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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
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15 助けてほしいと言ってごらん

 額に風穴を開けられた。ゼロ距離からの発砲、その衝撃で白銀は倒れる。

「っ??」

 何が起きているのかいまいち理解できない。混乱する白銀を、白刀と漁が見下ろして口々に言う。

「今のは白銀が悪い。同情の余地なし」

「同感だ。私も擁護しようがない」

「生半可な覚悟じゃこんなとこまで来ないよね。そのあたりの気持ちが解ってない」

「そんな調子だからヘタレだと言われるんだ貴様は」

「女心が解らない奴はこれだから困るよね」

「肝心なところで頼りにならない男はモテないと雑誌で読んだぞ」

 散々な言い草だが、白銀は言い返せない。

 激痛に呻きながら起き上がると、尋常ならざる殺気を感じて背筋が凍った。涼子が睨みつけていた。いつになく目が据わっている。完全にキレているときの目だ。

「涼、」

「このっっ……クソ馬鹿ヘタレ単細胞ッ! いい加減に学習しろよ毎度毎度一人じゃ何もできないくせに勝手に抱え込んで自滅しやがって人がここまで来てやったのに全部踏み躙るようなこと言いやがって舐めてんのか愚図がッ!!!!」

 怒涛の勢いで捲し立てた。あーあ、怒らせちゃったよ、と白刀が頭を抱えていた。

 涼子はぜえぜえと息切れする。白銀はぶつけられた言葉に呆然とする。

「……よく聞きなさい、この意気地なし」

 いくらか落ち着いた口調に戻って、涼子は告げる。

「私たちは、あなたに守ってもらうほど弱くない」

「……」

「あなたの行動ひとつで私たちの生死が決まる? そんなわけないでしょうが。私たちの命はそんなに軽くないし、あなたの行動にそんな価値はないの。自意識過剰も大概にしなさい。あなたは結局どうしたいのか、ちゃんと自分で選びなさい。選ぶ理由を――逃げる理由を他人のせいにしないで」

「だけど、」

「だけどもクソもあるか! 苦しいのも痛いのも、自分のほんとの願いも、何もかも押し殺して、そんな泣きそうな顔して! そういうのが一番誰も幸せになれないパターンでしょうが。ちっとは頭使え馬鹿!」

