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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
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11 独りじゃないと思い出して

 胴体を両断した程度では死なないことは解っている。手を緩めることなく、更に切り刻まんと白銀は血の刀を握りなおす。

 しかし、それを阻むように、白銀と茉莉の間に炎の壁が立ち上った。肌を焼く熱気に怯むと、その壁を貫いて赤い弾丸が向かってくる。茉莉の血の弾丸だ。

 右手で刀を振るい弾丸を弾き返すと、次いで上方から強い妖気を感じた。振り仰ぐと、いつの間にか宙には無数の血の弾丸が浮かび上がり白銀を取り囲んでいた。貧血吸血鬼にはできない芸当も、茉莉は平然とやってのける。

 弾丸が雨のように降り注ぐ。しかし雨よりも明らかに凶悪に、アスファルトの地面を穿っていく。集中砲火から逃れようと、白銀は後退を余儀なくされる。その間に、炎の向こうでは、二つに分かれていた茉莉の体がのんびりと再生をしている。

 血の雨が止むと、立て続けに炎の砲弾が向かってくる。忌々しげに舌打ちし、白銀は水の砲弾で相殺を図る。水と火がぶつかり合うと、大量の蒸気となってあたりに拡散する。霞んだ視界の向こうでは、茉莉が悠然と立ち上がり微笑んでいた。

「あらあら……もうおしまいかしら?」

 白銀の手元にもう水はない。人魚――漁の血から得た能力は、手持ちの水を操る力だ。近場にある程度まとまった量の水がなければ使えない。今は使われていない旧校舎ともなれば当然水道は止まっているだろうし、水の力はもうあてにできない。

 それに比べると、茉莉は火と氷の力を自在に操っている。更に血も自由に武器にできる。どう考えても茉莉のほうが断然スペックが高い。

「私を殺したいんでしょう? もっと本気を出したら?」

 殺せるわけがない、と思って高をくくっている声だった。悔しいが、確かに白銀は茉莉を殺せる勝算があるわけではない。今だって十分本気を出しているのに、だ。

「今のあなたは血で満ちているはずなのに、どうして血の能力を使わないのかしら……ああ、もしかして、あの子の血を後生大事に取っておきたいの? あなたが奪い取った彼女の命を」

「……ッ」

 白銀の中に流れている涼子の血。それを失うのを厭うていた。

 だが、それを茉莉に指摘された瞬間、茉莉を殺したいと願う憎しみが勝った。

 親指の爪を刃のように鋭く伸ばす。それを首にあてがい、自らの頸動脈を切り裂いた。血の噴水が上がり、噴き出した血飛沫は無数の弾丸へと変化する。

「穿て!」

 一斉に飛び出した弾を、しかし、茉莉は避けようともせず待ち構えた。狙い過たず、白銀の血は茉莉の体に風穴を開けていく。機関銃からの弾幕を正面から受けて立ったかのように、茉莉の体は赤々と染まっていく。

 しかし、そうなっても茉莉は唇に湛えた微笑みを絶やすことはなく、直立不動のままで倒れることすらなかった。

 弾幕が止むと、茉莉は満足そうに頷く。

「そうそう、そうやって本気を出してもらわないと困るわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 茉莉の体の穴はみるみるうちに塞がっていく。服だけは元に戻らずぼろぼろのままだが、体はまったくの無傷に戻ってしまう。これだけの攻撃を食らってなお、再生力は衰えない。正真正銘の怪物性に、白銀は歯噛みする。

「そろそろ諦める気になったんじゃない? こんな戦いは不毛だもの。私を殺したって、あなたが殺した人たちが戻ってくるわけじゃないし、だったらいっそ、私を受け入れたほうが幸せに生きられるでしょう」

「黙れっ」

「そんなふうに、今は少し熱くなってるかもしれないけれど……あと十年もすれば、きっとあなたはちっぽけな人間の命のことなんか忘れるわ。私たちが生きる永い時間に比べれば、他の命の時間なんて些末な問題にすぎないもの。そんな命をちょっとした()()で失ったことなんて、いつまでも引きずるものじゃないわ。どうでもいいことなの」

