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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
41/51

6 執念ばかりが縺れ合う

 体中が汗でべたつき、日差しがじりじりと肌を焼く。日の光は、別に嫌いではない。陽光を浴びたら灰になる、というわけでもない。ただ、悠は夏の日差しを迷いなく「好き」だと思っていたから、やはり自分は変わってしまったのだと思い知らされる。

 白銀が目を覚ましたのは、もう日も高くなった頃だった。喉の渇きを覚えて、軽く咳き込みながら瞼を上げると、目に入るのは砂でざらついた地面。ごろりと転がって仰向くと、高い天井が見える。どこかの倉庫か、廃工場か。とりあえず建物の中には入ってから気を失っていたらしい。路上に転がって通行人に通報されずには済んだという点においては、昨日の自分を褒めたい気分だ。

 ふらつく頭を抱えながら起き上がると、さらりと乱れた髪が肩に落ちる。どうやらどさくさで髪紐をどこかに落としてきてしまったらしい。髪を下すといっそう茉莉の姿に似てしまうからとてつもなく不愉快なのだが、ないものは仕方がない。

 服についた砂を払い立ち上がる。昨日、一度茉莉に足を斬られたせいで、ジーンズの丈が酷いことになっている。ワイシャツもどうにもぼろぼろだ。こんな格好で出歩いていれば、まず間違いなく浮浪者扱いされる。

「くそ……面倒なことに……」

 ぼやきながら、白銀は歩き始める。幸い、少々疲れが残っている程度で、傷は当然残っていないし、体の痺れも取れた。血が不足してきているから、影からの転移は難しいが、普通に歩いて行く分には問題ないレベルだ。

 ひとまず、家に戻らなければならない。涼子に気づかれずに着替えを取って、伝言を残して、さっさと消えることにしよう、と白銀は決めた。

「まずは、ここがどこかって話だけど……」

 知っている道に出るまで、とりあえずまっすぐ歩いてみようと、迷子常習犯が考えそうないい加減なことを考えていた。


★★★


 また逃げられてしまった。茉莉は呆然としていた。

 悠を自分の仲間にした時、悠はきっと喜んでくれると思っていた。永遠の命は、愚かな人間たちが希うものだ。それを手に入れて、ずっと二人でいられるのだから、笑ってくれると思った。二人きりになるために、悠と友達を仲違いさせるようなこともしたが、そんな些細なことも水に流すと思った。

 だが、そうではなかった。

 悠は、吸血鬼になりたてでまだ自分の体のこともよく解っていないうちから、その手の爪を鋭く伸ばし、茉莉の喉笛を抉った。当然その程度のことは、茉莉にとってたいした傷ではなく、ただのじゃれ合いのようなものだった。しかし、そう軽く捉える茉莉とは裏腹に、悠の赤い瞳は憎しみに満ちていた。

 やがて、茉莉を殺せないと知るや、悠は茉莉を置いてどこかへと消えてしまった。茉莉は追いかけた。追いつくまでに五十年かかった。五十年後に再会したとき、悠は驚いた。だがすぐに、自分から逃げたくせに、「会いたかった」と言った。自分勝手な話ではあるが、それでもその言葉が茉莉は嬉しかった。しかし茉莉はすぐにショックを受けることになった。なぜなら、悠は、茉莉を殺すための力を磨き、茉莉に復讐するために茉莉との再会を願っていただけだったからだ。

 ただ、それでも茉莉は喜ぶことにした。きっといつか素直になって自分の元に戻ってくると期待した。

 その時の再会はほんの短い期間だった。悠はまた逃げ、また五十年かかって再会した。そして、また逃げられてしまった。

 そして茉莉は悟ったのだ。このままでは悠とは永遠に鬼ごっこを繰り返すだけになると。吸血鬼の鬼ごっこ。最初のうちはそれでもよかったが、もう茉莉は待てなかった。

 ずっと一緒にいたい。逃げる悠を追いかけるのは終わりにしたい。

 そのためには、準備が必要だ。そう学習したから、茉莉は今回、長い時間をかけて準備をした。

 こつん、と足音。茉莉は顔をあげ、後ろを振り返る。

 真夏だというのに、長袖長ズボンの黒い軍服を着て、腰に剣を佩いた男が立っていた。オールバックに撫でつけた髪と銀縁の眼鏡は、いかにも神経質そうな印象を受ける。男は軍靴を大きく鳴らして歩いてきた。

