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一話 鈴木陽子

 


 二〇〇七年六月九日未明、女子児童を監禁誘拐した容疑で山田淳之助容疑者が逮捕されました。山田淳之介容疑者の部屋から出火しているという近隣の通報により、山田淳之助容疑者の自宅に入った所、少女が発見されたそうです。少女は失踪届けが出されておらず、現在身元を捜索中です。



 陽子はくわえていた食パンを思わず落としてしまった。しかし、それには目をやらずただ一点、テレビの中に映る少女に向けられていた。


「唯花ちゃんだ……」


 陽子は呟いた。

 名前は出ていないが、あの死んだ様な目、大統領も振り返る程の美しい顔立ち、間違いない。一年生の時、同じクラスだった唯花ちゃんだ。

 唯花ちゃんは一年生の後半から学校に来なくなった。家に連絡しても唯花ちゃんはおろか親も出なかったらしい。

 不登校か、と密かに噂されていたが、まさか誘拐されてただなんて夢にも思わなかった。

 陽子と唯花ちゃんが仲が良かったかと言えば違う。陽子は唯花ちゃんの他人と干渉しない、常に警戒している様な素振りに興味を持っていたのだ。

 唯花ちゃんとの会話は両手で数えられる程にしかないが、陽子はよく唯花ちゃんの事を見ていた。朝顔の観察の様な気持ちで。

 だから、他のクラスメートより唯花ちゃんの事を知っていた。



「陽子! 何でパンを落としてるの! 勿体ないでしょう!?」


「っ! ごめんなさい、お母さん……」


 陽子はピョンと飛び跳ねてパンを拾った。もう、それに温もりはない。

 私は、パンが冷める程長い間テレビの前で止まっていたのか。いけない、いけない。

 陽子は慌てて残りのパンを咀嚼してしまうと、すぐに学校の準備に取りかかった。



 廊下の一番奥の教室は、いつもの様に騒がしく「来年は中学生だね」「勉強面倒だなぁ」等という雑談が飛んでいた。

 まさしく平常であり、何ら変鉄はないのだが、陽子は軽いショックを受けていた。クラス全員は望まないにしろ、二、三人は陽子の様にニュースを観て唯花ちゃんに気付いたと想像していたのだ。

 友人の一人に話しかけられて鞄を下ろした。


「おはよ、陽子ー。おそようかな」


「おはよう。今日テレビ見た? 朝のニュースで気にならなやっててさ」


「見たけど、なんかあった?」


「そっか、いやなんでもない……」


 やはり、何もない。唯花ちゃんに気付いたのは私だけだ。少し、悲しくなる。

 あれだけの容姿となれば男子は容易に心奪われたのだが、好意の感じない素っ気ない態度が返って来れば次第に熱も覚めていった。

 嫌われてはなかったが、クラスでは声を発しているのをほとんど聞いたことがないかもしれない。そんか陽子も体育の授業で数回話した程度であった。

 しかし、彼女の幼くも漂う妖艶な雰囲気を陽子は好意的に感じており、出来ることなら友達になりたいと思っていた。


 唯花ちゃんは今も、クラスメートであるが、ここしばらくは登校してきたことはない。先生は病欠であると話し、ご両親は騒いでいないし、警察が動いている様子もなくそれを本当であると信じていた。が、まさか監禁されていたとは。

 しかし何故監禁されていて両親は何も言わないのかという不自然さには気付かずに、あの事件が終わったら唯花ちゃんは私達のクラスに帰ってくる。唯花ちゃんと話せる。

 そう思うだけで陽子は幸せだった。しかし、唯花ちゃんはニュースを観たあの日から一年と三ヶ月経ってもまだ来なかった。

 陽子は町内唯一の中学に通う、一年生へなった。でも、唯花ちゃんは中学生にならなかった。私と同じ中学に在籍していない。過去を隠すために転校したのか、ここは狭い田舎だからすぐに情報が飛んだしまうからか。

 まさか。唯花ちゃんはまだ警察さんの所にいるのだろうか? それとも病院? まあ、どちらにしろ。


「なにかに捕らわれてるんだったら、あの男の人に監禁されていた時と変わらないじゃん」


 唯花ちゃんは悪くないのに。ただ美人だったから監禁されてしまったんだろうか。

 陽子は他人事の様に呟いてテレビを付けた。彼女が映ることはない。



 女子児童監禁誘拐事件のニュースは一瞬お茶の間を騒がせたが結局次第に風化されていった。彼女の名前を記すことのない報道が収まる頃には陽子はすっかり時間のことすら忘れていた。

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