3 駆け込み寺でスプラッタ
「……という話なの、どう思う?」
小夜は昼休み、雫に相談した。昨日アドバイスをくれた雫が結果を気にして聞いてきたので、告白どころじゃなかったのだと説明し、学校の不審な対応について話した。
雫は厳しい表情をして、
「たぶん、大事にしたくないんですよ」
「でも、生徒が一人行方不明なんだよ?」
「もう高校生ですからね、一日家に帰らない、一日無断欠席するくらいで学校は騒ぎ立てないんですよ、申し訳ない話ですけど」
「別に雫ちゃんが申し訳なく思うことはないんだけど……じゃあ、明日とか明後日になっても宗君が見つからなかったら、警察に届けるってこと?」
「それもないんじゃないでしょうか。こんなにおかしな状況なのに、よく調べもせずに家出だと決めつける……今そういう不親切な対応をするってことは、この先も期待できないと思います」
「そんなぁ……」
「学校はたぶん、察しがついてるんですよ」
「察し?」
「生徒が忽然と姿を消した、学校の外に出た形跡はない、だが学校の中にもいない、どこに行ったかまるで解らない……普通だったら不思議な話ですが、今の時代、不思議でもなんでもなく説明づけることができるでしょう?」
少し考えて、小夜は思い当たる。
「まさか、妖怪?」
雫は小さく頷いた。
「本当にそうなのかは解りません。ただ、学校側はおそらく妖怪の仕業だと思っているんでしょう。学校内で、妖怪が生徒を消した……そんな噂が広まったら、来年の入学者数に響きます。世間体を気にして、この件をただの家出としてもみ消そうとしてもおかしくないですよ」
「宗君の家族は、どうすると思う?」
「学校側からうまく言いくるめられた可能性もありますよ。ちょっとした家出だから、大事にすると逆に帰ってきづらくなるからしばらく様子をみましょう、とかなんとか」
「じゃあ、学校も家族も警察もあてにならないの? 信じられない」
小夜が絶望的な気分になっていると、雫はさらに衝撃の爆弾を落とした。
「実は……噂なんですけど、三年生の女子生徒が、志麻君と同じように、学校の中で突然姿を消したらしいんです」
「う、嘘っ」
「受験勉強に疲れて家出した、なんていうふうに誤魔化してるみたいですけど、どうだか……」
ざわざわと胸騒ぎがした。もしかすると、今この学校では大変なことが起きているのではないか。そして、頼りになるべき学校は解決する気が全くない。
どうすればいいのか――
「そうだ……」
小夜は思い出す。風の噂で聞いたことがある。妖怪が関わるトラブルを解決してくれる人がいる、と。
「わ、私、早退する!」
呼び止める雫をスルーして、善は急げと、小夜は慌てて学校を飛び出した。
「ここ、よね……?」
小夜は目の前の家と目元を何度も見比べ確認した。某SNSで今ものすごく困っている旨を拡散希望したところ、情報が集まってきた。「hair_love_azusa」というアカウントからメッセージがきて、住所と家の名前を教えてもらった。
表札には「一之瀬」と書いてある。ここが、妖怪トラブル駆け込み寺。一見すると普通の民家。本当にここがそうなのか、と不安に思う気持ちもあったが、何はともあれ聞いてみなければ、とチャイムを鳴らした。
ぴんぽーん、とチャイムが響いたのが外からでも聞こえたが、返事はない。留守なのか、と思った直後、どたどたと中で騒がしい足音が聞こえたので、どうやら留守ではないようだし、居留守を使うつもりもなさそうだ。しかし、返事はないし、扉が開く気配もない。
忙しいのかもしれない。余裕があるときだったら、また来よう、という気になったかもしれない。しかし、小夜は一刻も早く相談したかった。
ゆえに、失礼とは思いつつも、そろそろと引き戸を開けてみた。
「ご、ごめんくださーい」
鍵はかかっていなかった。ゆっくり玄関戸をスライドさせていく。
と、ぴしゃっ、となにか生温かいものが小夜の頬に飛び散った。なんだろうか、と手を触れてみると、真っ赤な液体が垂れていた。
「○△×#※*!!???」
いきなりのホラー展開に度肝を抜かれ、小夜は卒倒した。
★★★
「じゃーん」
嬉しそうに口で効果音を鳴らしながら、一之瀬涼子が引っ張り出してきたのは、夏の風物詩、かき氷機であった。青いボディに白いハンドルがついていて、ぐるぐる回すと下から削れた氷が降ってくる、というやつだ。台所の戸棚の中で眠っていたものを、いよいよ暑くなってきたので、使う気になったらしい。傍らには三人分の器とスプーン、専用の容器で固めた氷のブロックに、いちごのシロップ瓶。
「ちょっと早いけど、おやつにしましょ」
