13 再会とともに愛を捧ぐ
「すごい雨だったわね」
びしょ濡れになったスカートを、涼子は手でぎゅっと絞った。天気予報では、雨は降らないと言っていた。だが、雨が降った。急に真っ黒な雲が空に集まってきたと思ったら、短時間に一気に降って、さっさとやんだ。どう考えても普通ではないから、妖怪の仕業だ。八千代と小見をふんじばってから小夜たちの方に駆け寄ってみると、そちらも丁度終わったところで、話を聞くに、先刻の雨は小夜の力によるものだと知った。
「そちらは無事か?」
と、どう見ても一番ぼろぼろに見える漁が、自分のことをそっちのけで心配してくれた。漁は、割とぼろぼろの涼子と、疲れている様子ではあるが特に目立った外傷のない白刀を見比べて、不思議そうに首をかしげた。
「ま、ともかく。残るネズミはあと一匹」
涼子は今度こそ白刀を呼ぶ。切っ先を蕾に向け、また漁は水の刃を構え、そろって挑発的に笑う。
「切り刻まれたい?」
「それとも溺れ死ぬか?」
蕾の視線が揺れる。倒れた四人の仲間を見遣り、凶悪な二人の女を見据え、逡巡するように眉を寄せる。
やがて、ふっと小さく溜息をつくと、蕾は両手を挙げた。
「どうやら分が悪いようだ」
「……」
「団長として、引き際は見極めねばなるまい。傷ついた仲間たちをこのまま晒しておくのも忍びない」
「大人しく豚箱にぶち込まれる気になった?」
「ここを生き残れるならば、多少の不自由は甘んじて受け入れよう。ほんの数十年の牢獄行きなど、私たち妖怪にとっては一瞬のようなもの。ならば、ここでお前たちと争う理由も、もはやない。お前たちが死んだ後に、また始めればいい」
降伏する割に、まるで反省の色のない答えである。しかし、涼子としては、それで充分であった。
「まあ、確かにね。私はどう考えてもあなたたちより先に死ぬし、私が死んだ後のことまでは面倒見きれない。今は、ここで攫った人たちを返してくれればそれでいい。数十年大人しくしてれば、気が変わってくれるかもしれないし、ね」
「物わかりのいい奴だ」
「伊達に妖怪と付き合ってないわ」
格上の妖怪との戦いなら、このあたりが落としどころだろう。涼子は刀を下した。
「漁さんと小夜さんも、それでいい?」
「私は同胞が帰ってくればそれでいい。裁きは私の役目ではない」
「わ、私も、それでいいよ」
全会一致である。蕾は満足げに頷いて、ぱちんと指を鳴らした。
その瞬間、空間に黒い穴が開き、中から三人の少年少女が放り出された。小夜と漁が慌てて駆け寄っていく。
やがて、ばたばたと慌ただしい足音が響き、結城を先頭にぞろぞろと警察が走ってきた。倒れた四人のメンバーと、大人しく投降する蕾を拘束し、戻ってきた三人の被害者たちの安否を確かめる。
国木田薺は警察が保護し、志麻宗平と長瀬雫は比較的元気そうに小夜たちと再会を喜び、その後救急で運ばれていく。被害者たちは全員、無事に帰ってきたようだ。
それらを確認して、満足げに頷いた涼子は、警察に連れて行かれていく蕾を呼び止め、問うた。
「……で、うちの馬鹿吸血鬼は?」
★★★
数日間、異空間の中に放り込まれていた宗平は、念のためと病院に運ばれたが、思ったよりも元気そうだった。隠し神の空間の中では時間の流れが違うのか、宗平は、自分が数日消えていたということにすら気づいておらず、「そういえば、さっき言ってた話って何?」などと、見舞いに行った小夜に呑気に尋ねてきたのだ。
放課後、話すはずだったこと。小夜は今度こそ、迷わず告げようと決めていた。
雨は嫌われものだ。雨が降れば、体育祭は中止になるし、遠足は台無しになるし、ろくなことがない。だいたいみんな雨を嫌がる。サッカーが好きな宗平も雨を嫌がる。そんな雨を呼ぶ妖であることを、小夜は嫌悪していた。そのせいもあって、なかなか正体を明かす気になれなかった。
きっと、嫌われてしまう、と思って。
だが、小夜の力は役に立った。漁に感謝された。そのことが、自信に繋がったのだ。
