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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
1 吸血鬼は燃やせば灰になるか
9/51

9 悪事はたいてい失敗する

 目を覚ました瞬間、空気の埃っぽさに咽せた。その声に、傍らでごそごそとしていた女が気づいて顔を上げた。

「もう起きてしまったの? 寝ている間に終わらせてあげようと思ったのに……悪いわね」

 まったく悪いとは思っていないような顔で女は言う。以前、復讐の依頼に来た女だということは、見た瞬間に解っていた。だが、彼女が凶行に出た理由については、いまいち解っていなかった。

「あなた、何者」

 涼子は汚れた床に横たわったまま、いたって冷静に問うた。

「私は滝野瑞穂。殺された加奈子の母親よ」

「……ふうん、なるほど」

 それだけ聞けば、そしてこの状況を重ねあわせれば、なんとなく事情は解った。単細胞な吸血鬼とは頭のデキが違う。

「拘留中の犯人をぶち殺せないなら、まずは娘を生き返らせようって? どこぞのクソ吸血鬼より単細胞な思考で困るわね」

 言いながら、涼子は状況を確認する。両手は後ろで縛られていて、足もまた然り。瑞穂の傍らには包丁。まさかそれで心臓をえぐり取るつもりかよ、と涼子は呆れる。せめてメスくらい用意すればいいのに、と思う。それから、証拠隠滅のために今回も建物を燃やすらしく、灯油のポリタンクが準備されている。

 それらを冷静に観察して、涼子は結論付ける。

 ああ、これやばい。ただし棒読み。

「……念のため言っておくけど、私、妖怪じゃないからね?」

「そんなつまらない嘘で時間稼ぎ?」

 駄目だ、話が通じない。涼子は聞こえよがしに舌打ちをする。

「ちなみに、今まで奪った心臓は失敗だったのかしら」

「ええ。まだ温かい心臓を入れてみたけれど、あの子は動かなかった。きっとうまく適合しなかったのね。次こそはきっと、あの子に適合する心臓が見つかるはず。そうすれば、あの子は生き返るの」

「ああ、うん、はい」

 投げやりに相槌を打って、涼子はひっそりと溜息をつく。いかれている奴を相手に話をするのは存外疲れるものである。

 さて、どうしたものか。涼子は逡巡する。

 この危機を脱する方法を考えて、涼子は――にやりと笑った。

「では、親切な私からあなたに、二つほど忠告をあげる」

「? 何を……」

「一つ。妖怪だって死んだら生き返らない。これ、常識。死んでも生き返る化け物は吸血鬼くらいのものよ」

「そんなこと、解らないでしょ。妖怪は、人間とは違、」

「二つ」

 瑞穂の反論を遮って、涼子は不敵に微笑む。絶体絶命の危機とは思えないくらいに余裕たっぷりの微笑みに、瑞穂が訝しげに眉を寄せたのが解った。

 なぜこんなにも悠然としていられるのか。瑞穂には解らないだろう――涼子にとって、この程度の危機は、危機でもなんでもない。

「吸血鬼は、怒らせると後が怖い」

 直後、激しい轟音と共に、天井を突き破って何かが落ちてきた。

「!?」

 瑞穂は慌てて振り返る。

 埃が舞い上がり土煙が揺れる中、影が蠢き、立ち上がる。

 薄暗い中で、赤い瞳が不気味に揺らめく。

「――見つけたぜ」

 にやりと笑う口元で、牙がぎらりと煌いた。


★★★


「ど、どうしてここが……!」

 瑞穂が明らかな動揺を見せ叫んだ。その傍らには涼子が縛られ転がされている。とりあえずは間に合ったようだと、白銀は安堵する。

「たいしたことじゃない。ケータイのGPSで追ってきただけだ」

「そんな馬鹿な。ケータイを持っていないことは確認して……」

「どうせポケット探しただけだろ? そいつは常時三台以上のケータイを、主にスカートの下に隠している。連れてくるならパンツまで脱がせて確認するべきだったな」

「黙れクソセクハラ吸血鬼」

 涼子が恨めし気に睨んできたが、縛られている涼子など怖くはない。

「だ、だけど、こんなに早く来るなんて……家から車で三十分は走らせたのに!」

「その程度の距離は距離じゃねえ。俺から本気で逃げたかったら地球の裏側まで頑張りな」

「地球の裏側は言い過ぎでしょ、見栄張ってんじゃないわよ」

「お前はもう少し人質らしく大人しくできないのか?」

 捕まっているとは思えないくらい、涼子は元気で、毒舌絶好調のフリーダム状態である。縛る前に口を塞いでおいてくれればよかったのに、と白銀は薄情なことを思う。

「まあ、とにかく。そいつを殺しても一文の得にもならないぞ。馬鹿な罪を重ねる前に、とっとと自首することを勧めるね」

「命乞いのつもり? 私はもう、なりふりかまっていられないの。娘のためならなんだってする。可能性があるなら全部試す。この子の心臓も、そしてあなたの心臓も、加奈子のために貰ってく!」

 瑞穂が包丁を掴んで走り出す。動けない涼子は後回しにして、白銀を先に片付けて、ついでに心臓も貰っていこうという算段らしい。

 なんの計算もなく、闇雲につき出された包丁を、白銀はあっさりかわし、瑞穂の右手を手刀で打つ。弾かれた手から包丁が零れ落ち、からからと床を転がっていく。

 瑞穂は手首を押さえながらよろめき後退る。

「この……っ!」

 血走った目を見開き、瑞穂は唸る。瞬間、瑞穂の周囲に火の玉が浮かび上がった。憤怒に呼応するかのように炎が燃え上がり、白銀に向かって放たれた。

「銀っ!」

 涼子が思わずといったふうに叫んだ。超近距離から放たれた火炎を、白銀は避けきれず、咄嗟に腕で体を庇った。赤々と燃える炎が、白銀の右腕にまとわりつき、焼き焦がしていた。

