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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
40/51

5 あっちもこっちも追跡中

 バックステップで距離を取り、背後のガラス窓を突き破って外に出る。狭い室内で炎弾を振り回されてはたまらない。何も考えずに外に出たら、そこは二階だったらしく、白銀はみるみる落下していく。しかし、二階くらいの高さなら、準備なしで突き飛ばされたって、骨折すらする気がない。白銀は難なく着地する。目の前の建物を見上げてみると、今までいたのがごく普通の一軒家の一室だったことが解る。茉莉の住処なのか、あるいは、壁が少々薄汚れているところを見ると廃屋なのかもしれない。白銀が着地したのは雑草だらけの庭で、庭は低い鉄柵を挟んで細い道に面している。周りには民家がぽつぽつと点在している。残念ながら見覚えのない景色だ。

 茉莉が割れた窓から白銀を見下ろした。冷たい表情を浮かべ、周囲には熱い炎を浮かべ、茉莉は徐に窓枠に足をかける。厚底のストラップシューズが枠に残っていたガラスを散らした。

 片足で踏み切って茉莉が飛び降りる。重力に従って落下しながら、掲げた右手を白銀に向かって下ろす。それに反応して、三つの火球が高速で自転しながら一直線に迫ってきた。

 炎に焼かれても、体がすぐに再生することは解っている。隠し神戦に備えて涼子の血をいただいてあったから、多少消耗はしているが、再生速度は殺し屋と戦った時よりは格段に上がっている。が、それでもやはり茉莉ほどではない。茉莉を相手にするならば、ちんたら再生を待っている余裕はない。攻撃は、極力避けるべきだ。

 隕石の如く降ってくる火球を避け後退ると、火は地面に無造作に生えている雑草を焼いた。小さく火の海が広がる地面に、茉莉は構わず着地した。

 白銀は視線を巡らせる。夕暮れに染まるオレンジ色の視界の端に、赤い立札を見つけた。

「よそ見しないでッ」

 茉莉は再び火球を放つ。

「――『水龍』!」

 瞬間、道にあった防火水槽の鉄蓋が押し飛ばされ、水の柱が聳えた。

「っ!」

 水は龍の如くにうねり、白銀を守るように前へ出る。そして、突っ込んできた炎を呑みこみ鎮火する。

「『水刃』」

 さらに追い打ちをかけるように、水は細く激しい流れとなって、刃のように鋭くなる。水の刃は白銀に操作されるままに、高速で横に薙がれる。避ける気のない茉莉の胴体を横半分に断つ。茉莉の上半身が血を零しながら弾けるが、まるで磁石が引き合うかのように、飛ばされた上半身は自然に下半身へと吸い寄せられ、何事もなかったかのように癒着する。

「驚いたわ、ハル君。私に対抗して水を操る力を手に入れてたのね。いったい誰の血を吸ったのかしら。磯女かしら。それとも人魚かしら。すごいわ」

 茉莉は無表情のまま称賛する。薄気味悪いとしか言いようのない顔だ。

「でも、これは知らないよね」

 すぅ、と茉莉は深く息を吹く。そして、一気に吐き出した。

 茉莉の口から吐き出されたのは、夏にもかかわらず白い吐息。異常なほどの冷気があたりにまき散らされた。足下の火は消え、草には霜が降りる。白銀の操る水の刃は冷気に当てられて一瞬にして凍り付く。茉莉が指を弾くと同時に、氷はばきばきと音を立てて粉々に砕け散る。

「百年前に再びあなたに逃げられてから、私も遊んでいたわけじゃないわ。知ってる? 雪女の血はアイスクリームみたいに甘くて美味しいのよ」

 茉莉の火に対抗するために水の能力を手に入れてくることを、茉莉は見通していた。白銀は舌打ちする。水の力を手に入れるのにどれだけ苦労したと思っているのだと内心で毒づく。

「血を吸った相手の能力を手に入れる……吸血鬼のスキルはあなただけのものじゃないわ。あなたがどれだけの能力を手に入れようとも、あなたよりも長い時を生きる私には敵わない。永遠に、ね」

 茉莉の手の中で大気中の水が凍てつき、氷の剣となる。

「今度は私が、あなたを切り刻んであげる」

 氷の刃が閃く。驚異的な脚力で、ほぼ一瞬で間合いを詰め、茉莉は剣を振り下ろす。耳障りな甲高い音とともに、白銀が振るう血の刃と交わる。鍔迫り合いの最中、目の前にある茉莉の顔が狂気じみた笑みを浮かべていた。

「反抗的な悪い子……いっそ首だけにして飾っておいた方がいいのかしら」

「ほざけ!」

 純粋な膂力だけなら、白銀も負けてはいない。一瞬押し返し、僅かに茉莉がよろめいた。その隙をついて、白銀は茉莉の右手首ごと切り落として剣を弾く。次いで首を落とそうと刀を薙ぐ。

 直後、茉莉の姿が消える。

 否、消えたのではない。沈んだのだ、足元の影の中に。

 影を使った転移――いったいどこから出てくる?

