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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
3 吸血鬼は神の力に抗えるか
23/51

1 青春街道まっしぐら

 ウェントミンスターの鐘が鳴り響く。要するに学校のチャイムである。彩華第二高等学校では四限目の授業が終了し、昼休みに入った。生徒たちは思い思いにランチタイムを開始した。

 前後左右で机をくっつけて弁当を広げる女子、制服が汚れるのも構わず教壇の上に座って飲み物を呷る男子、チャイムと同時に教室を駆け出し購買部へ向かう猛者たち。平和そのものの風景である。

 時雨しぐれ小夜さよは、四限に使っていた数学のテキスト類を鞄に仕舞い、代わりに弁当箱を取り出した。ピンク色の二段弁当を広げると、一段目にはおにぎりが二個、二段目には卵焼きや唐揚げなどのおかずが入っている。

 両手を合わせて「いただきます」と小さく唱えて、箸を手に取る。と、小夜が箸をつける前に、電光石火の早業で唐揚げを掻っ攫っていく行儀の悪い手があった。「あ!」と声を上げて顔を上げると、前の席の男子生徒が後ろを振り返ってにやにやしていた。頬は唐揚げの分膨れている。小夜は同じくらいに頬を膨らませて憤然とする。

そー君! そうやっていつもいつも人のお弁当を!」

「いちいち怒んなよ、唐揚げくらいで。小さいのは胸だけじゃないのかよー」

 さりげなくセクハラをかましてくる不届きな生徒の名前は、志麻宗平。幼稚園から高校までずっと一緒の、いわゆる腐れ縁である。昔、ものすごく昔、記憶も曖昧なくらい昔に、一緒に風呂に入ったことがあるせいで、宗平はことあるごとに小夜の成長具合をチェックする。そろそろ出るとこ出てやってもいいんだぞ、いろんな意味で。

 教室中が賑やかで、誰もこちらの話になど耳を澄ませていないとはいえ、こうも堂々と言われてしまうと、さすがの小夜も恥ずかしい。顔を真っ赤にして抗議する。

「ど、どうしてそうデリカシーがないの? わ、私だって結構気にしてるのに……」

「肉食えよ、肉。お前ちょっと細すぎるんだよ」

「たった今人の唐揚げを取っていった口で何を言うの」

「あー、旨かったよ、お前が作ったんだろ?」

「お、お、煽てたって何も出ないんだからね! ……も、もう一つ食べる?」

「いただきマース!」

 煽てるとすぐにいろいろ出てくる小夜である。宗平は遠慮なく、唐揚げを食べ尽くした。さよならメインディッシュ、だが後悔はない。

 唐揚げは小夜だって大好きだ。前の日の晩から下準備をして、今朝も早起きしてをして、苦労して作ってきたのだ。それを全部取られたのだから怒ったっていいくらいだ。だが、宗平が相手だと、怒る気になれない。むしろ、こんなに美味しそうに食べてくれるならいくらだって取られていい。こんな風に思ってしまう私は病気? 恋の病気? ――思春期真っ盛りの小夜の思考回路は桃色である。

 勉強はどちらかといえば苦手な部類に入り、そこそこ顔はいいけれどサッカー部の一年エースには負けるナンバーツー。二枚目というより三枚目なお調子者で、クラスの中ではムードメイカー。運動神経だけが取柄みたいな賑やか君。それが志麻宗平という少年である。

 最初のうちは、出来の悪い弟みたいに思っていた。それがいつしか、対等な友達になり、ちょっと頼りになる親友になり、いつのまにか恋愛対象。グラデーションのように徐々に変化していった宗平に対する視線に、一番困惑しているのは小夜自身である。

 こんなことなら、隠し事などしなければよかった――小夜の胸はずきりと痛む。

 ただの近所の悪ガキくらいに思っているうちは、当然に言う必要のなかったことだ。だが、ことこうなっては、いつまでも黙っているわけにもいかない。十年以上隠し続けてきた秘密を今更打ち明けるなんて、ハードルの高さは富士山級。いっそ下から潜り抜けてしまいたいが、そんな裏ワザは存在しない。

 小学校の同級生にも中学校の同級生にも、そして現在のクラスメイトにすら話していない、大きな秘密。それを、小夜は宗平にだけは言っておかなければならないと思っていた。もう、高校に入学してからずっと思っていた。が、いつもタイミングを逸し続け、明日言おう、明日言おうと思っているうちに、気づけば七月上旬。もうすぐ夏休みである。いつまでもダラダラして夏休みになってしまって、宗平と会わなくなってしまったら、決意が鈍ってしまうような気がした。

