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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
3 吸血鬼は神の力に抗えるか
34/51

12 水も滴るいい女子たち

 ――女同士が醜い取っ組み合いをしていた頃。

 対峙する漁と古河を、少し離れたところで、小夜は不安げに見守っていた。規格外の白銀や漁と違って、妖怪とはいっても戦闘経験ゼロ、たいした能力も持っていない、どちらかといえばスペックは人間寄りの小夜は、その貧弱さを一目で見抜かれ、古河に真っ先に狙われた。為す術なく固まってしまった小夜を、漁が庇ってくれた。涼子たちは涼子たちで他の敵と戦い始め、こちらは漁と古河が一騎打ちの流れになっていた。

「やられ足りないようだな、小僧」

 険悪、というよりも凶悪な雰囲気を醸し出しながら、漁は地を這うような声で告げる。対する古河は、先刻二人がかりでぼろぼろにされていたはずなのだが、そうとは思えないほど気丈に笑っていた。

「悪いけど、お前一人なら怖くないんだよなっ」

「鼻血出しながら言うな」

「で、出てないっ」

 出ている。ものすごく出ている。やはりまったくノーダメージのはずもなく、古河は鼻血をだらだら流していた。痛そうである。慌てて手で鼻血を拭って、つまらない嘘をつく。

「言っておくけど、俺はまだ本気を出してなかったんだ! さっきのは、……そう、罠だ、お前たちを油断させるための罠! お前たちはそれにまんまとひっかかったんだよ!」

「減らず口だけは一丁前だな」

「馬鹿にしていられるのも今のうちだ! 食らえ、『秘儀・増鏡』!」

 今度こそちゃんと、古河は技の名前を叫んだ。漁は僅かに身構え警戒する。

 ……

 …………

 何も起きなかった。

「もう貴様らの茶番には付き合っていられん!」

 いよいよ痺れを切らした漁が、様子見をやめて先制した。防御する気も逃げる気もなさそうに突っ立っている古河に、漁は拳を叩きこんだ。

 腹にめり込む打撃に、古河はまたしても軽々と吹っ飛ぶ。しかし、今度は先刻と違って派手に転がっていくことはなく、少し飛ばされたところで着地し踏みとどまった。向こうも打たれ慣れてきている、ということなのだろう。

 古河は額に脂汗を浮かべながらも、なぜか異様なほど、不敵に笑っていた。古河は最初からずっと、攻撃を受けるばかりで、漁には一撃も入れていない。それなのに、なぜそうも余裕そうにしているのか、小夜には解らなかった。

 しかし、やがて古河の余裕の理由を知ることになる。

「へへっ……結構いいパンチ貰っちまったな。俺には勿体ないくらいだ……()()()!」

 直後、鈍い打撃音とともに、漁の体が傾いだ。

「……っ!?」

 鳩尾のあたりを押さえ苦しそうに呻きながら、漁は身を屈める。漁と古河との距離は開いている。手が届く範囲ではない。加えて古河はノーモーション。なにかを仕掛けた様子はない。しかし、今の漁の状況は、まるで見えない攻撃を受けたかのよう。

「な、何……」

 掠れた声で漁が呟く。何が起きたのか、小夜には解らなかったが、漁が一番解らなくて困惑していることだろう。一人だけすべてを理解している古河は愉快そうにせせら笑う。

「俺が本領発揮したからには、さっきまでのようには行かない。殴り足りなきゃ好きなだけ殴るといい。ただし、そいつは全部お前自身に倍になって跳ね返る!」

「そ、そんなっ……」

 小夜は瞠目する。それはつまり、漁が攻撃すればするほど、漁の方が傷つくということだ。これでは漁は迂闊に攻撃などできない。対する古河は遠慮なしに攻撃ができる。不利というどころではない。単純な膂力だけなら、漁は古河よりも圧倒的に上だというのに、漁には打つ手がないではないか。小夜は絶望的な気分になる。