「わー、かき氷だー!」
子どもみたいに手放しで喜んだのは、先月から一之瀬家に新たに増えた居候・白刀である。若干茶色みがかった黒のくせっ毛が特徴的な青年で、外見からいうと高校生から大学生くらいに見える。だが、実年齢はとうに百をこえているという、付喪神だ。本来は刀の姿なのだが、こうして自由に人の姿になれるし、人と同じように食べて寝る。刀の姿でいる時は空腹にならないらしく、食費を考えるとそっちのほうが効率的で、実際、前の主は必要な時以外は刀の姿でいるように命じていたようだが、「でも美味しいもの食べたいわよねえ」という涼子の鶴の一声で、今はこうして仕事がなくても自由気ままにやっている。ご近所から見れば「学校も行かずにぐーたらしてる不良」に見えていることだろう。
「どうでもいいけど、そのシロップ去年買った奴だろ」
無粋なツッコミを入れて涼子の笑顔を凍りつかせたのは、銀色の髪と赤い瞳を持つ吸血鬼・白銀だ。白銀は知っている、去年いちごシロップを買ったことを。そして、たいして使わないうちに夏が終わって大量に残したまま冷蔵庫で一冬越えさせたことを。
「だ、だってぇ、シロップの瓶っていっぱい入ってるけど、二人じゃ使いきれないじゃない」
涼子は唇を尖らせる。去年、張り切ってシロップを買ったはいいが、涼子はせっかくシロップとかき氷機がとりそろっているにもかかわらず、定期的にお高い抹茶アイスを所望したため、かき氷をやった回数は数えるほどだったのだ。結局、シロップは半分も使わないうちに夏が終了して、かき氷機は再び戸棚で埃をかぶることになった。
「で、でも、今年こそはちゃんと使い切るわよ。今年からは三人いるんだから」
そう言って、涼子は軽く腕まくりをする。器をセットして、氷を入れて、はりきってハンドルを回し始めた。
がりがりごりごりと氷が細かく削れ、きらきらしながら落ちていく。
がりがりごりごりがりがりぴんごりごりぽーんがりがり。
しばらくがりがりやっていると、器にはこんもりと綺麗な氷の山ができあがる。それを三つ分、涼子は素早く作り上げた。
涼子がいちごシロップをかけようとしたとき、白銀はストップをかけた。
「待った。やっぱりだ、それ賞味期限切れてるぞ」
「え、嘘? ……あっちゃあ、半年前に切れてるわ。まあ、消費期限じゃないから、多少平気でしょ。他にないし」
「俺はどうせなら違うものをかけたい」
「私の血は嫌よ」
「……」
読まれていた。涼子は盛大に溜息をつく。
「やめてよね、白い雪の上に赤い鮮血が散ってるシーンが美しいのは解るけど」
「いや、俺それは解らない」
「かき氷の上に血をぶっかけて食べるなんて、グロすぎでしょ」
「白銀、趣味悪ーい」
「絶対いいと思ったんだけどな……」
吸血鬼の好みは吸血鬼以外にはなかなか理解されないものである。涼子は白銀の意見を無視していちごシロップをぶっかけた。溶けないうちにと、白刀が急いで食べて、顔を顰めていた。頭が痛くなったらしい。
「キーンってする」
「それがいいんでしょうよ、ねえ銀……」
と同意を求めた涼子が、不意に手を止めて、なにやら胡乱な目つきになってきた。
まずい、と白銀は直感する。これはロクでもないことを考えている目だ。
「……銀の頭をこの中に入れてガリガリ削ってかき氷にするか」
「グロい! 俺よりお前の方がずっとグロいこと考えてんじゃねえか!」
冗談よ、と笑ってほしかった。しかし涼子はすっと立ち上がると、涼しげな白いワンピースのスカートの下からナイフを取り出した。体中に武器を仕込んでいて、特にスカートの中が一番ブラックホールじみている、人呼んで「四次元スカート妖怪」の本領発揮である。
白銀は慌てて立ち上がって、居間の外まで後退した。しかし、涼子はかまわず追いかけてくる。
「涼子、かき氷が溶けるぞ! 白刀、食ってないでこいつを止めろ!」
しかし涼子は気にせず追いかけてくるし、白刀は気にせず頭をキーンとさせている。どいつもこいつも薄情者だ。
「大丈夫、とりあえず耳から試してみよう」
「怖えよ!」
涼子は愉快そうに微笑み、ナイフを振り上げた。白銀は勿論、黙って斬られるわけにもいかないので避ける。しかし、避け損ねたせいで頬をナイフが抉り、血が飛び散った。
その時、
「――ごめんくださーい」
タイミング悪く玄関戸が開き、少女が顔を覗かせた。その頬に、ぴしゃっと血が飛び散った。
少女はきょとんとした顔でそれを手で触れて確認し、それが何であるか理解した瞬間、理解不能の奇声を発して卒倒した。
「あぁ……」
涼子と白銀はそろって同情たっぷりに溜息をついた。