私の力は嫌われるだけのものじゃない――初めてそう思えた。
だから、勇気をもって、妖怪だと明かそう。雨女であると明かそう。
そう決めて、小夜は宗平をまっすぐに見つめた。
「あのね、宗君、私――」
★★★
その日の夜、結城が一之瀬家を訪ねてきた。
城里蕾は、素直に聴取に応じているという。彼女から得た情報を、結城は教えてくれた。
「奴ら、攫い屋は、彩華二高の教頭・渕田に金を渡して、妖怪の生徒の情報を掴み、……その、高く売れそうな妖怪を片端から異空間に閉じ込めていたらしい」
不愉快な話題に、結城は顔を顰めながら報告する。
「確かに、人魚とかは裏市場では目玉ですからね」
「幸い、まだ買い手が見つかっていなかったから、三人とも異空間の中で『在庫』として保管されていた。こいつは不幸中の幸いだった。すでに取引されていたら大変だった」
「でも、それは結果論。特に、最初に攫われた国木田さんに関しては、一週間以上経っていて、もう売られてもおかしくなかった……学校側はもみ消しに走らず、早急に警察に協力を求めるべきでした」
「なにせ、敵さんと教頭が繋がってたからな、学校側のそういう対応を決める際には、教頭がかなりの発言力を持っていた」
「ほんと、あの教頭が一番余計なことしてくれやがったな、って感じですね」
涼子は忌々しげに舌打ちをする。
「妖怪の裏取引に関わることは重罪だ。渕田は厳重に処罰されるはずだ」
後の対応については、結城たちに任せておけば安心だろう。そちらについては、心配がない。
残る問題は。
「それで、城里蕾は、銀のこと、なんて言ってます?」
「彼女は本当に、きちんと投降するつもりでいた。実際、今も素直なもんだ。こちらを陥れるつもりはない」
「じゃあ、あの馬鹿みたいな話は本当なんですか」
「嘘をついているようには思えない」
いったいどういうことなのだろう、と涼子は困惑する。
『……吸血鬼? 何の話だ?』
蕾はそう言った。心底不思議そうな顔をして。
三人の生徒たちは解放された。しかし、闇に呑みこまれた白銀は未だ戻ってこない。隠した張本人である隠し神が、存在すら知らないなどと言っている。そんな馬鹿な話があるかと思うのだが、嘘をついているようには見えない。
「どういうことだと思う、涼子ちゃん?」
「……信じがたい話ですけど、誰かが隠し神の能力に干渉しているとしか。攫い屋連中とは違う、別の第三者が、横からちょっかい出してきたんじゃないでしょうか」
「なぜ、そんなことを……」
「それを考える前に、結城さんには聞いておきたいことがあります」
少し前、結城と電話しながら殺気立たせていた吸血鬼を思い出しながら、涼子は問う。
「殺し屋を雇って銀を殺そうとした依頼人、何者なんです?」
★★★
目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。窓から差し込むのはオレンジ色の夕陽。穴に落ちてからそれほど時間は経っていないはずだが、場所は学校のグラウンドではないし、周りに涼子たちもいない。
いったいどうなっているのか。白銀は訝しみ、あたりを見回す。
狭い部屋には、ベッドとデスクがあるだけ。非常にシンプルだ。男の部屋か女の部屋かも解らない、特徴のないところだ。
ここが異空間なのか、それとも遠く離れたところに放り出されたのか、判断がつきかねる。
「――ああ、異空間から戻ってきたんだね、よかった」
不意に後ろから掛けられた女の声。
聞き覚えのある声。忘れるはずもない。聞いた瞬間、体中の血がざわついた。
振り返ると、そこには若い女が立っている。
レースやフリルをふんだんにあしらった、いわゆるゴシックロリータのワンピースを纏った女。
銀色の髪と、赤い瞳。
女は妖艶に笑う。
「久しぶりだね、会いたかったよ」
いかにも親しげな調子で話しかける女。
白銀の中で、ありったけの憎悪が渦巻いた。
次回から最終章です!