 だが、ここで諦めれば、隠し神には届かない。城里蕾が野放しになれば、宗平は戻ってこないのだ。

 小夜は考える。力で加勢できない分、小夜は考えることしかできないのだ。

「……そ、そうだ、漁さん、水です! 打撃が駄目でも、水の攻撃なら可能性が……」

 漁は水を操る能力を持っている。打撃が問答無用で跳ね返ってくるとしても、水を操る能力を持たない古河は、水の攻撃を跳ね返せないかもしれない。小夜はそう考えたのだ。

 しかし、漁は肩越しに小夜を振り返り、険しい表情で首を横に振る。

「……あ」

 小夜は気づく。漁が先刻操っていた水が、今は彼女の手の中にない。

「もしかして、さっき……」

 隠し神の穴に呑みこまれそうになったとき、漁自身は白銀に助けられたが、手にしていた水は穴に呑みこまれてしまったのか。

 手元に水がなければ、漁は能力を使えない。漁は悔しそうに歯噛みしている。

 どうにか水を用意できないかやってみるべきだろうか。しかし、それも無駄に終わるかもしれないと思うと、二の足を踏んでしまう。

 小夜が悩んでいるうちに、反撃がないとみるや、今度は古河が攻撃を仕掛けてくる。打って変わって動きが鈍くなった漁を、古河が一方的に殴り、蹴る。ダメージを受けているらしく、古河の動きはそこまで俊敏ではなく、漁はなんとかかわし、あるいは防御しているが、こちらから攻撃することができない以上、この状況がいつまでも続くわけではない。漁が消耗すれば、こちらに不利になっていく。

「どうしたどうした! かかってこないのか!?」

「う……くっ……」

 がっ、と古河の蹴りが漁の脇腹を捉えた。長い髪を乱し、漁が地面に倒される。

「漁さん!」

 漁が倒れたことで、小夜は反射的に走り出した。このままでは漁が追い打ちをかけられてしまう、そう思った瞬間、弱いから、勝てそうにないからという理由だけで立ち止まっていることができなくなってしまったのだ。

 勿論、策などない。身の程知らずとは知りつつも、漁を守ろうと、漁を庇い前に出て、襲い来る古河に向かって拳を振り回した。

 その明らかに素人のパンチを、古河はあえて避けなかった。肩口に当たった拳に、古河は呻くことも顔を顰めることもなく、ただ嘲笑した。

「なんだ、そのぬるいパンチは!」

 直後、古河が手を出していないにもかかわらず、小夜の右肩に殴られたような衝撃が走り、軽々と吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に落ちた。

「小夜っ……うっ」

 駆け寄ろうとしてくれた漁は、古河に蹴られて再び沈む。こんなのはただの弱い者いじめだ。小夜は痛む肩を押さえながら起き上がり、古河を睨む。

「やめてよ! こんな一方的に……酷いっ!」

「何甘ったれたこと言ってんだ! これは戦いだ、酷いもクソもあるかよ! 俺はさっきこいつとあの吸血鬼にタコ殴りにされたんだ。吸血鬼の分もまとめてこいつに返してやらなきゃ気が済まねえ!」

「そんなっ……」

「くくっ……折角吸血鬼に助けられたってのに、全然役立たずだな、お前っ!」

「うぅっ……!」

 漁の顔が苦痛に歪む。たった一撃食らっただけでもう動けなくなっている小夜は、自分が情けなくて仕方がなかった。

 どうすればいいのか。どうすれば漁を助けられるのか。

『そういうときは』

「!」

 どこからか、ずっと聞きたかった人の声が聞こえた気がした。きっと幻聴だ。自分のあさましい想像が生んだ、幻想だ。だが、今は幻想でも、その言葉に縋りたかった。

 消えてしまった幼馴染の笑顔が、脳裏に浮かんだ気がした。

『自分にできることを頑張れよな』

 そう、励ましてくれた気がした。

「宗君……」

 助けなければならない。彼を助けたいと思ったのは自分だ。そして、そのために力を尽くしてくれている人がいるのに、自分だけ何もしないわけにはいかない。自分にできることを、するのだ。

