特別な人
「ジェシカってさ、フェデリコのこと好きなの?」
「はい?」
バカなことを聞いていると、自分でも思う。しかし聞かずにいられなかった。最近仕事が手につかない。仕事の主人である、貴族のお嬢様の話し相手にもなれないし、警備も甘い。さっきフェデリコには叱られるし、部下には体調の心配をされる始末だ。部下がジェシカにそれを伝えたのか、簡単な軽食と薬を持ってきた。
「いや、いつも気遣っているし」
「わたしはファミリーのみなさんには気遣いを怠ることはありませんよ? レオさんにだってそうでしょう?」
雑務をしていたおれの机に軽食を置いて、首をかしげる。ミルクティー色の茶色の髪が彼女の肩をすりおちた。座っているおれは机のそばに立つジェシカを下から覗き込んだ。ぷくっとした下唇は桜色で、彼女の体からほんのり薫る香りに心臓が飛び跳ねた。
初恋なんてとっくに終わって、何回か女性を付き合ったことのあるおれが、どうしてこんなに困惑しているのか、自分でもよくわからない。こほんと咳払いをして無理やり心を落ち着かせた。
「おれにはたまに気遣いがない気がする……いや、でもフェデリコは少し違うだろ。特別な気がする」
ジェシカは青く透き通った瞳を丸くして、小さく笑った。
「フェデリコさんはボスですし、敬愛していますよ? わたしの力を認めてくださって、ここに置いてくださっていること、本当に感謝しています」
愛という言葉を聞いてぎくっとした。敬愛している、か。確かにあいつはおれたちの上司でトップだ。万が一の時はあいつを最優先に守らなくてはならない。特別なのもわかる。きっとおれもそうだからだ。しかし、
「それはそうだけど、そうじゃなくて、人としての情があるっていうの? 優しさがあるというか」
「はい?」
なんて言っていいかわからない。しどろもどろな自分が情けない。ついには黙り込んでしまった。
「あの、レオさん。冷めないうちにどうぞ」
ジェシカはよくわからない雰囲気を醸しながらも笑って食事を勧めた。素直に頂いて、今日はもう寝よう。
「あ、うん。ありがとう。いただきます」
おれが軽食のサンドイッチを掴み、一口かじりそれを咀嚼しているとき、ふと彼女は口を開いた。目を細めて、おれの机に手を添えて。
「……フェデリコさんには恋愛感情はありませんよ。それにあの方はもう、きっと恋をなさらない」
最後の部分はつぶやくような言い方だった。そうだった。あいつはもう。
「そうだよな。ごめん、変なこと聞いて」
「いえ、今は『ファミリー』が一番です」
ジェシカの屈託のない笑顔を見て、おれはほっと息をついた。そうだよな、今は『ファミリー』の繁栄が一番だよな。おれはミネストローネを喉に流し込むと言った。
「そっか。ありがとな。食べ終わったら食堂に返しとく。仕事あるのにすまん」
「いえ、お大事になさってください。レオさんのお話はとても面白いと貴族の娘の中で評判なんですから」
一礼するとくすくす笑ってジェシカは出て行った。
おれは軽食を食べることに集中していて彼女が退室する前に呟いた言葉を聞き取れなかった。彼女は小さな声で、おれが一番聞きたいことの答えを言っていたのに。
「わたしにとって特別な方は、お兄様だけですわ」