 罵倒の言葉を織り交ぜながらも、涼子は必死に訴えていた。

 怒っているような口調なのに、そのくせ悲しんでいるような表情を浮かべる。

 泣きそうなのは、どっちだ。

「……」

 自分が傷つくだけなら、それでいいと思っていた。だが、きっと違う。

 また、間違えてしまうところだった。

 白銀はようやく立ち上がる。涼子と向かい合う。泣いてばかりだった小さな子どもが、いつの間にか大きくなっていたことを、改めて思い知る。

「俺は……お前と一緒にいたい。傍にいさせてくれ、涼子」

 言葉と一緒に、堪えていた感情が溢れて、突き動かされるように、白銀は涼子を抱きしめた。

 最初は、深雪への償いのつもりだった。それ以上のことは思わなかった。思ってはいけないと自分に言い聞かせていた。だが、いつからだろうか、涼子の強さに惹かれていた。

『もう辛気臭い顔やめなよ。私も、やめるから』

 そう言って武器を取った武装少女を、白銀は手放したくないと願った。

 涼子がふっと笑った気配がする。

「最初からそう言いなさい、大馬鹿者」

「ごめん……」

「それと――気安く抱くな」

 ごすっ、と鳩尾に拳をぶち込まれた。

「ぐぇ……っ! い、今のは酷い……いい雰囲気だったのに……!」

 思わず涙目になって腹を押さえると、涼子は頬を膨らませて抗議する。

「それとこれとは別問題。こんなところで抱きしめられても困るわ」

「デリカシーがないよ白銀」

「流れとノリで婦女子を襲う男は最低だぞ白銀」

 白刀と漁の援護射撃が加わってはぐうの音も出ない。

「ハル君……」

 か細い声が名前を呼ぶ。茉莉が、信じられないというような顔で震えていた。

「茉莉……」

「ハル君は、そっちを選ぶの? 私を選んでくれないの?」

 懇願するような茉莉の目をまっすぐに見つめ返して、白銀は今度こそ、はっきりと答える。

「……俺はお前とは行かない」

「ッ! こ、殺してやる!」

 赤い瞳を血走らせて、茉莉は激昂する。濃い殺気が放たれる。それに反応して、クルースニクたちも臨戦態勢を見せる。まさに四面楚歌、逃げ場はない。

「その女も、他の仲間も全員殺す! 愚かな選択の報いを受けなさい! 早乙女ッ!」

「――取り押さえなさい!」

 早乙女の号令で、ハンターたちが駆け出す。

「涼子、めっちゃ多勢に無勢なんだけどっ」

 白刀が焦った様子で叫ぶが、涼子はまったく焦ることなく、

「ふふん、こちとら全部読めてるっての!」

 不敵に微笑み、ぱちんと指を鳴らした。

 その瞬間、ハンターたちの動きががくりと止まる。

「!? どうしたのですか、お前たち!」

 早乙女が叫ぶが、やはり彼らは動けない。見えない何かに捕えられているように、身動きが取れずにいるようだ。さらに、呼吸が上手くできないような、息苦しそうな顔をしている。首を掻きむしりたそうに指先を動かすが、それが精いっぱいのようである。

 いったい何が起きているのか。訝しむ白銀の前に、

「痴話喧嘩を悠長に聞いていると足をすくわれるって教訓だぜ」

「こんな雑魚をひっ捕らえるためにキューティクルに気を遣ってるわけじゃないんだけどなぁ」

 そんなことを言いながら、物陰から姿を現したのは、見覚えのある男女だ。それが誰だか解った瞬間、白銀は驚愕に目を見開いた。

「雲居と黒木!?」

 そこにいたのは、かつての依頼者である蜘蛛妖怪の雲居と、毛倡妓の黒木梓である。

「僕の糸の強度は折り紙つきだよ。象が乗っても大丈夫!」

「それなんか違くない?」

 雲居の見当違いのコマーシャルに梓がツッコミを入れる。ハンターたちを捕えているのは、蜘蛛の糸と髪の毛らしい。

 そして、雲居たちの後ろから控えめに顔を覗かせて叫ぶ少女が一人。

「『嵐呼ばい』!!」

 時雨小夜だ。雨女の力で、空に黒い雲が立ち込める。他の場所は綺麗な青空だというのに、局地的に異様な雷雲が発生していた。黒雲はざあざあと、バケツを通り越して風呂釜をひっくり返したような大雨を降らせ始め、バチバチと不穏なスパーク音まで奏で始めた。

 そして、降雨はぎゅるりとうねり、右手を頭上高く掲げる漁の元へ収束する。

「『雷水撃』!」

 漁の手から大量の水の塊が放たれ、そこに小夜が操る雲から雷が落ちる。二人の力が合わさり、電撃を纏った水の奔流が、ハンターたちに直撃し押し流す。

 水の中でごぼごぼと悲鳴が上がり、大勢いたはずのハンターたちが、あっという間に沈黙し、残るは早乙女一人だけになった。

 ほんの数十秒の間に起きた殲滅攻撃に、白銀は唖然とする。隣では涼子が満足げに頷いている。

「思った通り、吸血鬼退治のエキスパートたちは、それ以外の妖怪の攻撃に対しては激弱ね」

「なんであいつらがここに……」

「救援を呼んでおいたの。だいたい、この場所を突き止めてくれたのって、実は雲居なのよ。あいつ、街中の蜘蛛たちとテレパシーできるんだって。すごい特技よね」

 言われてみると、白銀が囚われていた部屋には蜘蛛の巣が張っていた。まさかそんなところに伏兵がいるとは、誰も思わなかったろう。

「みんな、電話一本で駆けつけてくれたのよ。あなた、意外と人徳あるわね」

「人じゃないけど」

 お決まりの台詞を返すと、しかし涼子はいつものように「言葉の綾」とは言わなかった。

「人よ。あなたは、人だわ」

「涼子……」

「――人ですって? そいつはただの獣ですよ」

 冷たく言い放つのは早乙女だ。右手には剣を抜いている。他の連中と違って手練れのようで、雲居と梓の拘束をいちはやく断ち切って、小夜と漁のコンビネーション攻撃をかわした強者だ。

