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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
43/51

8 悪夢は何度も繰り返す

「愛おしく思うほどに、憎まれて。

 焦がれるほどに、傷ついて。

 手を伸ばすほどに、離れていく。 

 そうして、本当に大事な人を……ぶち壊す。

 私とあなたは鏡写しのようだわ。あなたは私にとてもそっくり。十三年前も、今も、私と同じことを、繰り返している。

 求めたものを最後にはぐちゃぐちゃにしてしまう。私とあなたは、同類だわ」


★★★



 心臓の音がうるさい。

 呼吸が乱れる。

 体中が熱い。

 その体も、その思考も、まるで自分のものではないようだった。

 直後、音が消えて視界が真っ赤に染まっていた。



「――白銀ッ!!!」



 白刀の叫び声で、白銀は我に返る。一瞬、記憶が途切れていたことに気づいて焦燥した。

 顔を上げると、壁に凭れた白刀が険しい顔で睨みつけていた。いつの間にか、白刀は肩口から血を流している。この一瞬の間に、何が起きた?

「何やってるんだよ! 涼子が死んじゃうよッ!!」

 白刀は何を言っている? 理解できなかった。

 だが、ふと視線を巡らせて、白銀は息を呑む。爪の鋭く伸びた自身の手の下で、少女の柔らかい体が軋んでいる。ベッドの上に押さえつけられた涼子の首筋に牙の痕が残り、頬には涙の痕。黒い髪が乱れて、弱々しい吐息が薄く開いた唇から漏れている。

 今にも死にそうな青白い顔をした涼子を見下ろして、白銀は気づいてしまった。

「――――ッ!!」

 自分が、()()やってしまったのだと。


★★★


 低血圧で慢性的に貧血である身としては、夏場は苦手だった。人よりも多くの血を必要としているはずではあるのだが、耐えようと思えば耐えられることに気づいてからは、衝動的な飢えを感じなくなっていた。それをいいことに、種族的な本能をすっぱり無視していた結果、日差しにやられてフラッときた。

 外を出歩いているときに眩暈を感じて、ふらふらと木陰に倒れこんだ。青々と茂った樹に凭れかかって、手でぱたぱたと仰いで風を送って、木漏れ日に目を眇めて。そんな具合で休んでいたら、視界の端で、白いワンピースが揺れた。

 涼しげなレースのワンピースを纏った女性が、心配そうに顔を覗き込んだ。

「あの、大丈夫ですか」

 綺麗な女だった。たぶん、今まで会った誰よりも。

 この醜い銀の髪にも赤い瞳にも、女は臆すことはなかった。

「大丈夫ですか。救急車が必要ですか」

 聞こえてないと思ったのか、女は繰り返した。さすがに救急車を呼ぶほどではない。こんなことで呼びつけたら怒られる。

「平気だ。少し貧血起こしただけだから」

「まあ、それは大変ですね。あ、よろしければお水を飲みますか」

 女は肩掛け鞄から水のボトルを取り出した。どう見ても女の飲みかけである。白銀が躊躇っていると、女は首をかしげ、それからボトルを見遣って、「ああ」と得心したように呟いた。

「すみません、失礼でしたね」

「いや……むしろあんたが嫌だろう、そういうの」

「私は別に気にしませんが……ではせめて、よくなるまで傍にいて差し上げます。心配ですから」

 優しい女だと思った。同時に無防備な女だとも思った。少しばかり、いや、かなり、警戒心が足りないような気がした。初対面の、しかも見るからに怪しい男にここまでしてくれるのは、珍しいことだ。

「……少し無警戒すぎるんじゃないか。世の中物騒だっていうのに……俺が襲い掛かったらどうするんだ」

 実際にはそんなことはしないのだけれど。

「ご心配には及びません」

 女はにっこり笑って、スカートの裾をちょいとつまんで持ち上げて見せる。スカートの下に覗く細い脚には黒いベルトのようなものが巻き付いていて、そこには警棒のようなものが収められている。

「護身用にスタンガンを持ち歩いていますから、もしもあなたが不審者だった場合は即座に対処できるよう心構えをしています」

「……さいですか」

 おっとりした雰囲気とは裏腹に、意外としっかりしているらしい。

「何か必要なものはありますか。時間をいただければ、飲みかけでない水を探してきますけれど」

「……水じゃなくて血が欲しいって言ったら、どうする」

 唐突な問いに、女はぱちくりと瞬きした。女の視線がある一点で止まる。おそらく、牙に気づいたのだろう。逡巡ののちに、女は優しく微笑んで答えた。

「あとで味の感想を教えてくださいね」

 予想外すぎることをのたまった。

 それが、深雪と白銀の最初の出会いだった。

 白銀は、今でも彼女の笑顔が忘れられない。

 最後に見せた青白い顔も、忘れられない。


★★★


 ベッドに横たわる涼子をじっと見つめて、白刀は何度目か解らない溜息をついた。人生経験、もとい生経験は長いが、今までにないくらい白刀は混乱していた。なんとか事態を整理しようと起きたことを思い返すが、やっぱりわけが解らなくて、自分の頭の足りなさに涙が出る。

 こんこん、とノックの音がする。返事も待たずに、客は病室に入ってきた。少し焦った様子で息を乱した男、結城虎太郎がやってきたのだった。

「ああ、白刀。いったいどういうことなんだ? 正直まだ解ってないんだが」

「僕だって解らないよ。悪い夢でも見てるみたい」

「結局、何がどうなってる。もう一度落ち着いて説明してみろ」

「電話で言った通りだよ。白銀が急に涼子に襲いかかって血を吸ったんだ。あんまり強引だったから、涼子も最初は抵抗してたけど、そのうち動かなくなって……止めようとしたら僕は爪で引っかかれた上に突き飛ばされた。信じられない凶行だよ!」

