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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
1 吸血鬼は燃やせば灰になるか
7/51

7 その手掛かりを垣間見る

 タオルを借りて体を拭きながら、涼子が漁に事情を説明する。白銀が説明しようと思ったら、「貴様は私の半径五メートル以内に入るな」ときつく言われてしまったので、大人しく少し距離をおいておく。

「……というわけなんだけれど」

「事情は把握した。が、久川紀子という者は知らないな。人魚たちは『全日本マーメイドクラブ』に加盟するようになっているが、そのような名前のメンバーは在籍していない」

「じゃあ、最近連絡が取れなかった人魚の仲間は?」

「いないな。丁度昨日、『全日本マーメイドクラブ彩華町支部飲み会』だったが、皆いたって元気そうだった。人魚狩りの報告もない」

 人魚界は平和らしい。それはいいことだが、結局収穫はなしで、濡れ損だったようだ。白銀は肩を落とす。

「だが、仮に人魚たちに何かが起きたとしても、貴様の手を借りるつもりはないぞ、吸血鬼」

 漁は白銀を冷たく睨みつける。

「私たちのことには首を突っ込むな。なんのつもりでこんなことをしているかは知らないが、不要なお節介は身を滅ぼすと知れ」

「お前、まだ怒ってんのかよ」

「貴様のことは、一生赦す気はない」

 気まずい沈黙が降りる。白銀と漁は不毛な睨みあいを続けた。二人に挟まれた涼子は、気詰まりな雰囲気にそわそわしていた。

 やがて、漁が先に目を逸らし、何も言わずに背を向けて去って行った。

「涼子、行くぞ。あいつにはもう用はない」

 気がかりそうに漁の背中を見送り、涼子は白銀を不審たっぷりの目で見た。

「あなた、方々から恨まれてるわね。何をしたの」

「百年前に強引に血を吸ったのを根に持たれている」

「うわ、下種。そんなことしておいてよく顔が出せるわね」

 涼子はあからさまに嫌そうな顔をした。邪険にされるのは自業自得だと解っているが、それでもこうもぐっさりと責められると、さすがにつらい。

「まあ、あなたの厚顔無恥は今に始まったことじゃないけれど。ともかく、今はあなたたちの因縁について議論している場合じゃないわね。人魚の不老不死目当ての線が消えたとなると、連続殺人の目的はなんなのか……」

「不死を求める以外に、なぜ心臓を……それも、妖怪の心臓を」

 議論を前に進めながら、プールを後にして足を前へ進める。だが、犯人に近づけているのかは、謎である。

 外は相変わらずの曇り空だ。少し風が吹いている。一応拭いたとはいえ、濡れた服で外を出歩くのはつらい時期である。ひとまず家へ向かいながら、白銀は思案する。

「……ただ、二件の被害者が両方妖怪だったからといって、イコール妖怪の心臓が目当てだと断ずるわけにもいかないか。適当に抽出しただけでも、たまたま二人とも妖怪になる確率もそれなりだし」

「とにもかくにも、心臓よね。犯人は心臓が要る。心臓の使い道って、なんだろ。マグロの心臓とかなら普通に食用だけど。……人間の心臓を主食にする妖怪とかいる?」

「知らないな。ケルピーは内臓残して食うらしいが」

「残すんじゃ、違うでしょ。心臓、心臓……」

 心臓心臓とぶつぶつ呟きながら歩く涼子は、傍から見るとなかなか無気味であった。

 ぽつり、と頬の冷たい雫が当たる。空を振り仰ぐと、薄灰色の雲がとうとう雨を降らせ始めたようだった。

 天気予報のインチキめ、と悪態をつきながら、二人はそろって折り畳み傘を差す。

 が、白銀の傘は漁の猛攻のせいで骨が折れてしまっていたらしく、使い物にならなかった。せっかく傘を持ってきたのに結局雨には濡れることになってしまった白銀を、涼子はドヤ顔で悠々傘を差しながら嘲笑った。



「はうっ!」

 奇声を発しながら、涼子は体温計のデジタル表示を見ていた。覗き込んでみると、三十七度二分。微熱である。白銀はここぞとばかりに嘲笑った。

「せっかく傘を差していたくせに、結局体冷やしてんじゃねえか」

「それは昨日、あなたが漁さんの攻撃をよけたのがいけないのよ」

「それどう考えても漁が元凶だろうが。俺を責めるのは筋違いだ」

「うるさいっ、ばかっ」

 涼子は悔しそうにリモコンを投げつけるが、微熱とはいえ体調不良なのだから、いまいちキレがない。白銀は余裕でリモコンを受け止めてテーブルに戻した。

 白銀は、昨日プールに落ちて濡れ鼠になって、雨に濡れながら家に帰ってきたにもかかわらず、特に体調を崩すことなくぴんぴんしている。吸血鬼は体が人間よりは頑丈だから、少し冷えたくらいで風邪などひかない。

