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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
3 吸血鬼は神の力に抗えるか
24/51

2 思い立っても吉と出ない

 夏とはいえ、七時にもなるとさすがに空は薄暗い。だが、教室の電気はついているし、窓の外に見える国道沿いの道には街灯が灯っている上、ひっきりなしに行きかう車のライトのおかげで、あたりが暗いとは感じない。小学生くらいだと、夜の学校が怖いなどと言い出すのかもしれないが、高校生にもなってそんなことは断じてない。

 小夜は約束の十分前には教室についた。ただ、雨は一時間前くらいに止んでしまったので、傘がない宗平のために待っているという口実は、もはや意味を失くしていた。宗平も、部活の合間を縫って、六時ごろに『雨止んだから、先帰っててもいいぞ』とメールを寄越したが、小夜は『折角だから待ってる』と返信した。どうせこの時間まで待ってたのだ、あと一時間くらい待ってやろうというのもあったし、今日こそは大事な話をするんだ、というのもあった。

 夜の校舎は、意外と騒がしい。雨はやんだといってもグラウンドは濡れているから、屋外が活動場所の部活は、そろって校舎の廊下を筋トレ場所にしているのだろう。実際、図書室から出てくるときも、またしても廊下を占領するジャージ姿の男子生徒がわんさといた。

 そうはいっても、そろそろ運動部も終了の時刻だから、かすかに聞き取れる声は撤収準備を促す声ばかりだ。サッカー部も終わる頃だろう。

 もうすぐ宗平が来る。そうしたら、秘密を打ち明ける。そう思うと、胸がばくばくと高鳴った。なんだか告白前のような気分だ。いや、実際秘密を告白するという意味では間違っていないのだが、一般的な女子生徒が男子生徒を呼び出すのとは微妙にずれたシチュエーションであることは疑いない。

 かちっ、と壁の時計の針が動く。七時を指す。瞬間、ざざっとノイズが入り、放送のスイッチが入ったことが解った。女性の声の自動アナウンスが校内に響き渡る。

『閉門三十分前です。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します。閉門三十分前です――』

 七時半には正門が閉められてしまうから、生徒はそれまでに帰らなければならない。とはいっても、門が閉められたところで、その上を飛び越えることができないわけではないので、七時半を過ぎたら即閉じ込められる、というわけではない。それに、門は七時半に閉まるが、教室や昇降口の戸締りは、その後に当番の教師が、残っている生徒がいないことを確認しながらのんびり行うのだ。実際、図書室で寝ているうちにうっかり閉門時間を過ぎていたとか、文化祭の準備が終わらなくてこっそり教室に隠れていたとかう生徒が毎年いる。そういう生徒は、当番の教師に尻を引っ叩かれながらダッシュで校舎を出て、門を飛び越えて下校していくのだ。

 だが、小夜は真面目な性格をしているため、こういうアナウンスを聞くとどきっとする。早く帰らないと先生に怒られる。早く宗平が来てくれるといいのだが、と思う。時間を過ぎても帰れるとはいっても、見回りの先生に見つかればいい顔はされない。うっかりすると内申書に響く。不真面目な生徒のレッテルを貼られる。そういうのは、困る。

 しかし、そうやって気が逸るときに限って、宗平は来るのが遅い。サッカー部の練習も、いい加減終わったはずなのだが、教室にやってこない。

「どうしたのよ、宗君……」

 時計を何度も確認し、ケータイを何度も確認する。時間はどんどんすぎていくが、宗平からは連絡の一つもない。

 閉門五分前になると、小夜はいよいよそわそわする。

「もしかして、私の返信、見てないのかな……」

 先に帰ってていい、とメールを出した宗平が、その後の小夜の返信を見ず、小夜がもう帰ったと思ってしまった可能性はある。もしそうなら、ずっと待っていた自分が馬鹿みたいだ。

 小夜は戸惑い気味に廊下を走り、昇降口まで行ってみる。「志麻宗平」のネームシールが貼られた下駄箱を開けてみて、小夜の戸惑いはさらに大きくなった。下駄箱の中に、宗平の上靴はなく、シューズがまだ入ったままだ。ということは、まだ宗平は校舎に残っているのだ。

 こうなると、今度は入れ違いになったかもしれないと怖くなる。小夜は慌てて教室に戻る。一階から四階への階段ダッシュは、完全インドア派の帰宅部員にはきつかった。

 息を切らしつつ教室に戻ってみるが、誰もいなかった。そうしているうちに、再び放送が入る。

『完全下校時刻になりました。今日も一日お疲れ様でした。明日も頑張りましょう。――』

 お疲れ様、と言われても、小夜の一日はまだ終わっていない。宗平に会って、話をするまで終われない。

 ケータイを引っ張り出し、電話をかけてみる。最初からこうすればよかったか、と思いながら、しかし、それが無意味だったことを思い知る。ケータイからは『おかけになった電話は、電源が入っていないか……』とおなじみのアナウンスが流れるだけだ。

