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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
1 吸血鬼は燃やせば灰になるか
5/51

5 厄介事は終わらない

『……彩華町旧公民館が全焼した事件で、焼け跡から見つかった遺体の身元が判明しました。亡くなったのは彩華町に住む会社員の久川紀子さん、二十七歳。久川さんは十二日から会社を無断欠勤しており、連絡が取れない状態が続いていましたが、歯型の照合により、十二日に死亡した遺体が久川さんであると判明しました。警察は引き続き……』

 雲居の依頼を受けた翌日、警察の捜査は進展を見せたようで、昼のニュースで放火事件の続報がされた。テーブルに頬杖をついてニュースを見ていた涼子は、「まだ若いのにね」などと呟いていた。

「なんの恨みがあったか知らないけれど、殺すことないのにね」

 いたって真面目な顔で常識的な台詞を吐く涼子だが、これには異議がある。畳に寝転がっていた白銀は勢いよく起き上がって、涼子をじろりと睨みつける。

「お前が言うな」

「あら、私は殺してないもの……まだ」

「いつか殺す気だろ。というかいつも殺す気だろ」

「いいじゃない、死なないんだから……そういえば、吸血鬼って燃やしたら灰になるって本当かしら」

 じとりと涼子が視線を向ける。嫌な目だ。よからぬことを考えているときの目だ。どうやって殺してやろうかと虎視眈々と隙を狙っている目だ。

「……そういえば、小学校に焼却炉が……」

「待て待て待て! 人を焼却炉にぶち込む妄想をするのはやめろ!」

「あなた人じゃないでしょ」

「言葉の綾だ! そんなことより、今まさに放火のニュースやってるってのに、不謹慎だと思わないのか」

「日常的に武器を振り回している人に向かって常識的な倫理観を期待されても」

 もっともである。しかし、自分でそれを言ってはおしまいなのでは。

 涼子は徐に立ち上がり、スカートの裾を翻し、その下に隠されていた武器に手を伸ばす。涼子は常日頃から体中に武器を隠しているが、特にそのスカートの中が最たるブラックボックスである。そのせいで、一部の妖怪からは、涼子は「四次元スカート妖怪」などという不名誉な二つ名で呼ばれている。

 本日涼子が取り出したのはスタンガンである。法律で禁止されていない分、拳銃よりは可愛らしい武器といえるが、おそらく不正に出力を改造されているのだろう。

「じっとしててね、目が覚めたら焼却炉だから」

「じっとしていられるか!」

 本格的に身の危険を感じて白銀は後退る。

 バチバチとスパークで威嚇。凶悪な武器とは裏腹に涼子はにこにこ笑っていて末恐ろしい。

 涼子が電極を突き出したその瞬間、まるで救いのように、チャイムが鳴った。

 白銀はほっと胸を撫で下ろし、涼子は舌打ちしてスタンガンをスカートの下に仕舞い、応対に立つ。からからと涼子が玄関の引き戸を開ける音に次いで、女性の声が聞こえた。

 窮地を救った女神は何者なのか、興味をそそられ、白銀は聞き耳を立てる。

「あの、ここって復讐代行をしてくれるってところですよね!」

「はっ!?」

 涼子が頓狂な声を上げる。無理もない、客にいきなりそんなことを言われて、驚かないはずがない。白銀も、唐突な、しかも見当違いな発言に目を剥いた。

 おっとり刀で玄関に駆け付けてみると、さすがに困惑気味の涼子が振り返った。

「ねえ、この人……」

 玄関前に立っていたのは、三十代くらいの女性。栗色の髪が品良くウェーブしている。

「私、復讐したい人がいるんです。ここでは、復讐を請け負ってくれるんですよね?」

「おいおい、いったいそんな馬鹿な話、どこで聞いたんだ」

「雲居さんという方が自慢しているのを聞きました」

 あの野郎。白銀は舌打ちする。

「悪いが、そいつは雲居のデタラメだ。あとでとっちめておくから帰ってくれ」

「そんな! でも、雲居さんの依頼は引き受けたんですよね? 私の話も聞いてください。どうしても許せない人がいるんです」

「そういうのは法律に違反しない範囲で自分で頑張れ。間違っても他人に頼むな。雲居の件は警察に丸投げしてある。以上、帰った帰った」

 しっしと追い払うように手を振ると、女性は救いを求めるように涼子を見る。涼子は困ったように苦笑する。

「ええと、個人的には復讐とか燃えるから大好きなんですけど、やっぱりまずいと思うんですよ」

「でも……」

「うちはそういうのお断りなんで。復讐なんて駄目ですよ。不毛ですよ。意味ないですよ」

「……だから、どの口が言うんだよ、このド鬼畜女」

 ぼそりと白銀が呟いた悪口に、涼子は耳聡く反応し、スカートのポケットから取り出したスリングショットで石礫を発射した。なかなか固くて痛い礫が額に直撃し、白銀は悶えた。人目を気にして銃を使わなかったようだが、それにしても相変わらずバリエーション豊富な武器を隠し持っている。

