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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
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1 キャンパスライフの恋模様

 やたらと広いキャンパスのほぼ中央に、図書館がある。その前にはだだっ広い石畳のスペースがあり、さらにその隣に芝生のスペース、噴水のある池と連なっている。石畳の広場でスケボーだのジャグリングだのをやっている学生をちらちらと見物しつつ、噴水に冷やされたほどよい風を浴び、芝生でごろごろするのが、ちょっとした贅沢だった。

 四月の時点ではわんさといた学生も、ゴールデンウィークが明けた頃からはほどよく減ってきた。単位を落とさないサボり方を覚える頃なのである。ゆえに、昼休みの芝生も空いてきて、天気のいい日にはここで昼食にするのが日課になっていた。

 その日は、パン屋でばったり会った同じサークルのメンバー二人と一緒に、芝生に集まった。

 日下部はるかは、一番安いという理由で買ったあんぱんを齧っていた。それを見るや、左隣に座る出倉海人が信じられないというような顔をした。

「お前、そんなんで足りんのかよ」

 そう言う海人は、紙製のトレーの上に、コロッケパンに焼きそばパン、ピザトーストにカレーパンを積み重ねている。成程、海人からしてみれば、悠はあまりにも少食すぎに見えるのも無理からぬことだ。

「育ちざかりなんだぞ、もっと食え食え」

「育ちざかりって……二十歳過ぎたらもう育たないだろ」

「そうか? 俺はまだまだ身長がガンガン伸びてるけどな」

「授業中まで寝てるからじゃないか?」

「そうそう、寝る子は育つってね!」

 悠と一緒になってからかうのは、海人の左隣に座る島木秀一だ。二十歳には見えない童顔と低身長を見ると、そっちこそちゃんと食って育った方がいいぞと言いたくなる。秀一も、悠ほどではないが少食だ。右手にクリームパン、左手に牛乳、以上だ。

「さ、さすがに俺だって、授業中までは寝てねえよ……たまにしか」

 ぼそりと付け足された言葉に、悠と秀一は声を上げて笑った。

「やっぱりねー! だって僕、この前たまたま授業で一緒だった時、前の方の席で海人が寝てるの見てたもん。舟漕いでるの、後ろからは丸解り。先生の真ん前の席だってのに、図太いっていうかさぁ」

「そ、そんな、見てないで起こしてくれよ!」

「無茶言わないでよ、席離れてたんだから」

「何の授業で寝てたんだ?」

 教授の真ん前でも構わず寝てしまうくらいでは、よほど退屈な授業だったのだろうか。それはそれで興味をそそられて、悠は尋ねる。

「山久先生の民俗学概論だよ。各地に残る妖怪の信仰とか伝承とか、そういう話してる」

「民俗学? 海人、お前の専攻分野じゃないか。自分の専門で寝てるのか?」

「い、いやぁ、民俗学は好きなんだが、山久先生は……」

「まあ、あのお爺ちゃん先生の囁きボイスは、午後の学生的には子守歌だね」

 秀一は苦笑する。しかし、そうは言いつつも秀一はしっかり授業を聞いているのだから、やはり海人が寝ているというのは情けない話だ。

「この前の授業、天狗信仰の話とか、結構面白かったのに、やっぱり海人はぐーすか寝てた」

「あ、あとでノート見せてくれ……」

 海人はすっかりしおれてしまう。

「海人は、天狗とか、そういうのがいるって信じてるのか?」

 悠が問うと、海人は首をかしげて、

「うーん、学問として信仰を研究するのと、自分が実在を信じてるかってのは、また別の問題のような気もするけど……でも、俺は信じてるぜ、そういうの。見たことはないけど、どっかにはいる。その方が面白そうじゃん」

「面白い、か」

「そうそう。だって、昔はいたわけだろ? 妖怪って、なんか強そうじゃん。それが、ほんの数百年でいなくなるとは思えない。だから、いる」

「僕はそうは思わないけどなぁ」

 水を差すのは秀一である。

「そもそも、昔だって妖怪はいなかったんだよ。科学が発展してなかったから、今では不思議でもなんでもないことが、昔はものすごい不思議で、そういう不思議を全部妖怪のせいにしただけだと思う。一応、僕理系だし、あんまり非科学的なことは信じたくないね」

「だったらなんで民俗学の授業なんかわざわざ受けに来てるんだよ」

 海人が文句ありげに睨むと、秀一は「ちょっとした興味」と適当に答えた。

「ハルは、いると思うだろ?」

「いないと思うよね、ハル?」

 二人が同時に、悠を味方につけようと尋ねてきた。こんな論争を起こすつもりで話を振ったのではないのだが、と悠は困惑してしまう。

「えーと、そうだなぁ……絵巻とか見てると、割とリアルに妖怪が描かれてるし、昔はいたんじゃないかなー、と」

「おお、さすがハル、話が解る!」

「そっか、ハルはそっちが専門だっけね」

 海人が大げさに喜び、秀一は納得したように頷く。

「――楽しそうな話をしてるのね」

 不意に、女性の声が聞こえ、三人は顔を上げる。いつの間にか、目の前に見知らぬ女学生が立っていた。黒いウェーブした髪が大人っぽく、どことなく色っぽい雰囲気を漂わせた女性だった。

