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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
39/51

4 復讐者たちのやむなき事情

 頬に飛び散った血を乱暴に拭い、白銀は荒い息を吐く。怒りに任せて、興奮のままに、刀を振るった。躊躇いはなかった。目の前の女が生きて、喋って、笑っているのが、どうしようもなく癇に障った。

 床には四肢を切断され、首を落とされた上で横半分になった胴体。七つのパーツに分断された肉塊を見下ろし、白銀は上昇した体温を下げようと、熱のこもった吐息を深く吐き出した。

「……もう、困った子だな、ハル君。もっと話したいことがたくさんあるのに、いきなりこんなことしちゃって」

「…………」

 驚きはしなかった。胴体と離れようがお構いなし。ごろりと転がった頭部、その顔は間違いなく白銀に向いていた。首だけの状態で、白銀を見つめ、呆れたように溜息をついた。正真正銘の、化け物。

 やがて、体のパーツがじりじりと動いて、切断面が合わさって、ぐずぐずと斬られた肉同士が引き合って、つながっていく。やがて、茉莉は元通りの五体満足の姿に戻る。変わったことといえば、服が斬れていることと、絨毯に血が染みこんでいることくらい。

 白銀の突然の攻撃にも、茉莉は激昂することもなく、ただ、出来の悪い子どもに苦笑するような、そんな表情を浮かべるだけだった。

「ハル君もさあ、いろいろ聞きたいこと、あるでしょ? どうしていきなり目の前に私が現れたのかとか、先月殺し屋を差し向けられたこととか」

「……こんなわけの解らない場所に連れてこられたのは、お前の仕業なのか」

「そうだよ。あの隠し神が高校を舞台に悪さしようとしてるって知った時から、私の計画は始まった。彩華町の高校で事件が起きれば、遅かれ早かれハル君のところに依頼がいき、ハル君は隠し神と交戦することになると踏んでいた。ハル君が神隠しに遭うかどうか、そこはちょっとしたギャンブルだったけれど、もしもそうなった場合、ハル君がこちらの世界に戻ってくる時はここに落ちるように、隠し神の力に干渉しておいた。あの隠し神は、そんなことされてるなんて、気づいてもいないけれど。ねえ、こんな回りくどいことしてまで、あなたに会いたかったのよ?」

「……」

「無視するなんてひどいわ。まあ、いいけれど。それから、先月の、殺し屋の件。当然、あんな殺し屋程度であなたを殺せるなんて思ってないわ。ただ、あなたの元へ、『危機』を送り込みたかった。妖怪の相談事みたいなヌルい事件とは違う、命の危険がついてまわる本物の『危機』を。そうしたら、怖がってあの子がハル君から離れてくれるんじゃないかと思ったんだけど……あの付喪神が勝手なことをするのは予想外だったかなあ」

「……お前、涼子を、」

 白銀はさらに殺気立つ。茉莉は、解っていながらわざと地雷を踏んだ。

「言ったでしょ、ハル君。私はハル君を独り占めしたいの。あなたの周りに私以外の人がいるなんて許せない。二百年前も、だから私はあなたの友達を引き離した。そうやって、折角苦労してあなたを手に入れたのに、あなたはいきなり私に襲いかかった。そして、私を殺せないと見るや、あなたは私の元から逃げ出した。私がどれだけ傷ついたか」

 昔を懐かしむように、茉莉は目を細める。二百年も前のことでも、茉莉は鮮明に覚えているのだろう。白銀も、二百年前の悠の記憶を、最悪に苦くて苦しい記憶を、はっきりと覚えている。

「あなたは私を求めてはくれなかった。私からこそこそと逃げ回った。ようやく私が追いついても、その度に懲りずに逃げて行った。そして、いつの間にか、こんな田舎町で、人間の女なんかと一緒にいる。あんな子のどこがいいの? 彼女だけじゃない、他の誰だって同じ……みんなみんな、あなたよりも先に死んでいく、脆い存在よ。あなたはずっと一人なの……私がいなければ一人。結局、あなたの傍にいられるのは私だけ、私の傍にいられるのはあなただけ。解ってるでしょ?」

「誰のせいでこうなったと思っている! お前は勝手に、俺を永劫の呪いに引きずり込んだ。どんなに近づいても、結局みんな俺を置いて先に逝く……そんなこと解っている、何度繰り返したことか。お前のせいで、こうなった」

「解っているわ。だって、私、一人だったんだもの。だから、仲間が欲しかった。一人だけ、一人だけでいい、ずっと私と一緒にいてくれる仲間が欲しかった。あなたがいれば、私は一人じゃないの」