 白銀があたりを警戒する――それを嘲笑うように、足元で嫌な音がした。

 視界がぐらりとぶれ、オレンジ色の空がいっぱいに映る。見上げているのではない、白銀の体が仰向けに倒れていったのだ。

 足元で、先ほど切り落としたばかりの茉莉の右手が、右手だけで意志を持って動いていた。体から切り離されてなお、握りしめたままの氷の刃には血が滴る。両脚を、斬られたのだ。バランスを崩された白銀はいとも簡単に倒された。

 茉莉の右手がぐらぐらと動いて浮き上がる。その下から現れてきた腕と癒着して、影の中から茉莉は悠々と姿を現した。

「大人しくしてちょうだい」

 茉莉は白銀に馬乗りになり、白銀を地面に縫い止めるように、胸に剣を突き立てた。

「……ぁっ、」

 貫かれた胸が熱を持つ。苦痛の声と共に白銀は血を吐き出した。

 茉莉は俄に懐から金属製の小さなケースを取り出す。蓋を開けると、そこには注射器が収まっている。それを、茉莉は白銀の首に刺した。

「ねえ、お願い、ハル君……もう大人しくして、諦めてよ。私のそばにいて。どこにも行かないで。私を一人にしないで。お願いよ、ハル君、お願い、お願い……」

 乱暴に刺された針から透明な液体が流れ込む。

 茉莉の赤い瞳が、四つにも六つにもぶれ始める。茉莉は病的なほどに激しく懇願を続けていた。

 行くな、ここにいろ、と甘い声が囁く。

 だが、

「……独りで逝けよ」

 白銀は迷いなく突き放す。

 茉莉の絶望の表情が目の前にあった。茉莉が何か叫ぼうと口を開く。しかし、直前に、白銀の視界は一瞬真っ黒に染まり、何も見えなくなる。

 視界はすぐに回復し、再びオレンジ色の世界が戻ってくる。ただし、そこにはもう茉莉の姿はなく、周りの景色も見覚えのないものになっている。

「……はぁっ……二回目は、さすがに……きつい……」

 形勢は明らかに不利だった。苦渋の決断だったが、白銀は影の中に潜って転移し、茉莉から逃げた。

 地面にごろりと転がったまま、白銀は荒い息を吐き出す。

 百年ほど前に追いつかれて戦闘になった時よりはいくらか強くなっているはずだ。しかし、茉莉はそれよりさらに強くなっている。

「まだ……殺せないのか……」

 よろよろと立ち上がり、深く溜息をつく。落とされた足は、無事にくっついている。胸の傷は修復途中だ。口の端に零れた血を拭い、白銀は再び嘆息する。

 ポケットを漁って、ケータイを引っ張り出す。涼子に連絡を、と思ったが、途中で手が止まった。茉莉はきっと追いかけてくる。そこに涼子を巻き込むわけにもいかない。

 少し考えて、結局、白銀はケータイを壊してその場に捨てた。

 おそらく、そんなに遠くへは転移できていない。今の状態で茉莉に追いつかれるわけにはいかない。できるだけ遠くへ、と白銀は歩き出す。

 足取りは覚束ない。茉莉に打たれた薬のせいか、意識が朦朧としてきた。

 殺さなければ。逃げなければ。矛盾する二つの感情がぐるぐる渦巻く。

「くそ……化け物が……」

 忌々しげに吐き捨てる言葉はそのまま自分にも跳ね返る。

 ぐらりと体が傾ぐ。

 やけに埃っぽい地面に倒れこみ、堪えきれずに目を閉じると、白銀はそのまま意識を失った。


★★★


 涼子は不機嫌だった。

 昨日の晩までは、「まー、ほっといてもいいだろ、子どもじゃあるまいし」というスタンスだった。しかし、翌日、昼になっても連絡ひとつ寄越さない白銀に、いい加減痺れを切らした。というのも、

「困るのよねー、こういうふうに、連絡もなしに帰りが遅くなると。こっちは三人分のご飯の準備を買ってあるんだから。せめて食べるのか食べないのかだけでもはっきりさせてくれないかなー、こういうのが一番腹立つのよねーマジ」

 という主婦的な理由があるからである。

 そんなわけで、仕方がないからこちらから連絡してみよう、と思い立った。ところが、ケータイにはつながらないし、GPSでも居場所が解らない。

「まさかこんな時に限ってケータイ水没とかいうオチじゃないでしょうね」

 涼子の苛立ちは頂点に達しようとしていた。

「白刀。あいつの気配とか辿れない?」

 畳の上に行儀よく正座していた白刀は、困惑気味に首をかしげる。

「僕、白銀よりは精度がいいけど、それでもあんまり広範囲となると、ちょっと。せいぜい半径五百メートルくらい。うんと強い気配だったら、一キロくらい離れてても解るけど」

「うーん、あいつも昨日の戦闘前に私の血を大量に奪っていったとはいえ、それなりに消耗してそうだし、今はただの貧血ヘタレになってそうよねえ。とりあえず、近くにはいないのか。まったく、何してんだか」

「なんか、ヤバいことになってるのかな、やっぱり。隠し神にちょっかいかけた奴ってのがさ」

「やっぱそういうことなのかな。そうなると、連絡が取れないっていうのは、全然さっぱりたいしたことがないか、超ド級に危険なのかのエクストリーム二択だと思うのよ。後者だったらめんどくさい」

「助けに行った方がいい?」

「あいつが戦って敵わないレベルとなると、私がどうあがいたってどうにもならないだろってのが本音だけどねえ……ま、ほっとくのも忍びない、か」

 ぽん、と膝を叩いて立ち上がる。

「白銀、どうやって見つけるの?」

「いろいろやりようはあるわ。本気出した私に見つかりたくなかったら、地球の裏側まで逃げることね」

 と、堂々と見栄を張って、涼子は家を出る。

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