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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
1 吸血鬼は燃やせば灰になるか
3/51

3 鬼の利用は計画的に

 蜘蛛が喋った。だが、それだけなら特に驚くことではない。妖怪が人間に交じって暮らす国なのだ、人語を喋る蜘蛛がいたところで不思議はない。おおかた蜘蛛の妖怪なのだろう。

 そして、うら若い婦女子ではあるまいし、白銀は虫を見た瞬間に悲鳴を上げたりはしない。ただ冷静に、下駄箱の上に常備してあった殺虫剤に手を伸ばした。

「おいおい! 穏便に挨拶してるのにいきなり殺虫剤はないだろ!」

 蜘蛛は焦った様子で叫んだ。対する白銀の返事はにべもない。

「俺に虫の知り合いはいない。害虫は帰れ」

「害虫だなんて酷い。僕は客だよ、依頼人だよ」

「人じゃないだろうが」

「言葉の綾だね」

 とにかく殺虫剤は待って、と蜘蛛は懇願した。

「で、何の用なんだ」

「頼みたいことがある。お前、妖怪の揉め事を解決するっていう、物好きな吸血鬼だろ?」

「三十点」

「は?」

 脈絡のない白銀の返事に、蜘蛛は頓狂な声を上げる。白銀は憮然として続ける。

「妖怪の揉め事を『解決する』ってのは間違いだな。話を聞くだけなら聞いてもいいが、解決するかどうかは保障していないから。それから『物好き』は余計。ついでに頼みごとをする態度じゃないから減点。で、三十点。六十点以下は門前払いという取り決めだから、帰れ」

「そんな馬鹿な!」

「問答無用で殺虫剤ぶっかけてもいいんだぞ。穏便に言ってるうちに帰りな」

「も、勿論、ただでってんじゃない。ちゃんとお礼もするから、話くらい聞いてくれよ、な? な?」

 蜘蛛は媚びるのが早かった。そして、白銀が懐柔策に乗っかるのも早かった。

「……まあ、話を聞くくらいなら。ただし、うちに上がるなら人型になれ。蜘蛛を上げたとなったら家主がうるさい」

「家主はお前じゃないのか」

「不本意だが」

 では白銀はどういう立場になるのかといえば、おそらく家主は「ペット」とでも答えることだろう。百歩譲って「番犬」くらい言ってほしいところだが、そう要望を告げたところで「あなた鬼でしょ」と言う姿が目に浮かび、白銀はひっそりと溜息をついた。

「何だか知らないけど、吸血鬼も大変そうだな」

 同情気味の調子でそう言うと、ぽん、と軽快な音とともに、蜘蛛の体から白煙が上がる。もくもくとたなびく煙幕が晴れていくと、姿を現したのはつり目の少年。まだあどけなさを残す顔をしていて、半袖ポロシャツに半ズボンという格好。生意気盛りの中学生のように見えるが、妖怪に関しては人型の外見的年齢はあまりあてにならない。

「最初っから人型で来れば、もう少しマシな対応をしてやったのに」

「嫌いなんだよ、この格好。背が低いから」

 どうやら理想としてはもう少し高身長の男性の姿に化けたいらしい。しかし、思った通りの姿に化けられるかどうかは、その妖怪の力次第である。現実はままならないなぁ、と蜘蛛男は外見に似合わない悟ったような台詞を吐いた。

「お前、名前は」

「名前? 雲居とかでいいよ」

 蜘蛛男はいい加減に名乗った。

 雲居(仮名)を招き入れると、居間からは雑巾を持った涼子が出てきたところだった。

「銀、その子誰?」

 家主は見覚えのない少年を一瞥すると当然の疑問を発した。

「依頼人だそうだ。例によって人じゃないけど」

「ふうん? じゃあ、お茶淹れてくる」

 涼子は詳しくは聞かず、台所へ向かった。

 居間の畳は、ぎりぎり「コーヒーこぼしちゃいました」で通じるレベルに回復していた。ただ、そこに座る気にはなれなかったので、白銀は汚れた畳の上に座布団を置いてシミを隠し、何食わぬ顔でその席を雲居に勧めた。



「復讐?」

 ティーカップを雲居の前に置きながら、涼子が目を丸くして問い返した。雲居はいたって真面目な顔で頷く。

「僕は蜘蛛の妖だ。この街、彩華町に住まう蜘蛛たちは僕の眷属だ。先日、眷属の蜘蛛が焼き殺された。その敵討ちをしてほしい」

「却下」

 白銀は雲居の頼みを即座に切り捨てた。

「お前は阿呆か。この町にいったい何匹蜘蛛がいると思ってるんだ。いったい何匹の蜘蛛が人間に殺されてると思ってる。それにいちいち目くじら立てて復讐だなんだといっていたらキリがない。俺はそんなのに付き合えない。だいたい、自分の身内の敵討ちを外注するんじゃねえ」