「どうでもよくなんかない!」

 白銀は悲嘆に歪んだ顔で激昂した。

「忘れられない……別れた命も、奪った命も、俺は忘れられない」

「ハル君……」

「俺は人間が羨ましい。限りある時間で懸命に生きる人間が羨ましいんだ。俺はそれができない、人間を踏みにじる側の化け物になってしまった。深雪や涼子を手にかけたのは俺の罪だ、だが俺をこんな化け物にしたお前を、俺は赦せない」

「人間なんかに同情してるの?」

「俺は元は人間だった」

「今でも心は人間のつもりをしているの? いいえ、あなたは身も心も化け物よ。私と一緒」

「俺はお前とは違う!」

 茉莉の言葉を振り払うように、白銀は血の刀を片手に茉莉へ攻め寄った。茉莉は氷の刀を作りだして待ち構える。

 振り下ろした血が氷と交わる。

「どうしてそんなに私を憎むの。私を拒むの。私がこんなにあなたを求めているのに、どうしてあなたは私を求めてくれないの。私がどれだけ苦しいか、あなたに解る?」

「解るわけがない。お前の身勝手に振り回されるのは、もううんざりだ!」

「っ……どうして……ッ!」

 悔しげに顔を歪めた茉莉が、刀に力を込める。白銀が僅かに押し返されると、その隙をついて茉莉は刀を振るう。その一撃で、白銀の刀を叩き折った。

「!」

 刀身が真ん中で折れ、切っ先は吹き飛ばされる。怒りが混じったことで、茉莉の力がここにきて増したのだ。

 茉莉の返す刀を避けて後方へ跳び、折れた刃を擲つ。切っ先のない状態だが、放つスピードが力に加わって、刃は茉莉の顔面、右目に突き刺さった。眼窩を貫く刃に、しかし、茉莉は全く怯まない。顔を貫かれたままで、狂気に満ちた笑みを浮かべ、飛び散った血を弾丸に変えて放った。

 滞空中の白銀はそれを避けきれずに、血の珠は下腹を貫いた。

「ぐ、ぅっ……!」

 重い痛みに顔を顰め、着地をし損ねた白銀は無防備に地面に転がった。受け身を取る余裕などなかった。アスファルトに点々と散った血を、走り迫ってくる茉莉の足が踏みつける。

 白銀が起き上がる前に、胸に茉莉の爪先が食い込んだ。

「がぁッ!!」

 息が止まる。血の混じった唾液が零れる。バキバキと嫌な音を立てながら、白銀の体は軽々と蹴り飛ばされた。

 後方、建物の壁に激突し、ずるずると地面に崩れ落ちる。肋骨が何本か折れた音。内臓がぐちゃぐちゃに掻き乱された感覚に、生理的な涙がじわりと滲んだ。

 視線を上げると、目の前に迫っていた茉莉が、眼窩に刺さった刃を無造作に抜いた。潰れた眼球がぐじゅぐじゅと蠢きながら傷を修復し、赤く妖しい瞳が再び光を宿す。

「何をやっても無駄よ」

 そう言って、茉莉は抜いた刃を、()()()

 白銀の血でできたそれを、チョコレートでも齧るかのように、平然と咀嚼し呑みこむ。その異常すぎる光景に白銀は怯む。狂気の宿る赤い瞳に、射竦められていた。

 血の刃をすべて呑みこんでしまうと、茉莉は唇を歪めて笑う。

「美味しいね、ハル君の血……もっと飲ませてくれる?」

 氷の刀を振り上げる。

「……っ!」

 自分に向かって振り下ろされる凶刃を、白銀は呆然と見つめていた。


★★★


 涼子はさっきから誰かと楽しそうに電話をしている。女子の電話は長いと聞いたことがあるが、それにしても長すぎる、盛り上がりすぎている。そんな場合じゃないのに、と白刀は思う。本当は今すぐにでも問いただしたいことがあったのだが、涼子が邪魔するなと言いたげに視線を寄越したので黙っていた。

