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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
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7 決意は打ち砕かれるもの

 家の裏手に回って、周りに誰もいないことを確認する。もし目撃されたら、泥棒だと思われて通報されること請け合いだ。実際には自分の家にこっそり帰るだけなのだが、慎重にやらなければならない。

 その場に一旦しゃがみ、脚のバネを一気に伸ばして跳ね上がる。二階部分の窓枠に手をかけてぶら下がり、窓に手をかける。鍵は当然かかっている。夏場は開けていることの多い階段部分の窓なのだが、きっちり戸締りをしているところを見ると、涼子は出かけているのかもしれない、と白銀は思う。好都合のような、不都合のような。

「ちっ……仕方ねえな」

 壁に落ちた自身の影の中に、右手を突っ込んだ。部分的に影に潜らせる分には、力も大して消費しない。移動距離も長くないので、消耗している状態でもぎりぎり許容範囲だ。突っ込んだ右手は壁の内側に出ているはずだ。断面図を見ることができれば、壁に穴を開けて貫通しているように見えることだろう。窓を割って鍵を開けるという荒業をしないのは、あとでばれた時に涼子にどやされるから。

 中に転移させた右手で鍵を開け、手を引っ込める。解錠した窓を開けて、足音を立てないように侵入した。これは本格的にやってることがただの泥棒じみてきたな、と白銀は苦笑する。

 家の中では、足音も衣擦れの音すらも聞こえない。やはり涼子は、そして白刀も、外出中のようだ。もしかしたら自分を心配して探してくれているのだろうか、と思う。それなら、悪いことをしてしまったと反省する。一方で、いや実はただ買い物に出かけただけとかそういうオチでも驚かないぞ、とも思う。涼子の日ごろの行いの悪さのせいで、そういう想像もできてしまう。

 自室に戻り、ぼろぼろになった服を脱ぎ捨てる。代わりに箪笥の上に丸めてあった服に着替えた。ポケットに突っ込んであった財布なども忘れずに入れ替える。ケータイは、と考えたところで、それは壊してきてしまったのだと思い出す。後戻りができないということを、思い出す。

 デスクの上に目をやり、少し考えてから、メモを残すことにした。ボールペンで走り書きしたメモを机の上に残す。そのうち涼子が見つけるだろう。

『いつまでそんなところにいるの』

 十年前、まだ八歳だった涼子がつんけんしながら言ったのを、ふと思い出した。天涯孤独の身となった涼子を放っておけず、殺してしまった母親への償いのつもりで、まだ幼い涼子の面倒を見ることに決めた。しかし、涼子にとって自分は憎い敵だ。まさか一つ屋根の下に寝泊まりするわけにもいかず、涼子が泣きながら寝付いた後には、白銀は屋根の上で月を眺めながら夜を明かしていた。

 そんな日が三年ほど続いたあたりで、涼子が溜息交じりに、中に入って来いと言ったのだ。

『落ち着かないの。屋根の下はまずいから屋根の上にいますって、おちょくってるとしか思えないレベルの屁理屈よね』

 八歳とは思えない滑舌の良さと豊富な語彙で、涼子はまくしたてた。

『私が殺す前に雨に打たれて風邪ひいて肺炎とかいうつまんない死に方されても困るんだし』

 そう言って涼子があてがったのが、元は母親のものだった部屋だ。

『もう辛気臭い顔やめなよ。私も、やめるから』

 そうして涼子は、涙を捨てて武器を取った。

 いつになく感傷的な気分になってそんなことを思い出してしまうのは、今の自分が涼子のように、復讐に駆られているからだろうか。それとも、涼子と別れて茉莉との戦いに臨むのが不安だからだろうか。

「……必ず、また」

 ここへ、戻って来よう。そう決意して、白銀は踵を返した。



 ――瞬間、右足が床に張られたワイヤーに引っかかった。

「は?」

 思わず間抜けな声が出てしまう。

 直後、壁からばしゅっ、とボウガンが放たれる。

「うおおっ!?」

 反射的に身を引くと矢が鼻先を掠めて反対側の壁に突き刺さる。

 なぜ自分の部屋にこんなブービートラップが!? と疑問に思っている暇もなく、連鎖的に他のトラップも発動し、あちこちからボウガンが放たれる。しかも、ボウガンの矢の尻にワイヤーが取り付けられているようで、ボウガンを避けてもワイヤーに体を絡め取られ、白銀はいつの間にか身動きできなくなっている。

「待て待て待て待てッ! いつの間に俺の部屋はダンジョンに改造されてたん……ぐえっ!」

 首にワイヤーが巻き付いて苦情も叫べない。

 仕上げとばかりに足をワイヤーに取られて、白銀は仰向けに転倒した。その瞬間を狙い澄ましたかのように、天井でフラッシュがたかれた。ご丁寧に天井にカメラまで取り付けられていたらしい。

