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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
3 吸血鬼は神の力に抗えるか
31/51

9 敵襲警報発令中

 白銀と漁が果てのない睨みあいをしていると、たったと駆けてくる足音が聞こえてきて、小夜はそちらを見遣る。隠し神を探しに行ったという斥候担当・白刀が戻ってきたところだった。

「白刀、どうだった?」

 涼子が立ち上がって白刀に報告を求める。

「強い妖力の気配が、学校の裏手を行った先の校舎に留まってるよ」

「校舎? このへん、他に学校あったっけ?」

「あ、それ、たぶん旧校舎だと思う」

 不思議そうに首をかしげる涼子に、小夜が教える。

「昔、彩華二高はもうちょっと先にあったの。それが、こっちに移転したんだって。結構古い建物で雰囲気あるから、たまにロケなんかで使うからって、まだ取り壊してない校舎があるの」

「そこが根城ってことね」

「乗り込むのか」

「もち」

 涼子が即答し、白銀が立ち上がる。

「私も行かせてくれ」

 漁が申し出る。

「同胞を取り戻したい。それに、吸血鬼に任せておくのは不安だ……と、吸血鬼に」

「足引っ張んなよ、って漁に言っとけ」

 相変わらず不毛な伝言ゲームだ。しかし、共通の敵を見出したおかげか、先ほど険悪ではなくなったように、小夜は感じた。

「わ、私も、行く」

 小夜も躊躇いがちに手を挙げる。

「宗君が心配だから、私も行きたい。……足手まといだとは思うけれど」

 断られるかもしれないとは思ったが、予想に反して、涼子は止めなかった。

「いいよ、それが依頼人の意向なら、私は従うだけ」

「無理言ってごめん……」

「構わないわ。どうせ、私たちの出番はないから」

「え?」

「いや、もう出る幕ないでしょ、このメンツじゃあ」

「まったくだね」

 白刀まで力強く頷いた。

 涼子も白刀も小夜も出番がないとなると。

 小夜は、先陣を切って歩き出す二人組の背中を見る。険悪な割には、並んで歩き出す二人の背中は、頼もしいを通り越して末恐ろしいような印象すら受けた。

 そのただならぬ雰囲気を一言で言い表すなら。

「……仕事人?」

「人じゃないけどねー」

 涼子がからからと笑い歩き出す。小夜は慌てて後を追いかけた。



 彩華二高旧校舎は、その昔、まだ生徒数がそんなに多くなかったころに使っていたということで、校舎はそんなに大きくない。現校舎が四階建てであるのに対し、三階建てで、教室数もそんなに多くなさそうだ。壁は薄汚れていて、蔦が這いまわっているところもある。こういう自然に古びてきている感じが、撮影時には重宝するのだろう、と小夜は思う。

 とはいっても、ここでロケが行われることは、そう頻繁にあるわけではない。ゆえに、ふだんは誰もいないのが普通だ。駅から少々距離があるということもあって、近くを歩く者も少なく、仮にいたとしても、敷地をぐるりとフェンスで囲まれ、さらにそれに沿って木が植えられているおかげで、外からの視線はほぼ完全にシャットアウトされる。

 後ろ暗い連中が根城にするにはもってこいの場所なのかもしれない。

 錆びついた正門を飛び越えて、堂々と正面から乗り込むと、グラウンドに一人の女が立っていた。白銀と漁が女に対峙し、少し後ろに下がったところで小夜たちは様子を見守った。

 そこにいたのは、少々、というかかなり丈の短い、膝丈くらいの黒い浴衣を纏い、脚には編み上げブーツという、和洋折衷もたいがいな奇抜な装いをした、若い女だった。ただ、その正体が隠し神ならば、外見的に仮に中学生くらいに見えたとしても、実際には何百年と生きているのかもしれない。

「あの男の記憶の中にいた女だ」

「なんだ、あの人を小馬鹿にしたようなファッションは」

「『奇抜』っていえば何でも許されると思ってるタイプかな」

「同窓会で張り切りすぎて中学時代の同級生からドン引きされる系ね」

 漁、白刀、涼子が聞こえよがしに散々に罵倒する。小夜はあえてノーコメント。

 三人の辛辣な評に、女は顔色一つ変えずに告げる。

「よく来たな、ネズミ共」

「ネズミはお前だろ。学校でちょろちょろしていたいけなガキどもにちょっかい出してる隠し神、城里蕾」

「ほう、名前までばれているとは。名乗る手間が省けて丁度良い。なにぶん折角の狩場を荒らされて、私は今機嫌が悪くて自己紹介する気分ではなかったからな」

「そうかい。じゃあ、機嫌悪いついでに、豚箱でさらに不機嫌になってこいよ」

「私を倒せる気でいるのか? お前たちは私を追い詰めたつもりかもしれないが、そうではない。誘き寄せられたのだよ、この狩場に」

 にやりと笑って、蕾は右手を後ろに伸ばす。そして、宙を撫でるように手を上から下へ滑らせる。すると、ファスナーでも開けたかのように、空間に亀裂が入り、真っ黒な暗闇の穴が姿を現す。

 隠し神の異空間。

「括目せよ!」

 そう叫んで、蕾はひょいと異空間の中に飛び込んだ。手を下から上へと動かすと、亀裂が徐々に塞がっていって、やがて何事もなかったかのように、平凡な風景が広がった。そこには何も残らなかった。

 …………

 ………………

 何も起きなかった。

「って逃げんのかよッ!!」

 漁と白銀が同時にツッコんだ。この二人、仲が悪いなんて嘘だろ、とひそかに小夜は思う。

 しかし、今はそんなことよりも蕾である。何か仕掛けてくると思わせておきながら、ナチュラルに姿を消した。どこかから奇襲を仕掛けてくるのかと思えばそんなこともない。完全に逃げに入ったような具合だ。さっきまでの格好つけはなんだったんだ、と小夜は脱力する。