 やがて、涼子が電話を切ると、白刀は溜息交じりに問う。

「いったい誰とそんなにおしゃべりしてたの? 悠長にしてる場合じゃないのに……」

「今すぐ銀に会いに行けってこと? そんなこと言われたって、どこにいるか解んないし」

「漁のところにいるんじゃなかったの?」

「悲壮な決意を固めて出てったそうよ」

 白刀は呆れてしまう。

「どうして止めなかったの、それ! 漁に止めてもらえばよかったのに」

「えー、でも私一応死んだことになってるから、止めらんないもん」

「何それ、じゃあ白銀は涼子が死んだと思ってるの? 可哀相じゃん、なんで教えてあげないの、こんなにぴんぴんしてるって。白銀はああ見えて豆腐メンタルなんだから、責任感じてるよ、鬱こじらせてるよ」

「だって、銀にばれたら十和田茉莉にもばれるでしょうが。ヤンデレビッチ吸血鬼に生きてるってばれたら命狙われそうでやだもん。別に、銀への嫌がらせで黙っているわけじゃないのよ?」

「でも、半分くらいは嫌がらせなんでしょ」

「否定はしない」

 否定してほしかった。白刀はがっくりと肩を落とす。

「そういうわけだから、今慌てたって仕方ないの。それにねえ、もしこれから、銀でも苦戦するような吸血鬼を相手にするとなれば、私もいろいろ準備しないといけないし、そんなにすぐには銀を探しに行く気にはなれないわけ」

「準備って?」

「腹ごしらえとか」

「……」

「あ、今馬鹿にしたわね? 腹が減っては戦はできぬって言うんだから、空腹をなめちゃいけないわよ」

 涼子はいたって真面目な顔をして言う。

「というか、私一応病み上がりなんだから、そんなにせっつかないでよ」

「あ、ごめん……あんまりにもいつも通りのドSっぷりだから、病み上がりなの忘れてた……」

 涼子は今さっき病院から出てきたところなのである。しかも、入院しろと言われていたのをさらりと無視して。

「今日はいろいろあって疲れたし、動くなら明日でいいんじゃない? 慌てなくたって、銀はどうせ死なないし。それに、私が動くまでもなく、自分でなんとかしちゃう可能性も、あるわけだしね」

 涼子はそう言って、再びどこかへと電話をかけ始めた。


★★★


 茉莉が振り下した刀は、しかし、白銀に届くことはなかった。

「!?」

 茉莉は驚愕に目を見開いている。驚いたのは白銀も同じだった。茉莉の刀を、突如二人の間に割り込んだ壁が阻んでいたのだ。

 水の、壁。

 白銀を守るように、大量の水が湧き出していた。

 水の向こうで、茉莉が忌々しそうに顔を歪めていた。

「人魚の、加護か……ッ!」

 思い出されるのは、漁の顔だ。

『必ず返しに来い』

 そう告げて、青いリボンを貸してくれた人魚。

 ――お前が助けてくれたのか?

 諦めかけていた白銀に、希望が戻ってくる。

「――『水龍』!」

 水の塊が茉莉を弾き飛ばす。そして、うねる水流は、その圧倒的質量を以て、宙に浮く茉莉を上から叩き落とした。

 茉莉の体が地面に叩きつけられ、同時に水が弾ける。あらゆる傷を即座に修復する茉莉だが、全身を襲う衝撃には、すぐには立ち上がらない。ずぶ濡れになって仰向けに倒れたままだ。それでもまだ動こうとする茉莉を見て、白銀は懐に忍ばせてあった武器に手を伸ばす。

 彩華二高での悶着の際に、涼子から押し付けられたまま持ち歩いていた、スタンガン。

 ――よもやこの瞬間を涼子が予知していたわけではあるまいが。

「落ちろ――」

 電極を水浸しになった地面に押しつけ、スイッチを入れる。

「ぃやぁああァァぁあぁッ!!!」

 水を伝って電流が茉莉へと流れ込む。

 初めて、茉莉が苦痛の声を上げた瞬間だった。

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