「相変わらず、人間ってのは貧弱だな」

「あんま調子に乗ってると撃つわよ」

 シンプルな脅迫に白銀は黙る。

「はぁ……ヘタレ吸血鬼の分際で小賢しいこと言ってないで、さっさと働いてきなさい」

「お前、一人で平気か」

「小学生じゃあるまいし。帰りにアイス買ってきて。いつもの抹茶」

 小学生みたいな要求をつきつけて、涼子はしっしと白銀を追い払う。特に重症というわけでもないし、四捨五入すれば二十歳になるのだから、過保護になる必要もあるまい。白銀は涼子を置いて、一人彩華警察署に向かう。結城に会いに行く約束になっている。今日は土曜日だが、休日など関係なく結城は事件の捜査で署にいるという話だ。

 署で落ち合った結城は、どうにも顔色が優れなかった。いつも署内に引きこもって事務方ばかりやっているから、久しぶりに足で捜査をして疲れたのかもしれない。

「ああ、白銀。悪いな、外に出られなくて」

「構わない。それで、捜査はどうなっている」

「二件目の被害者の身元が特定された」

 結城は手帳をめくり、新たな情報を齎した。

「被害者は武井菜々美、二十九歳、会社員。彩華町在住。前にも言った通り、遺体からは心臓が抜き取られていた。直接の死因は失血死。死後、建物ごと丸焼きだ」

「で、正体は妖怪、か。職場で彼女の正体を知っていた者は?」

「武井菜々美が勤めていた会社は、入社時に種族鑑定結果を提出するシステムだった。人事関係者や直属の上司くらいは当然知っていたはずだ」

 すべての企業がというわけではないが、種族鑑定の結果を、つまり自分の正体が人間なのか妖怪なのかの証明を求めるところは多い。あからさまなところだと、書類選考時に鑑定結果を提出させ、妖怪は採用しないということもあるらしい。ただ、募集時点で差別をしているわけではなく、種族によって採用を差別しているだけで、民間企業の採用基準に関しては、国が口出しすることでもないので、お咎めなしになっている。

「まあ、ここの会社は、万が一があったときのために情報を管理していただけのようだ。急な病気や怪我で救急を要請するときのために、人間か妖怪かが解っていると、対応が早いというメリットがある」

「ってことは、割と妖怪に対して寛容な社風だった?」

「種族関係なしに、和気藹々とやっている職場だったらしい。同僚に話を聞いたが、武井菜々美は自分の正体を特に隠すことはなかったらしい。自分は小豆とぎだと公言して手作りの餡子を振る舞ってたらしい」

 白銀はそれを聞いて内心舌打ちをする。被害者の正体が小豆とぎだともっと早くに解っていれば、漁に会いに行く必要もなかったのに。余計なことをした、とまでは言わないが、タイミングが悪かったと思う。

「怨恨の線は?」

「誰かに恨まれるような人じゃなかったらしい。いや、人ではないんだが。それと気になることが」

「何だ?」

「実は、一件目の久川紀子も、武井菜々美と同じ会社に勤めている」

「同じ会社に?」

「部署は違うが、同じ会社だ。偶然と片付けるには、できすぎた話だ」

「普通に考えれば、社内に犯人がいるな」

「だが、二人とも、恨みを持たれていた様子はないと、同僚は口を揃えて言っている」

「なら、誰でもよかったんだ」

「何?」

 自分で言いながら、白銀は胸糞の悪い気分を感じていた。

「久川紀子の方も、妖怪であることを隠していなかったんだろう。犯人は、その会社にいた。そして、どういう理由かは知らないが、妖怪の心臓を欲していた。そんな犯人の前に、たまたま二人が現れる。そして、犯人の前で、自分が妖怪であるような話をしたんだろう。運の悪いことだが、それで犯人は二人をターゲットに選んだ。妖怪なら誰でもいい……たまたま目の前にいた奴が妖怪だと解ったから、殺して心臓を奪った、おそらくはそういう話だ」

「誰でもいい、か……ひでえ話だ」

 結城は不愉快そうに眉を寄せる。ごつごつした手が怒りに震えていた。

「警察は、その会社の人間を洗っているところか?」

「ああ。怨恨の疑いがなくても、同じ会社から二人被害者が出てるんだ、そこの社員が有力候補なのに違いはないからな。それに、アリバイの方から攻めれば、犯人が特定できるかもしれない」

「アリバイ?」

「そうだ。忘れたのか? 事件は二件とも平日の日中に起きている。会社はまだ就業時間中だ。普通の奴なら会社にいる。つまり、犯人は事件のあった十二日月曜と、十五日木曜の両方とも、犯行時間に会社にいなかった奴だ。外回りでも、休暇でも、とにかく社内にいなかった奴。今、それを調べに会社に行ってる奴が……そろそろ戻ってくるはずだが」

 気遣わしげに結城が刑事課の入り口を見遣ると、ばたばたと足音がして、二人の男性刑事が戻ってきたところだった。

「容疑者、絞れました!」

 グレーのスーツの若い男が声を張り上げると、部屋に散っていた他の仲間たちがぞろぞろと集まった。結城に促され、白銀もひっそりと輪の中に入り、資料を手にした男の後ろから覗き込んだ。

「犯行のあった日、両方とも社内にいなかった人物をリストアップしました」

 男はデスクの上に数枚の資料を広げる。会社から拝借してきたようで、写真つきの履歴書らしきものだった。

「……ん?」

 その中の一人に、見覚えがあるような気がして、白銀は首をかしげた。

「結城、こいつなんだが……」

 白銀は、周りが訝しげな視線を送る中、一枚の写真を指差した。

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