 馬鹿馬鹿しい、と言いたげに白銀は一気にまくしたてた。

 雲居は悔しそうに顔を赤くする。それをフォローするように、涼子は優しく微笑んだ。

「いいじゃない、復讐。燃えるわよねえ、復讐」

「お前はまた無責任なことを……」

「でもやっぱり、復讐は自分でやってこそ価値があると思うの。懇意にしてる武器商人を紹介してあげるから自分でやってみない?」

「笑顔で殺人教唆してんじゃねえ」

 白銀が窘めると、「まあ、冗談だけど」と涼子は肩を竦める。まったく冗談に聞こえないからタチが悪い。

「……でも、焼き殺されたって言ったわね? なんだか穏やかじゃないわね……いったいどういう状況だったの」

 取りつく島もない白銀には期待できなくとも、話に関心を持ってくれている涼子には一縷の望みを懸けられるとでも思ったのか、雲居は懇切丁寧に、説明を再開する。

「その蜘蛛が暮らしていたのは、使われなくなった公民館跡だ。建物自体は取り壊されることなく残っているが、誰も使わないから人が寄り付かない。人間の生活圏内だと、すぐに巣を壊されるから、できるだけ人のいないところに巣を作るようにしていたんだろう。だというのに、誰だか知らないが、わざわざ廃墟に火を放ってまで蜘蛛を焼き殺したんだ。そうまでして僕の眷属を殺すとは、蜘蛛への並々ならぬ憎悪を感じる」

「蜘蛛になんか恨みでもあったのかねえ」

 白銀は適当にそう言っておく。焼き殺してやりたくなるほどの恨みとはなんなのか、見当もつかないが。

「放っておけば、他の蜘蛛たちの身も危ぶまれる。だから、なんとかその下手人に仇討がしたい」

「でも、復讐はよくないことよ」

 と、涼子は、「いいじゃない、復讐」と言った舌の根も乾かないうちに、そんなことをのたまった。お前が言うなよお前が、と白銀はツッコみたくなったが、涼子が意味深にウィンクするので、黙っていた。

「許せないのは解るわ。でも、現代に復讐法はないし」

 そこで、さも名案を思いついたと言いたげに、涼子はぽんと手を打った。

「こういうのはどうかしら? 復讐はできないけど、犯人は捕まえてあげる。あとは、法によって裁いてもらうの。殺すかどうかは、公平な裁判に委ねましょうってこと」

 涼子が提案した妥協案に、雲居は逡巡するふうだった。やがて、小さく頷くと、

「成程。それが一番よさそうだ。本当に、犯人を捕まえてくれるのか?」

「ええ、それは、銀が」

「結局俺に丸投げかよ」

 白銀は文句を言うが、本人の意向を無視して勝手に契約が取り結ばれた。

 依頼は、蜘蛛を焼き討ちした下手人を捕まえること。

 その依頼で納得した雲居は、くれぐれも頼むと言い置いて帰って行った。

 雲居の姿が見えなくなってから、白銀は呆れて溜息をついた。

「いいのか、あんなこと言って」

「なにか問題でも? 復讐しようなんて馬鹿言ってる蜘蛛を説得して穏便に話を済ませたんだから、褒めてほしいくらいね。あのまま追い返していたら、あの蜘蛛は自分でやるか殺し屋を雇うかしてたはずよ」

「そうは言うが、犯人を捕まえて裁かせる? 馬鹿馬鹿しい。この国の法律は、蜘蛛を殺した罪で裁けるのか?」

 裁けるわけがない、と白銀は小馬鹿にする。

「あなたは馬鹿なの?」

 涼子は見事なカウンターで心底馬鹿にしたような目で白銀を見た。

「蜘蛛殺しの罪なんかないけど、廃墟とはいえ建物に放火してる犯人なんだから普通に裁けるでしょうが。非現住建造物等放火罪。懲役二年以上」

「ああ……」

 失念していた。雲居が蜘蛛殺しばかり強調するものだから、公民館への放火という基本的なところを忘れていた。

「まったく、これだから単細胞ヘタレ吸血鬼は」

「だ、だけど、その罪状で雲居が納得するとは思えないね。殺すかどうか裁判に委ねるなんて言っておいて。死刑にはできないって解ってたんだろ」

 苦し紛れに口答えしてみると、涼子は素直に首肯した。

「まあ、この罪で死刑は無理ね。けど、余罪を追及できる可能性はある」

「余罪?」

「あなた、まさか本気で、犯人が蜘蛛を焼き殺すために放火したと思ってるの? そんなの雲居の勝手な思い込み。実際には、蜘蛛はただ巻き込まれて偶然死んだだけ。犯人にとって蜘蛛なんかアウトオブ眼中よ」

「他に目的があったってことか」

「そう考えるのが自然でしょう。誰もいない、何もない廃墟になぜ放火したか……愉快犯か、それとも、なにか後ろ暗いものを焼いて隠滅しようとしたのか。なんにしても、まずは情報収集が先決ね」

 涼子の結論に、白銀は少し考えて、ちょっとした伝手に思い当たる。

 そういうことに詳しそうな知り合いが、一人。

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