「と、と、十和田先輩!」

 唐突に海人が動揺しまくって立ち上がった。その拍子に、膝の上に置いていたトレーが落ちて、パンが芝生に転がった。慌てて海人は「三秒ルール」と叫びながら拾い集めた。この女性が現れた途端にこの体たらく。海人が若干頬を赤らめているのを見れば、だいたいのことは察しがつく。

 女性は海人の挙動不審をくすくす笑いながら問う。

「ごめんね、驚かせて。出倉君の姿が見えたから、つい」

「い、いえ、とんでもないです!」

「邪魔しちゃったかしら」

「いいいいいいえ、全然、問題ないですっ!」

「海人ってば、あからさまにおかしいよ」

 秀一は肘で海人をつつく。「誰なのさ」とゆかしげに聞く。

「同じ専攻の、十和田茉莉まつり先輩だ。先輩、こいつらはサークルで一緒の、日下部と島木です」

「十和田です。初めまして」

 そう言って、後れ毛を耳に掛ける仕草は、成程、海人が惚れてしまうのも無理はないくらいに、妖しく美しかった。

「――ハル、そろそろ行かないと。次の授業までにコピーしなきゃいけない資料があるだろ」

 秀一が促し立ち上がる。そんな予定などなかったのだが、秀一が意味ありげにウィンクするので、悠は察した。

「ああ、そうだっけ。悪いな、海人、俺たちは先に行くぞ」

「えっ、あっ、お、おう」

 頑張れよ、と海人の背中に念じて、悠は秀一と連れ立って行く。秀一は、こういうときによく気の利く好青年だ。

「海人の先輩にあんな綺麗な人がいたなんて知らなかったよ」

「ああ。同じ専攻ってことは人文学部か」

「僕は縁遠いけど、ハルだったらどっかですれ違うくらいはしそうな距離だね」

「まあ、すれ違ったところでどうということも。高嶺の花に興味はないし」

「あれだけ美人だと、海人以外にも狙ってる人はいそうだよね。僕としては海人を応援してあげたいけど」

「向こうから声をかけてくるくらいだ、意外と気があるんじゃないか?」

 歩きながらちらりと振り返ると、十和田を前に緊張しているようで、海人が未だに挙動不審なのが見えて、悠は苦笑した。



 どさっ、と大きな音がしたので、思わず振り返った。静寂を破った物音は、どうやら本を落とした音らしく、薄緑の絨毯の敷かれた床に何冊もの本が散らばっていた。

 放っておくのも忍びなくて、悠は咄嗟に拾い集めた。柳田國男や鳥山石燕など、その方面が専門でない悠でも知っているような有名な名前が背表紙に書かれているのが目に入った。

「すみません、ありがとうございます」

 そう言って顔を上げた相手と目が合って、悠ははっとした。相手もすぐに思い出したらしく、少し嬉しそうに笑った。

「あなたは……日下部、ハル、君?」

 十和田茉莉だった。秀一も、すれ違うくらいはあるだろうと言っていたが、まさか、初めて会ってから三日で再会するとは思わなかった。それに、顔と名前を覚えられていたことも驚きだった。秀一が「ハル」と呼んだことまで覚えていたらしい。

「悠です」

「あ、そうなんだ」

 悠は拾った本を渡そうとして、自分が拾った分より大量の本を茉莉が抱えているのを見て、躊躇った。これは危なっかしい。加えて茉莉は、よりによって足元が不安定そうな細いヒールを履いていた。

「……運びますよ」

「えっ。……そう? ごめんね、じゃあ、そっちのテーブルまで」

 茉莉は苦笑しながら、少し先の学習スペースを目で示した。やはり、自分でも持ちすぎたとは思っていたらしい。

「卒論ですか?」

 茉莉に合わせてゆっくり歩きながら問うと、茉莉は首を横に振る。

「私、まだ三年だもの」

「あ、そうなんですか」

「これは演習の授業で使うの。きっと来年、出倉君も私と同じように苦労することになるのよ」

 くすくすと悪戯っぽく笑う。綺麗に笑う人だな、と思った。

 机の上にどん、と本を積み重ねて置くと、茉莉は長く息をついて、額にうっすら滲んだ汗をハンカチで拭った。悠だったら乱暴に服の袖で拭いてしまいそうなところだ。茉莉は一つ一つの仕草が、いちいち上品だった。いつだったか、海人は「大人の女性に憧れる」というようなことを言っていた。成程、海人の好みストレートだったというわけだな、と悠は納得する。

「じゃあ、俺はこれで失礼します」

「あ……ありがとう。ほんとうに助かったわ、ハル君」

 花開いたように微笑む茉莉に軽く一礼して、悠は踵を返す。

 先日秀一が呼んだ「ハル」は一発で覚えたのに、さっき教えた「悠」は覚えてもらえなかったのだろうか、と悠は少し、不思議に思った。

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