「それで、白銀はどこ行った」

「逃げた」

「逃げたぁ?」

「急に我に返ったみたいに、自分で自分に驚いたって感じで……逃げちゃった。追いかけるよりまずは涼子を何とかしなきゃと思って、救急車呼んで……今に至る」

「ああ、その判断は正しいだろうな。涼子ちゃんは、大丈夫なのか」

「命に別条はないって。……ああ、僕もうどうすればいいのか解んないよ」

 白刀はがくりと項垂れる。主に奉仕することを生きがいにする刀である白刀は、主の緊急事態に、どうすればいいのか指針を失っていた。自分だけではどうすればいいかも解らないなんて、何と情けないことかと、白刀は嘆く。

「白銀と涼子ちゃんは、喧嘩でもしてたのか?」

「喧嘩? まさか。まあ、涼子はいつも通りのドSぶりを発揮してたけど、あれはじゃれ合いっていうか、いつも通りのコミュニケーションだもの。喧嘩するどころか、白銀が困ってるから、みんなで一緒にがんばりましょー、ってものすごくいいこと言ってたんだよ」

「すると、原因不明の豹変ってことか……また」

「また?」

「い、いや、なんでもない」

 結城はあからさまに焦った様子で誤魔化したが、それを追及できるだけのカードを持っていなかった白刀は溜息ひとつで疑念を流した。

「どういうことなんだろう……白銀もやっぱり吸血鬼だった、ってことなのかなぁ」

「……あいつはいったいどれくらい血を飲んでなかったんだ」

「涼子は結構ぎりぎりまでおあずけしてるよ。でも、白銀は別に、最近では血なんか飲まなくても死にはしないからって割り切ってたよ? 血は嗜好品なんだって」

「吸血鬼のくせに血が嗜好品なのか」

「僕もちょっと話に聞いたことがあるよ。吸血鬼になりたての奴は飢えて飢えて仕方なくって吸血衝動に襲われるけど、そういう期間を乗り越えてある程度長く生きると、人間の食事で事足りるようになるんだって」

「ってことは、白銀は必要に駆られて血を飲んだわけじゃないのか。いよいよわけが解らない。今までこういうことは、勿論なかったんだろ?」

「たぶん……」

 その点については、実は白刀ははっきりとは言えない。白銀と涼子は、そういうことをするときは白刀を部屋から閉め出すから。

「……とにかく、今は涼子ちゃんが目を覚ますのを待つしかないか」

 結城は疲れ切ったような溜息をついて、ベッドのわきの椅子に腰を下ろした。


★★★


 どこをどう走ったのかはまるで覚えていない。ただひたすらに逃げ走った。目の前の現実から逃げたかった。涼子を傷つけたという事実を、十三年前に深雪にそうしたように凶行に走った事実を、認めたくなかった。

 やがて走り疲れて、白銀はよろめく。誰のものだか解らない家の石塀に凭れて、ずるずると崩れ落ちる。

 酷い言い訳だと自分でも思う。だが、白銀は自分のしたことが理解できていなかった。気づいた時には、涼子を押し倒していた。丁度、十三年前の再現のようだった。あの時も、気づいた時には深雪は死んでいた。

 大切にしていたはずなのに、気づいた時には殺してしまう。

 乾いた笑いが漏れた。

 二百年前に人間の悠が死に、吸血鬼になっても、心だけは人間のつもりでいたのに。

「……やっぱり俺、化け物なんだ……」

 膝を抱え蹲り、悔しさに唇を噛んだ。かすかに血が滲むが、その傷もすぐになかったことになる。

 自分がどうしようもない化け物だと思い知らされた。妖怪を助けると言って、涼子を守ると言って、十三年前の償いをすると言って、そう誤魔化して生きてきたけれど、やっぱり自分は救いようのない化け物なのだと知った。

 苦しい。

 死にそうなほど苦しいのに、死ねない。

 どうして死ねないのだろうか、と白銀は嘆いた。

「――白銀?」

 こつん、と足音が響き、怪訝そうな声が降ってきた。顔を上げ、虚ろな赤い瞳で見上げると、意外な人物が立っていた。いや、正確には人ではないのだが。

「突然消えたと思ったら、なぜこんなところにいる」

「漁……」

 紺色のチュニックにハーフパンツという格好で、少し髪が湿っている様子の漁が、どこか呆れたような調子で首をかしげた。

「……どうした?」

 いつもなら、顔を合わせた瞬間、悪態をつきながら攻撃してくる漁だが、この時ばかりはそうはしなかった。白銀の様子が普通でないことに気づいたのだろう。

「泣いているのか?」

「漁……お前、俺のこと、まだ憎んでるんだろ?」

 白銀は徐に立ち上がり、縋るように漁を見つめた。

「だったら、殺してくれよ、漁」

「! 貴様、何を」

「今すぐ俺を殺してくれ、漁」

 倒れこむように漁にしがみつき、白銀は懇願した。無防備で無様な姿をさらして、何度も頼み込んだ。

 漁が戸惑っているのは感じていた。しかしそれでも、繰り返し願った。

 殺せ、と祈りながら目を閉じる。

 そして、意識は暗闇に堕ちる。

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