 小夜はよろよろと立ち上がり、まっすぐに古河を見据える。小夜の瞳に宿った戦う意志に、古河は面白そうに唇を歪める。

「なんだ? お前がやるのか!」

 いいぜ、好きに来いよ、と古河は両手を広げて、馬鹿にする。

 殴り合いでは勝てない。だから、小夜は考える。勝つための抜け道を。

 そして、思い至るのだ。

 相手の攻撃をすべて倍返しにする「増鏡」――そんな強力な能力があるなら、最初からさっさと使えばいい。だが、最初、古河はどうした? 技を出すのもまたずに先制した白銀のせいで、最初は不発に終わっていたが、その時言いかけたのは、「増鏡」ではなかったはず。

 最初は「増鏡」を使う気がなかったというのは、不自然だ。吸血鬼と人魚の二人組を相手に、技を出し渋る理由がない。では、どういうことか。

「……わ、解った、解りました、漁さん!」

「……?」

「そいつの能力は攻撃を跳ね返すことなんかじゃありません!」

「何?」

「な、お前何言ってんだ!」

 古河が繰り出した蹴撃を、希望を見出した漁が反射的に受け止めた。足を掴んだ状態で立ち上がると、つられて古河はすっ転ぶ。古河は僅かに動揺したように叫ぶ。カウンターは、こない。

「私が種を、暴いてみせる……!」

 小夜は両手を挙げて天を仰いだ。

「……お願い、来てっ!!」

 天に乞うように叫ぶ。瞬間、上空に黒い雲が集まり始めた。一気に雲行きの怪しくなる空に、漁と古河が目を瞠る。

 やがて、十秒もしないうちに、雲は大粒の雨を降らせ始めた。

「これは……雨乞い? あなた、もしかして……」

 漁は小夜の正体に気づいたようだった。

 幼馴染の宗平にすらずっと言わなかった、小夜の最大の秘密、その正体。雨を呼ぶことのできる妖怪・雨女が、小夜の正体である。

 グラウンドには激しい雨が降り注いだ。雨粒は大きな音を立てて、小夜、漁、古河の上に降り注ぐ。

 そして、もう一つ。姿は見えないにもかかわらず、雨がぶつかり弾かれている、異様な場所が一カ所。古賀の傍らに佇むそれは、周囲に雨を流れさせ、人の形をしていることを露わにした。

「そこです! そこに透明の人がいます! 攻撃を跳ね返すなんていって、本当は透明の人がこっそり攻撃してただけです! ただのズルです! 『増鏡』なんてかっこいいこと言ってますけどただのはったりで本人は何もしてないです!」

「……そういうことか」

 漁は不穏な笑みを浮かべて、二人を睨み据える。種が割れたことで、古河は明らかに動揺していた。

「舐めた真似をしてくれる……!」

 漁が右手を掲げる。降り注ぐ雨が、重力に逆らい、漁の周りに集まり、渦を巻き始める。

 大量の雨水が、そのまま漁の武器となる。

「二人まとめて、吹っ飛べッ!!」

 右手を下す。それを合図に雨の渦潮が、凍り付いた二人組に高速で突進していった。

 大量の水の奔流、その質量を侮ってはいけない。激しい水の暴流に、古河たちは押し流された。

 荒波に揉まれ、ぐしゃぐしゃのグラウンドに投げ出された古河の上には、今まで姿の見えなかった男、攫い屋のもう一人のメンバーが、姿を明らかにして折り重なり倒れた。

 二人が動かなくなったのを見て、漁が勝ったのだと知ると、小夜は安心して、その拍子に体から力が抜けて膝をついた。

 倒れそうになったのを、すかさず漁が支えてくれる。古河に襲われそうになったときに真っ先に駆け付けてくれたことといい、漁はいちいち紳士だな、と小夜は思う。

「大丈夫か」

「だ、大丈夫、です」

 そう答える小夜は、かなり息切れしている。これだけの大雨を呼ぶのは、体力的につらいのだ。

「ごめんなさい……もっと、早く気付いていれば」

「いや。私だけではどうしようもなかった。あなたがいてくれて助かった、小夜。私たち二人で勝ったんだ、胸を張って」

 一時の同情や慰めなどではなく、本心からの賞賛。目の前で漁の綺麗な顔が微笑んだのを見て、小夜はほんの少し、涙を流して笑った。

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