 こんな悪趣味なトラップを仕掛ける奴は、一人しかいない。

「あいつっ……何考えてやがるっ……!」

 じたばたともがいてみるが、貧血吸血鬼の力などたかが知れている。もがくほどにワイヤーが体に食い込んで痛いだけで、ちっとも動けない。

 そうしているうちに、たんたん、と階段を上がってくる音がして、部屋の扉ががちゃりを開く。

「うわ、マジで引っかかってるよ単細胞吸血鬼」

 部屋の入り口で涼子が呆れたように溜息をついた。

「涼子! お前、こいつはいったい……」

「のこのこやってきた吸血鬼を捕えて逃がさない、吸血鬼ホイホイです」

「ゴ×××みたいに言うな!」

「なかなかいい格好よ、銀」

 涼子はせせら笑いながらすたすたと部屋に入ってくる。倒れている白銀を踏み越えて、一直線にデスクに向かう。

「白刀」

「はーい」

 名前を呼ばれた白刀は遅れて部屋に入ってくる。

「情けない吸血鬼を助けてあげなさい。私はその間に、銀の恥ずかしーい置手紙を朗読します」

「了解」

「ちょっ、マジ勘弁してその羞恥プレイ!」

 白銀の制止も聞かず、涼子はこほんと一つ咳払いをして、わざわざ声色を作って読み上げる。

「えー、『過去の因縁に決着をつけてくる。必ず戻ってくる』……ぶふっ、恥ずかしい奴」

 涼子は遠慮なく噴き出した。羞恥で体が熱くなる。

「いい歳した大の男が、こんな悲壮感漂わせた手紙書くとかありえないんですけど。不死の吸血鬼の分際で死亡フラグ芸やってんじゃないわよ」

「や、やめてくれ……これ以上ガラスのハートを抉らないで……」

「ガラスなんてたいそうなもんじゃないでしょ、この豆腐メンタル」

 ちくちく、というかぐさぐさ刺さる毒に白銀はひたすら悶えていた。必死で笑いをこらえながらワイヤーを処理している白刀がとてつもなく憎たらしかった。

 ようやくトラップから解放された白銀は、深い溜息とともにベッドの縁に腰かける。涼子は腕組みして仁王立ちし、白銀を見下していた。

「だいたいの状況は理解しているつもりだけど、一応全部、洗いざらい吐きなさい」

 鋭い視線に射竦められそうになる。しかし、白銀の決意も固いのだ。

「……こいつは俺の問題だ、お前を巻き込むつもりはない」

「うわっ、出たよ、一人じゃたいしたことできないくせに一人で抱え込む奴」

「涼子」

「あなたは何か勘違いしてるわ」

 教え子を優しく諭すような微笑みを浮かべ、涼子は白銀の両肩に手を置く。力強い手のぬくもりに顔を上げると、涼子がぐっと顔を近づけて告げた。

「あなたは私の所有物なんだから、黙秘権はありません」

「…………」

 なんとなくいい感じの雰囲気かと思ったら、飛び出してきた言葉は鬼畜以外の何物でもない。いつも通り過ぎていっそ安心感がある。

「まあ、話したくないなら話さなくてもいいわ。……白刀、私の部屋から電気椅子を」

「話す話します話させてくださいっ!」

 白銀の決意の固さなど、たかが知れていた。

 折角黙って行こうとしていたのに、なにもかも台無しだ。こういう「かっこつけ」は失敗したときが一番恥ずかしいということを思い知らされながら、白銀は溜息交じりに白状する。

「……ちょっと因縁のある吸血鬼とばったり再会して、一悶着起こしてるとこ」

 ものすごくざっくり説明すると、涼子は小さく頷いた。

「やっぱりそんな感じか。で、因縁って何。どういう関係の何者」

「二百年前に、俺を吸血鬼にした女。名前は十和田茉莉」

「……待って。吸血鬼にした?」

 涼子がいつになく驚いて瞠目していた。いつもたいていのことを見通していて、およそ驚くということを知らなそうな涼子がである。

「……もしかしてだけど、あなた、元は人間だったの」

「まあな」

「知らなかった……屈辱」

「なんで屈辱だよ。言ってなかったんだから、知らなくて当然だろ」

「僕はなんとなく想像ついてたよ」

 白刀がにこにこしながら言う。

「だってほら、白銀ってヘタレじゃん」

「ああ、確かに……そうか、ヘタレだもんね、元々人間だからヘタレなのかぁ……」

「おいそれで納得するな」

 ヘタレは関係ない。

「まぁ、よくよく考えれば、真祖にしては人間臭すぎるなって思う節はあったけど。ふうん……人間のときは、なんて名前だったの」

「日下部悠」

「極悪な面してるくせに綺麗な名前」

 褒められているのか貶されているのか。たぶん貶されているのだろう、と白銀は苦笑する。

「とにかく、事情はなんとなく理解したわ。どうやら苦戦しているみたいね」

「まあ、相手が相手だからな」

「ま、あなたヘタレだしね。一人で何とかしようなんて気負ってるから駄目なのよ。こういうときこそ、私を頼りなさい。十三年間、伊達に不死の吸血鬼相手に武器を向けてないわよ」

「涼子……」

 どん、と胸を叩いて、涼子ははにかんだ。

「あなたは一人じゃないんだから。三人で頑張りましょうよ」

 涼子と白刀が頼もしげに微笑む。

 自分一人でなんとかしなければならないと思っていた。だが、それは間違っていたのかもしれない。自分のために力を貸してくれる仲間がいることを忘れていたのかもしれない。

 三人で、という言葉が、この上なく心地よく、力強く感じられた――



 ――のに。



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