「まあ、あいつだけは別格臭漂ってたから、そう簡単にはいかないか。白刀、抜刀!」

 涼子の右手に白刀が握られる。

「貧血ヘタレは大人しくしてなさい。こいつの始末は、私がつける。漁さんはそっちの非戦闘員をガードしてあげて」

「了解」

 戦いなんて性に合わなそうなのに駆けつけてきてくれた三人組は、思いのほか凶悪な敵に普通にビビっていた。「こんなアホみたいに危ないなんて聞いてない!」と雲居が叫ぶが、涼子は完全に無視する方向らしい。

 三人を漁に任せ、涼子のほうは、早乙女をロックオン。切っ先を早乙女に向けて告げる。

「一之瀬深雪……この名前に、聞き覚えはあるかしら」

「一之瀬、深雪……? ああ、もしかすると、十三年前に我々が利用した女のことを言っているのですか? まあ、結局あの女は使い物にならず、別の手段を使う羽目になりましたが」

「――それだけ聞ければ充分よ」

 ぞっとするような冷たい声。

 狂気を感じるほどの冷酷な瞳だ。

 涼子は刺すような殺気を放ちながら告げる。

「クルースニク……あなたたちには個人的に恨みがある。晴らさせてもらうわ」

「恨みですって?」

「人の母親にちょっかい出す奴は、死刑ってのが私の持論なの。ついでに、人の獲物にちょっかい出す奴も死刑。過激派閥はつくづく見境がないというか……無関係な一般人を唆してみたり、吸血鬼と手を組んでみたりと、節操がないにもほどがあるわ。そんなのに振り回されるこっちは大迷惑。あなたたちが余計なことをしなければ、こんなめんどくさいことにならなかったでしょうに」

「母親……そうか、あなたはあの女の娘。成程、大事な母親と、子飼いの吸血鬼に手を出されてご立腹というわけですか。ですが、こちらも計画を台無しにされた恨みがある。人間だからといって容赦はしませんよ」

 右手の剣を構え、早乙女は涼子を敵と定める。

「素人に毛が生えた程度の小娘が、吸血鬼始末人に喧嘩を売るとどうなるか、教えてあげましょう」

「望むところよ、クソ野郎」

 涼子は白刀を握りしめ、早乙女に迫る。

 互いの刃を、一閃。

 がちり、と交わる。

 鍔迫り合い――には、ならなかった。

 すぱんっ、と。早乙女の剣は白刀の前に、一瞬で斬り裂かれたのだ。

「っ!?」

 早乙女は瞠目する。一太刀で、剣が両断されるなどと、誰が考えるか。

 チート級付喪神・白刀は、相手がクルースニクだろうがお構いなしだ。早乙女の武器もそれなりの代物だろうが、それでも、白刀の前ではナマクラ同然、豆腐を斬るようなものだった。

「小娘呼ばわりしてんじゃないわよ」

 ぼそりと告げて、返す刀で早乙女を斬り裂いた。

「がぁっ……!!」

 死刑、だなんて言っておきながら、そこは冷静に、ちゃんと峰打ちで済ませるあたりが、涼子らしい。

 早乙女ががくりと膝をつくと、白刀は人型に戻って、意地悪く告げる。

「僕に勝てるわけないじゃん。だって僕、神さまだもの」

 純粋な斬り合いで、神に敵うものか。

 だが、相手も手練れの戦士、峰打ち程度では倒れず、往生際悪く涼子を睨み据えていた。

「き、さまっ、」

「しぶとい」

 ごすっ、と。流れるような動きで、涼子の細い足が早乙女の急所へ凶悪な蹴撃を放った。軽い打撃でさえ激痛が走る場所だというのに、思いっきり蹴った。容赦なく蹴った。白銀が思わず目を逸らすと、視線の先で雲居が心なしか内股になっているのが酷く哀愁を誘った。