「あのクソ女、どこ行きやがった」

「隠し神といえど、遠くには行っていないはずだ」

 二人が焦って見回していると、

「――おっと、あの方を追わせはしないぜ!」

 と、騒がしい声と共に、白銀たちの前に、小柄な少年が飛び出してきた。

 薄汚れたタンクトップにハーフパンツ、鼻の上に絆創膏という、腕白小僧を絵に描いたような少年が立ちはだかった。

「俺の名は古河千里! 隠し神さまの一の子分にして、誇り高き獣の妖! 狩場を荒らす邪魔者は、この俺が全員まとめて始末するッ!」

 隠し神が堂々と気配を残してここに敵を誘き寄せ、自分はさっさとトンズラして仲間に敵を始末させる――どうやらそういうことらしい。

 普通なら、罠に嵌められたことに驚き、追い詰めたつもりが逆に追い詰められて苦戦を強いられるところである。しかし、白銀と漁は、驚くことはなく、むしろ不敵に笑った。凶悪な笑みの中にひっそりと不機嫌そうな色が混じっている。

「舐められたもんだな、お前一人で俺を止められるとでも思ってんのか?」

「犬死のようだな、クソ妖怪。こいつと違って私は甘くはないぞ」

 殺気を漲らせた二人が詰め寄る。

「な、なんか敵よりも二人の方が怖いんだけどっ」

 小夜は若干涙目になりながら涼子の袖を引っ張る。涼子は苦笑して、「まあ、敵にしたくない気持ちは解る」と言った。

 味方でさえもビビる迫力に、しかし古河は怯むことはなかった。

「強気でいられるのも今のうちだ! 食らえ、秘儀・はっ、ぶぎゅっ!!」

 決してそんな珍妙な名前の秘儀があるわけではない。古河がなにかの技を出そうとしたらしいが、それを待ってやることもなく接近した白銀が顔面に拳を捻じ込んだのだ。中にゴムボールでも詰まっているのかと思わせるほどに、古河の体はよく吹っ飛び、よく弾んだ。

 先手必勝、とは言うものの、技の名前を叫んでいる途中に堂々と攻撃。それについては、涼子と白刀が渋い顔をしていた。

「うわっ、さすが銀、酷いわねえ。日曜七時半の敵だって変身と名乗りは待ってくれるのに」

「でも日曜八時の敵は変身すらも待たずに攻撃してくるよね」

「あのへんは今泥沼やってるからねえ」

 なんのことだか解らないたとえ話に、小夜は頭に疑問符を浮かべた。

 味方にすら酷いと言わしめる白銀は、さらに追い打ちをかけるように古河に走り寄る。古賀は何度か地面を転がってから立ち上がり、接近してくる白銀をかわすように高々と跳躍した。白銀はそれを目で追って舌打ちし、しかし無理に追いかけようとはしなかった。

「……っ?」

 うまくかわしたと思ってにやついていた古河は、しかし、着地地点で待ち構える漁に気づいて気色ばむ。

「たとえ陸上でも、人魚は木偶ではないぞ」

 そう告げる漁は、左手にペットボトルを持っていた。透き通った水でいっぱいになったボトルのキャップを開け、さかさまにする。重力に従って零れ落ちるばかりであるべきところを、しかし水は、まるで生き物のように自在に動く。ボトルから飛び出した水は空中に留まった。

「『水刃』」

 唱えると、水は漁の右手の中で刀の形に収束した。身の丈ほどの長さにもなった水の刀を、漁は大きく振るった。漁が待つ場所へ落下するばかりだった古河はそれを正面から受けて地面に叩きつけられる。

 漁は刀を逆手に持ち替え跳躍し、古河に向かって落下し突き立てようとする。古河が咄嗟に右手へ転がり難を逃れると、水の刃は地面に深々と突き刺さり、漁は舌打ちした。

 だが、古河がそう避けることも織り込み済みだったらしい白銀が待ち受け、無防備に転がってきた古河の鳩尾に、渾身の拳を落とした。

「…………」

 小夜は二人の圧倒的な戦いぶりに間抜けにも口をぽっかり開けて唖然としていた。

「な、な、なんなの、このパワーは……」

 小夜も一応妖怪の端くれだが、小夜のたいしたことのない力と比べたら雲泥の差。いや、比べること自体が失礼にあたるレベルの驚異的な力だ。

「あの二人は妖怪の中でも割と規格外な方だから、参考にしない方がいいよ」

 と白刀が呆れた調子で解説する。

「ほんと、僕らの出番なかったね、涼子」

 白刀は肩を竦めながら同意を求めた。小夜はその時ようやく、涼子が厳しい表情をしているのに気が付いた。小夜と違って、白銀たちの戦いぶりに驚いているとか、そういう表情ではない。有利に事が運んでいるというのに、そうとは思えないくらい、緊張した面持ちだった。

「涼子さん……?」

 小夜の問いかけに、涼子は反応しない。何かを考えている、そんな顔だ。

 その頃、白銀と漁は、倒れた古河を問い詰めにかかっていた。

「貴様、あのふざけた隠し神はどこに消えた? さっさと吐け」

「早く答えろよ。俺は男の血を飲む趣味はねえんだからよ」

「ひっ、わっ、解った、解ったからそんな詰め寄らないでっ!」

 最初に現れた時とは打って変わって怯えた調子で古河が懇願する。

 完全に委縮した様子でよろよろと体を起こし、古河は神妙な面持ちで告げる。

「か、隠し神さまは――()()()()()()

 どん、と古河は、不意をついて二人の体を突き飛ばした。

 瞬間、地面に真っ黒な穴が開いた。

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