「火を操る妖怪か……油断した……」

「銀、大丈夫っ?」

 叫ぶ涼子を、白銀はじろりと睨みつけ、

「なんでお前はさっきからそんな嬉しそうなんだッ!」

 苦情を申し立てた。涼子は先ほどから、さも心配しているかのような声をかけているが、口元は緩んでいるし目は爛々と輝いている。心配しているどころか嬉々としているのである。指摘された涼子はなぜか照れたように頬を赤くして目を逸らす。

「だ、だって……私が燃やしてみたいって言ったの覚えててくれたのかと思ったら嬉しくなって」

「覚えてねえよそんなクソ願望!」

 折角助けに来たのに、涼子は薄情というか、不謹慎というか。どっちの味方なのか解らない発言に、白銀は呆れてしまう。

 そうしている間にも腕はガンガン焼けていくのだが、白銀は特に焦った様子もなく、瑞穂が落とした包丁を拾い上げた。

 そして、すぱん、と。涼しい顔で自分の右腕を切り落とした。

「……! 何を……!」

 瑞穂はぎょっとする。信じられないものを見るような、理解できないものを見るような目で、白銀と、落ちた腕とを交互に見遣った。

「あんまり切れ味よくねえな。おかげでちょっと痛かった」

 不機嫌そうに顔を顰め、白銀は血で濡れた包丁を捨てる。

 床では腕が黒焦げになっていた。それを尻目に、白銀の腕の切断面からは、当たり前のように新しい腕が生える。

「……!」

「うわ、グロ」

 瑞穂は恐怖で引きつった顔で、一歩、二歩、と後ろに下がり、その遥か後方では涼子があからさまに不愉快そうに顔を顰めて身も蓋もないことを言った。何もなかったところからいきなり腕が生えてくるのは、まあ確かに、見ていて愉快なものでもないのだが。

 白銀は新しい腕の調子を確かめるように、何度か拳を握ったり開いたりを繰り返す。感度良好、問題なし。

「生き返るってのは、まあこういう感じだ。こいつを不気味に思うんだったら、娘を生き返らせるなんて考えない方がいい。馬鹿みたいな再生能力、そして蘇生……不死ってのは吸血鬼の特権だ。普通の妖怪には荷が重い」

 そう告げてから、白銀は完全に委縮した様子で立ち尽くしている瑞穂に肉薄し、再生した腕の威力を試すように、瑞穂の鳩尾に拳を捻じ込んだ。

「ぁっ……!!」

 瑞穂の体は軽々と吹き飛ばされ、薄汚れた床に弾み転がっていく。人間は勿論、生半な妖怪では匹敵しようのない圧倒的な膂力もまた、吸血鬼性によるものだ。

 倒れた瑞穂は、しかしまだ諦めきれずに、ふらふらと立ち上がり、その瞳にはいまだに戦意を漲らせていた。

「その力……諦めてなるものか……それがあれば、加奈子は……!」

「やめておけ。いくら俺が貧血ヘタレ吸血鬼でも、それでもお前なんか俺の敵じゃない」

「舐めるな! こっちには人質が……! …………人質が?」

 瑞穂が振り返った先に人質はいなかった。

「……??」

 最後の切り札に縋ったはずの瑞穂は、床に散らばったロープの残骸を見て目を剥いた。驚いたのは白銀もである。拘束されて転がっていたはずの涼子が、ちょっと目を離した隙に消えている。しっかり拘束を解いた上で消えている。

 と思ったら、

「ああ、やっぱ駄目だったかぁ」

 などと言いながら、白銀の隣で肩を落とした。

「おおっ!? お前、いつの間に……」

 その神出鬼没ぶりに、白銀も驚かずにはいられない。かなり心臓に悪い。

「炎を使ったあたりまでは興味深かったけど、結局妖怪の火でも吸血鬼は焼き殺せないみたいね。ちょっと期待外れ。あなたには失望したわ、滝野瑞穂さん」

 悪の組織の親玉が下っ端構成員を切り捨てるときみたいな台詞を吐いて、涼子は溜息をついた。

 瑞穂はわけが解らないといった様子で目を白黒させているが、涼子の言葉に釈然としない気持ちになったのは白銀である。

「お前……ほんとはいつでも逃げられたな?」

「まあ、ロープで拘束するときは、まず身体検査をしましょうっていういい教訓よね」

 そうのたまう涼子の右手には折り畳み式のナイフ。四次元スカート妖怪は、ナイフくらい当たり前に常備しているらしい。

 要するに、捕まったのは不覚であるが、その後はいつでも逃げられたが、あわよくば救出にやってきた白銀を瑞穂に追い詰めさせようとしていたわけである。しかし、瑞穂が期待したより弱くて話にならなかったから、人質ごっこにも飽きて逃げ出してきたらしい。

 とんだ狸である。転んでもただでは起きないというのは、実に涼子らしいのだが、それにしてもタチが悪い。

 やがて、どこからかサイレンの音が聞こえはじめ、呆然と立ち尽くしていた瑞穂は、がくりと膝をつく。

 三者三様に溜息をついて、事件の幕が下りる。

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