「早乙女」

 早乙女慎一郎は、姿勢を正して敬礼する。

「『合理派』はどうなっているの」

「準備は万全です」

「手筈通り、上手くやって」

 短く状況を確認すると、早乙女は踵を返していった。その後ろ姿を眺め、茉莉はくすりと笑う。

「ハル君……あなたを手に入れるためなら、私は何でもする。もう逃げたって無駄……チェックメイトよ」

 ふふふ、と茉莉は笑う。笑い続ける。不気味なほどに高笑いをする。


★★★


 高校近くの綾縫神社に行くと、賽銭箱の上でごろごろしている少女がいる。トレードマークの朱色のキャスケットを今日もかぶっている彼女は、情報屋として有名な、通称・ネコである。

 白刀を連れ立った涼子が訪ねると、ネコは大きく手を振って迎えてくれた。

「涼子ちゃんだー! はくたんもいるしー」

「こんにちは、ネコちゃん」

「……白たん?」

 笑顔で再会を喜びハグする少女たちの傍らで、白刀は珍妙な呼び方にショックを受けていた。

「銀のこと探してるんだけど、何か知らない?」

「ん、ちょっと待ってね、それについては興味深いはにゃしを聞いたばかりにゃんだ」

 ネコはパンパンと手を鳴らして、一匹の黒猫を呼び寄せた。でっぷり太ったでぶ猫を腕に抱いて、すりすりと頬ずりをして、ネコは幸せそうな顔をする。それから、はっと思い出したように真面目な顔になる。

「白銀の奴は目立つからにゃー、見かけた猫は覚えてることが多いんだ。にゃんと、興味深いことに、銀髪赤眼という特徴的にゃ外見の奴が二人一緒にいるところが目撃されている」

「二人? 一人は白銀として、あと一人は誰?」

 白刀が首をかしげるが、涼子には心当たりがあった。

「白刀、あなたもしかして、ジャックのところにいた時、依頼者の顔は見なかった?」

「え? う、うん。僕は基本的にクローゼットの中で大人しくしてるから、依頼人の顔を見ることなんて、全然」

「殺し屋の男・ジャックに、銀を殺すよう依頼した奴は、銀髪で赤い目をした女だったらしいって、結城さんから聞いたの。たぶん、そいつね」

「じゃあ、自分の命を狙ってる奴と白銀は一緒にいたの?」

「そういうことでしょう。銀だって、結城さんからその話は聞いてたし、聞いた瞬間殺気立ってたから、初対面じゃないでしょうね。前々から因縁があったって感じかな」

 いつだったか、白銀が結城と電話していたのを盗み聞きしたのを思い出しながら、涼子は独りごちる。

「シンプルに考えるなら、相手も吸血鬼かな。それだけ外見が似てるんじゃねえ……それでネコちゃん、目撃されたのはどこ?」

「小塚地区の住宅街あたりだって。ちょいちょい民家が建ってるところ。もう人が住んでにゃい家も多いあたりだにゃ。ただ、はにゃしによると、もうそこにはいにゃいらしいよ。白銀は急にそこから消えたって」

「影に潜って逃げた感じかな。あの馬鹿、そう何度も使えるようなお手軽なスキルじゃないでしょうに」

 相手は白銀が逃げるほど、相当に手練れのようだ、と涼子は警戒する。

「これは本格的に、私にできることなんて大してないような気がしてきたわ……ああ、めんどくさい。なんでそんなめんどくさい奴が彩華町に来てるんだか」

「涼子、どうする? やっぱり、白銀と合流して、対策を練ったりとかしたほうがいいんじゃない?」

「合流ったって、あいつの行方はもう解んないみたいだし、絶対あいつ、私たちと連絡取る気ないでしょ。一人で片づけようとしてるパターンね。ああ、いやだいやだ。男ってどうしてこういうとき頑固なのかしら。『女の子を危険な目に遭わせるわけにいかない! ここは一人でなんとかするんだ!』とか意味解んない男女差別をほざいてる主人公って、結局事態がものすごくややこしくなったころにヒロインに助けられることになるからクソなのよねぇ」

「やめようそのいろいろな作品を敵に回すような発言」

 白刀が冷や汗交じりに咎めるので、涼子はこのくらいにしてやるか、と溜息をつく。

「さてさて……面倒な事態が、しかも私の頭越しに動いてることはよく解ったわ。厄介ごとは嫌いだけど、無視されるのも気に入らないし、そろそろ一枚噛んでやるか」

「どうするつもりにゃの、涼子ちゃん」

 ネコの問いに、涼子はにやりと笑う。

「上手くいくかどうかは賭けだけど、一つ、罠を張ってるわ。もしそれにかかってくれれば、銀に会えるはず」

「わにゃ?」

「単細胞な吸血鬼がひっかかる罠」

 あなたの浅知恵はお見通し、と涼子は悪戯っぽく微笑んだ。

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