 早乙女は白目を剥いて泡を吹いて、悶絶しながら倒れる。

 涼子の方は、汗一つかいていない涼しい顔で、僅かに乱れた髪を払う。白銀を振り返り、誇らしげに笑い、呑気にピースしている。

「瞬殺」

「……お前は相変わらずブレないな」

「褒めてる?」

「割と貶してる」

 即座に足を踏まれた。

「……さて、残るはあなただけよ?」

 涼子は不敵に微笑み振り返る。白銀はまっすぐに、茉莉を見つめた。

 避けては通れない、決着をつけるべき相手。不死の吸血鬼。

 茉莉はぞっとするほど無表情だった。

「……解らないわ」

「何が?」

「あなたはどうして、ハル君をそこまで守ろうとするのかしら。だってあなたは、ハル君に母親を殺され、自分だって殺されかけた。恨みこそすれ、守る筋合いはないと思うのだけれど。私がハル君をどうしようが、あなたには関係ない……むしろ、歓迎すべきことでしょう?」

「……そうでもないわ」

 茉莉は、理解できないというように、訝しげに眉を寄せる。

「私にとって、愛と憎しみは紙一重。今までずっと、その境界線を綱渡りしていた。ま、『殺した』回数でいったら私の方が絶対多いもの、一度殺されかけたくらいで綱から落ちたりしないわ。……それに、白々しいわよ、裏で操ってたのはあなたなんじゃないの? 私のことも、十三年前のことも」

 涼子の指摘に、茉莉は黙る。

 やがて、にぃぃ、と唇を不気味に歪めて、弾かれたように茉莉は哄笑した。それを涼子は冷ややかに見つめ、白銀は得も言われぬ寒気を感じる。

 そのうち、くつくつと喉の奥で笑う声に変わり、茉莉は笑いを堪えながら白銀を見つめた。

「……本当はあの女があなたを殺そうとするのが一番よかった。そうすれば、裏切られたあなたが絶望して私を求めてくれると思った。だけど、あの女は武器を振るうことはなかった。だから、あなたがあの女を殺すように仕向けた。あの女に会う前に早乙女と戦ったでしょう? 早乙女には、薬を使うように命じてあったわ」

「薬?」

 訝しむ白銀に、代わりに教えてくれたのは漁だった。

「ハンターが正当な理由なく吸血鬼を狩ることは禁止されている。ゆえに、過激派閥のハンターどもは、時に、正当な理由を()()()()()。吸血鬼が人間に害をなしたという事実を作り上げるんだ。そのために、一部のハンターは薬を所持している。あれは理性が飛ぶ」

「……知らなかった」

「貴様、打たれたのか?」

「……茉莉に何か注射された覚えはある。十三年前は……クルースニクたちとの悶着のどさくさで、そんなことがあった気がする。いまいち記憶が曖昧だけど」

「ついでに記憶も一部飛ぶらしいからな。というか、あれに気を付けなければいけないのは妖怪の間では割と常識だぞ。貴様、そんなことも知らなかったのか」

 この世間知らず、と漁は罵った。返す言葉もない。

「――あ、は」

 微かに笑い声が聞こえた。

 見れば、涼子が心底可笑しそうに腹を抱えている。

「あはっ、あははははははははははははははははッ!!!」

 突然狂ったように笑いだす涼子に、白銀は狼狽する。ただ、涼子の傍らに控える白刀だけが、何かを理解したような顔をしていた。

 やがて、笑いすぎたのか目尻に涙を浮かべた涼子は、ぽつりと呟いた。

「……やっと、退()()()

 憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした顔をしていたのが、白銀の目に焼き付いた。

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