか。
黒い地皇虎を守護獣とすれば、いろいろと面倒がありそうだが、それすらも、この、歳を重ねた地皇虎となら楽しく過ごせる気がした。
時に笑い、時に泣き、その時隣にいる彼女の姿を思い浮かべれば、なぜかひどくシックリきた。
だから、俺は手を止めると、彼女の前に膝をつき騎士の礼をとる。
「私の名はアースフォルト=マーベラス。私の守護獣となり、共に時を過ごしてはくれませんか」
『我の名はユリア。共にあると誓おう」
優しく響く声がどこか震えていた理由を、俺が知るのはずっと後の事。
何はともあれ、俺はこの日運命を手に入れたのだ。
読んでくださり、ありがとうございました。