「俺はお前と一緒には行かない。お前はずっと孤独なんだ。お前は孤独のまま俺に殺される。そして俺も、孤独のままあいつに殺されるんだ」

 ぴくり、と茉莉が眉を寄せる。不機嫌そうに、茉莉は白銀を睨んだ。

「そんなに、あの子が……一之瀬涼子とかいう女が大事なの。あなたも懲りないね。そうやって誰かを大事にして、何度傷つければ気が済むの。何度失えば理解するの」

 真っ赤な瞳が恨みがましい視線を送ってくる。

 憤怒と、失望と、憎悪と、そして嫉妬がぐちゃぐちゃに混じった視線だ。

「気が変わったわ。少しお仕置きしてあげるよ、ハル君。そんな馬鹿なこと、二度と考えられなくなるように、痛い目を見るといいわ」

 ボウッ、と茉莉の周りに火球が三つ浮かび上がる。

 焼かれたところで死にはしない。が、死ななければいいというものではない。

 どうせ死ねないなら、そんな中途半端な攻撃は、不要だ。

「悪いが、痛い目なら毎日見飽きてる。お前なんかお呼びじゃないんだよ、茉莉ッ!」

 血の刃を握り直し、白銀は、狂った吸血鬼と対峙する。


★★★


 白刀は唖然としていた。笑いながらする話ではなかったかもしれない。だが、殊更に悲しい顔をしながら話すことでもなかったのだから、仕方がない。

「白銀が……涼子のお母さんを? なんで、なにそれ、解んない」

「まあ落ち着いてよ。ま、銀もいないことだし、ゆっくり話してあげるから」

 ベッドをぽんと叩いて、隣に座るように促す。白刀は躊躇いつつも「し、失礼しますっ」と緊張した声で言って腰を下ろす。

「その時のことは、私も詳しくは知らないの。十三年前、私はまだ五歳だったから」

「五歳……」

「父親はいなかったから、ママが一人で私を育ててくれていた。でも、一人でなんとかするのって、やっぱり大変なんだよね。加えて、親戚とか、頼れる人が誰もいなかった。有体に言うと、お金がなかったの。そんな時、ママの前に現れたのが銀。ママは銀と仲良くしていたみたい。まあ、子育てで疲れてたママの、心のよりどころだったのよ、あいつは」

「涼子のお母さんは、相手が吸血鬼だって知ってたの?」

「知ってたみたいよ。あいつ、あの髪も目も、隠そうとしないでしょ。『妖怪です』って大声で言いふらしながら歩いてるようなもんよね。隠す気ゼロ。だから、正体も普通に明かして……でもママは、吸血鬼でも、銀を受け入れた」

 白刀が微笑ましげな顔をする。しかし、すぐに怪訝そうになる。言いたいことは解る。それなのにどうして、ということだろう。

「先に一線を越えてしまったのはママの方だって、警察の人が言ってた。ママはね、お金がなくって、クルースニクと手を組んだ」

「クルースニク?」

「吸血鬼始末人。吸血鬼を専門に退治する連中のこと。人間をやたらめったらに襲う吸血鬼は正式に粛清対象となり、警察から連中の機関に退治要請がいくのよ。でも、中には過激な派閥がいてね、人間に害をなしていなくても、吸血鬼の存在そのものが許せないって人たち。そういう人たちが、銀を狙って、まずママに近づいた。ママは銀から信頼されていたから、それを利用して、銀を罠に嵌めるようにと、唆した」

 そこから歯車は狂い始めたらしい。

「ママが渡されたのは純銀のナイフ。それを心臓に刺すよう言われたのよ。吸血鬼の弱点ね。殺すところまでいかなくても、確実に弱体化させられる。あとは始末人たちが片をつければそれでおしまい、という話。ママはそれを受け取って、迷ったそうよ」

 自分に優しくしてくれる吸血鬼。心のよりどころの男性。だが、所詮は他人、ただの化け物。子どものためには、やるしかない――そうして、結局彼女は、白銀は裏切った。涼子の存在が、彼女を裏切りに走らせた。

「ママは銀に襲いかかった。そして銀は反撃して……ママの血を吸い尽くして、殺した」

 おしまい、というように、涼子はパンと両手を合わせた。

「裏にクルースニクの不正が絡んでいたこともあったし、銀は正当防衛ということでお咎めなし。ママの自業自得って言われちゃったらどうしようもないんだけど、やっぱり私は、銀が憎い」

 そう語る涼子の表情は、しかし、どう見ても憎しみに取り憑かれいる者の顔ではないのだ。

「憎い、殺したい……でも、母親を失くして頼る人もいないで途方に暮れていた、まだ小さかった私をここまで育ててくれたのは銀だった。罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。私は困ってしまった。憎めばいいのか、感謝すればいいのか。憎くて、嬉しくて、殺したくて、生きててほしくて、死んでもいいけど、どうせ死なないと思って。矛盾した気持ちを抱えながら、私は銀を『殺し』続けた。おかしいでしょう? 私はね、もうずっと前からこんなふうに、ぶっ壊れてたんだ」

 白銀を憎めば、ここまで生きてこれたことを否定するようで。

 白銀を憎まなければ、母親を愛していなかったかのようで。

 進むことも退くこともできず、ただ、白銀という吸血鬼が死なないことに甘えて、殺し続けた。

 矛盾する気持ちを矛盾のままに抱えていくには、それしかなかった。

「涼子は、それでいいの」

 しばらく沈黙していた白刀が、躊躇いがちに問う。

「止まったまま、答えの出ない問いを抱えたまま、中途半端でどっちつかずのまま、苦しいままで」

 怒られることを気にしているみたいな、気弱そうな白刀の顔に、涼子は苦笑した。彼は解ってくれている。こんな馬鹿みたいなことをしていて、結局自分が苦しいだけであることを、白刀は解っている。

「いいのよ、別に苦しくったって。答えを出せないままでいい。このまま苦しんで生きて、死ぬ。どうせ、たかだかあと数十年でしょ。私、あいつと違って短命だもの。あいつにしてみればほんの一瞬の、短い命。それくらいの短い間なら、別に答えが出なくても、いいんじゃない?」

 本心からの言葉だった。白刀がそれで納得するかどうかは解らない。だが、涼子にはそれ以上の答えを出せないのだ。

「あーあ、変な話しちゃった。それもこれも、銀が帰ってこないせいよね。どこほっつきあるってんだか」

「だから探しに行こうって言ってるのにぃ……」

 白刀は不満げにぼやく。世話のかかる吸血鬼だこと、と涼子はくすりと小さく笑った。

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