「この『四次元スカート妖怪』め……」

「その名前で呼ばないで」

 涼子は不機嫌そうに白銀を咎めると、くるりと女性を振り返ったときには営業用のスマイルを浮かべて、「とにかく無理だから」となんとか宥めて帰らせた。

 女性が肩を落としてとぼとぼ帰っていくのを見届けると、涼子は大げさに肩を竦めた。

「困ったわね、そんな変な噂が立ってるなんて。うちは復讐屋じゃないのに」

「とりあえず雲居だ、連絡先は聞いてるな?」

「勿論。余計なこと言うなって釘刺しとく」

 涼子ははりきって電話しに行く。

 涼子は電話口で、「余計なこと言わないでください」と穏やかにお願いしたと思ったら、「あんまり馬鹿なこと言ってると焼き討ちするぞ」と脅迫し始めた。自業自得とはいえ、雲居も災難だな、と白銀は適当に思う。

 雲居への口止めはそれで済んだが、噂というものはインフルエンザウィルス並みに蔓延するのが早いらしく、その後もたびたびおかしな客がやってきた。

 飼っていたハムスターを食べてしまった猫をとっちめたいだとか。

 夫を寝取った不倫相手に目にものを見せてやりたいとか。

 三十年前の小学校時代に自分を苛めていた奴に仕返ししたいとか。

 スケールの小さいものから大きいものまで様々だ。最初のうちは、「新しいハムスター飼いましょうよ」とか「弁護士に相談しましょうね」とか「いい加減水に流しましょうよ」とか適当にアドバイスをしていた涼子だが、ついに面倒になって、

「うちは復讐代行屋じゃないのいい加減にしないと全身から血抜いて晒し首にするぞクソ共!!!」

 近所いっぱいに聞こえるほどの大声で物騒な台詞を喚き散らした。いつになく気が立っている涼子を落ち着かせるのに、白銀は近所のコンビニまでアイスを買いに行く羽目になった。

 某有名ブランドの高級カップアイス抹茶味をスプーンで掬ってちびちび舐めながら、涼子は愚痴を零す。

「まったく、どいつもこいつも馬鹿みたいに復讐復讐って言っちゃって、馬鹿じゃないのかしら」

「だから、お前がそれを言うなって……」

 そういう常識的な台詞を吐きたいなら、「復讐は好きだけど」などという非常識な台詞は慎むべきである。

「次にまたおかしな客が来たら、偶然を装って急所を潰しちゃうかもしれないわ」

「どんな偶然を装ったらそんな悲劇が起こりうるんだ。『サッカーボールと間違えました』って一秒で嘘だと解る苦し紛れの言い訳でもするのか」

「その可能性もあるわね」

「マジかよ」

 白銀は冗談で言ったのだが、涼子は真顔である。とりあえず、しばらく客の対応には自分で出ようと決めた白銀である。

「まあ、そのうちほとぼりも冷めるだろうさ。人の噂も七十五日って言うだろう?」

「妖怪の噂は何日で消えるの」

「……えーと、妖怪の平均寿命を人間の約五倍くらいと考えると、三百七十五日?」

「一年以上かかるじゃないの! 信じられない」

 多大なるストレスを紛らわすために、涼子はカップアイスを一気に掬って口の中に放り込んだ。

「ま、まあ、雲居は説得したんだろう? あいつが『さっきのやっぱりデマです』って土下座して回れば、噂も上書きされるだろうさ」

「もう、勘弁してほしいわ。次からは契約書に賠償金の規定でも追加しようかしら」

 涼子ならやりかねない。依頼人がおかしな契約を取り結ばれないよう注意せねば、と白銀は密かに警戒する。

「そういえば、雲居が仕事の進捗を気にしていたわ」

「進捗ったって、頼まれたのは昨日だぜ? せっかちな奴。まあ、一応進展があったといえばあったわけだから、報告するべきことが何もないわけじゃないが」

「けれど、被害者の身元が解ったんなら、犯人特定も時間の問題じゃないかしら。慌てて進捗を報告しなくても、じきにまとめて結果報告ができると思うから、一応もう少し待って大人しく噂を撤回してこいと脅は……説得したけれど」

「別に言い直さなくてもお前が脅迫してたのは知ってる」

 ひとまず雲居への対応はそんなものでいいだろうと白銀は結論付ける。被害者の交友関係を警察が洗い出せば、容疑者もおのずと浮かび上がるだろう。遺体を焼いて身元を隠したということは、すなわちそういうことなのだ。

 そう思って悠長に構えていたところ。

 夕方、涼子が台所に立って夕食の準備を始めたころ、白銀のケータイが鳴った。相手は結城だ。何か捜査に進展があったのだろうかと電話に出ると、結城は少し焦った調子で告げた。

『悪い知らせだ。さっき、二件目の放火があった。手口からして、同一犯の可能性が高いらしい』

「は……?」

 結城の言葉の意味を理解するのには、やたらと時間がかかった。

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