「困ったな……」

 そう呟いて、どうしたものかと悩んでいると、教室に近づいてくる足音があった。宗平が来たのか、と思って期待して振り返ると、姿を現したのは数学教師の片岡だった。

「なんだ、先生か……」

 と肩を落とすと、片岡は「なんだじゃないだろう」と溜息をつく。

「もう完全下校時刻は過ぎてるぞ。早く帰りなさい」

「あ、あの、友達と待ち合わせてて、時間を過ぎても来ないんです」

「そんなのは、門の外で待てばいいだろう」

「門の外より、校舎の中の方が安全ですよっ」

「それは……だが、もう戸締りをだな」

「もしかしたら、友達は迷子になっているのかもしれません」

「迷子って、学校で迷子になるわけないだろうが」

「私はなりました、先月」

「……」

 片岡は苦笑する。今日の当番が片岡だったのはラッキーだったかもしれない、と小夜は思う。他の先生と違って、片岡は融通がきく。

「探したいんで、戸締りについて行っていいですか。昇降口を閉める時は、大人しく出てきますから」

「結構時間かかるんだぞ? 遅くなるじゃないか」

「家近いから平気です」

「まったく……しょうがないなぁ」

 小夜は小さくガッツポーズ。鞄を持って片岡についていく。

 完全下校時刻を過ぎているため、筋トレをしていた運動部連中も、もうすっかりいなくなっている。小夜は片岡と協力して、廊下の窓、各教室の窓の鍵を確認し、誰もいないことをチェックして、教室を戸締りしていく。

「でも、大変ですよね、窓を閉めるのはともかく、教室のドアもいちいち全部閉めなきゃいけないなんて」

「昔、ちょっとトラブルがあったみたいで、それから厳しくなったんだよ」

「トラブル?」

「最初は、全部の窓と特別教室、昇降口だけ閉めたらそれで終わりだったんだ。普通の生徒たちの教室は開けっ放し。けど、生徒たちは教室に置きっぱなしにしてるものがあるだろ」

 小夜は頷く。家では滅多に使わない重いテキストは、教室のロッカーに入れっぱなしにして、持ち帰るのは試験前くらいだ。

「当番の教師が窓の戸締りを確認して通り過ぎた後の教室に、生徒が忍び込んだことがあったんだ。それで、ロッカーの荷物に悪戯を、な」

「……いじめですか?」

「ずっと昔の話なんだがな。その頃は、今よりもっと……その、妖怪への偏見が強かったんだ」

 妖怪の生徒がいじめられていた、ということらしい。妖怪に対するあからさまないじめ、差別は、小学校や大学では少ないが、中学、高校では多いらしい。難しい年頃なのだ。

「そういうわけで、教室のドアにも鍵をかけるようになったって話だ。今は、昔よりも妖怪に理解があるけれど、でも、ニュースとかで殺人事件の犯人が妖怪でした、なんていうと一気に浮足立つ。ちょっとしたきっかけで生徒同士でトラブルが起きることもあるだろう。教師はずっと生徒たちを見てられるわけじゃないから、小さなトラブルは見逃してしまうかもしれない。だから、こういうことでちょっとずつ対応してくしかないんだな」

 思いがけず教師たちの大変な話を聞いてしまい、小夜は気分が沈んでしまう。それを申し訳なく思ったのか、片岡は殊更に明るい声を上げる。

「そういえば、友達はどこにいるんだろうな。もう、だいたい戸締りは終わっちゃったぞ」

「! ほんと、どうしたんだろ、宗君……」

 着々と作業を終わらせていき、最後に昇降口までやってきた。

「もう、ここも閉めるんだが」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 小夜は宗平の靴を確認する。先刻確認したときと同じように、上靴がなく、シューズが残っている。

「靴があるから、まだ中にいるはずなんですけど」

「といっても、もう全部の教室を見たじゃないか。トイレにも誰もいなかったし」

「それはそうなんですけど……でも、だったら宗君はどこにいっちゃったんでしょう」

「うーん」

 その後、片岡は親切に、もう一周校舎を回ってくれた。しかし、念入りに探したが、やはり宗平の姿はなかった。

 靴を残したまま、宗平はいなくなってしまったのだ。



 昨日は、「とりあえず、もう遅いから帰りなさい」という片岡の言葉に従って渋々帰ったが、小夜は気が気ではなかった。夜になって宗平の母親から、「息子が帰ってきてないのだが知らないか」との電話があった。小夜は力なく「知らない」と答えるしかなかった。

 あの後結局どうなったのか、それが気になって、小夜は朝一番に片岡を尋ねた。

 片岡は小夜を認めると、すぐに困惑顔になった。

「それが、まだ見つかっていないんだ」

「え? そんな……じゃあ、昨日一日、宗君は家に帰らなかったんですか? まさか、気づかないで学校に閉じ込めちゃったんじゃ……」

「けど、昨日は君も一緒に探してくれたが、どこにもいなかっただろう? それに、閉じ込めると言ったって、昇降口の鍵は知ってのとおり、中からなら簡単に開けられるんだ。最悪の場合、中から開けて、施錠しないまま勝手に帰ることもできる。もっとも、今日来たとき、鍵が開いたままの扉はなかったんだが……」

「じゃあ、宗君はどこに?」

「校長先生にも相談したけれど、どうも、学校側としては、家出なんじゃないかという話でまとめるつもりらしい」

「家出! そんな、ありえません! 宗君は学校の中で消えたんですよ? だって、靴が残ってました、先生も見たでしょう? 宗君は学校から出てないんです、学校のどこかで消えたんです。それなのに、家出だなんて」

 小夜は食い下がったが、「上の人が決めたことだから」と片岡は申し訳なさそうに頭を下げるばかりだった。

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