「あ、あのね、宗君」

「あ、雨だ」

 小夜が思い切ってかけた声は、気象情報によってスルーされた。

 がっくり肩を落としながら窓の外を見ると、確かに雨粒が窓を叩き始めたところだった。途端に宗平はうんざりといった顔をする。

「うっへぇ、今日傘持ってきてねえよ」

「天気予報でにわか雨が降るかもっていってたじゃない」

「そんなの見てねえよ」

「途中まで送ってく?」

「え? いいよ、だって今日サッカー部の練習あるし。お前帰宅部じゃん」

「暇だから待ってたっていいけど。……雨でもサッカー部があるの」

「あったりまえじゃん。まあ、外じゃ練習できないから、校舎で筋トレだけど」

 ああ、と小夜は思い出す。サッカー部の筋トレ風景は見たことがないが、以前、雨の日の放課後に図書室で勉強した帰り、廊下に出たらずらりとむさい男子生徒たちが並んで腕立て伏せをやっている光景に出くわしたことがある。あとで聞けば、それは雨で外練習ができなくなったハンドボール部だったらしい。本来ハンドボールは体育館でやる競技らしいのだが、彩華二高の体育館はバレー部、バスケ部、バドミントン部、卓球部、ダンス部が占領していて、ハンドボール部が活動するスペースはないため、運動場の隅っこで練習をしているのだという。そして、雨の日でも当然体育館にスペースはないので、仕方なく校舎の廊下が練習スペースになる。何も知らない生徒が見たら度肝を抜かれる練習風景である。

「サッカー部もあれやるんだ……」

「そういうわけで、帰りは遅いんだけど、待っててくれんの?」

「う、うん。図書室で勉強してればいいし……部活終わるの七時だっけ?」

「ああ」

「じゃあ、七時頃に教室で待ち合わせでいいかな」

「了解」

 宗平は何も疑問に思わず快諾した。本当のことをいえば、待ち合わせる場所はわざわざ教室でなくても、昇降口だってかまわないのだ。一年五組の教室は四階だが、小夜が時間を潰す予定の図書室は二階にある。どうせ帰るのに、わざわざ階段を上る必要もない。

 だが小夜は、午後七時の誰もいない教室で二人きり、宗平に話したいことがあった。今日こそ、秘密を打ち明けたいと思ったのだ。

 小夜の固い決心など露知らず、宗平は窓の外を見遣っている。

「あー、雨やまねえかな。せっかくこの前梅雨が明けたと思ったのに、また雨かよ。俺、雨嫌いなんだよなあ」

 外で運動することが好きな宗平からしてみれば、自然な感想だったのだろう。だが、小夜は少しショックを受けた。小夜は雨が好きだから。こんなところで意見の不一致。小夜はひっそり溜息をついた。

「おーい、宗平!」

 不意に、クラスの男子生徒が宗平の名前を呼びながら近づいてきた。確か、同じサッカー部の間宮隆である。

「そろそろ時間だぞ、約束の」

「あっ、そうだった!」

 宗平は慌てて立ち上がる。

「どうしたの?」

「クラブの先輩の呼び出し。じゃ、またあとで」

 そういって宗平は、自然な流れで小夜のおにぎりを一つ掻っ攫って、間宮と連れ立って教室を出て行った。

 まだ何も食べていないのにすかすかになった弁当箱を見て、小夜は肩を竦める。

 こっちが真剣に悩んでるのに、呑気な弁当泥棒め。

 溜息をついて、卵焼きに箸を刺した。



「小夜さん、恋煩いですか?」

「うひゃあっ!」

 突然声をかけられて、小夜は素っ頓狂な声を上げる。直後に、ここが図書室であったことを思い出して口を塞ぐ。迷惑そうに眉を寄せる周りの生徒たちにぺこぺこ頭を下げると、声をかけてきた少女、長瀬雫が申し訳なさそうにした。

「ごめんなさい、驚かせてしまって」

「ううん、私が驚きすぎちゃったのよ」

 雫は図書委員を務めるクラスメイトだ。手の中には傾向の違うさまざまな本が積み重なっている。どうやら配架作業の途中らしい。雫の視線は、小夜が手にした本に向けられている。『恋の悩み解決・二十選』というタイトルである。小夜は恥ずかしくなって、本を背中に隠した。

「こ、恋煩いっていうんじゃ……いや、でも、恋煩いなのかな。恋煩いってなんなのかな」

「あ、重症ですね」

 雫はさらりとのたまった。

「やっぱりそう思う?」

 小夜の問いに、雫は大きく頷いた。観念して、溜息をつく。

「相手は、やっぱり志麻君ですか」

「えっ、解っちゃう?」

「バレバレです。毎日のように痴話喧嘩してるじゃないですか」

「痴話ッ……そ、そんなんじゃ」

「私からみると、二人は息ぴったりって感じですけど……ただ、志麻君が恋愛感情を持っているかというと微妙ですね。ああいうタイプの男子って、なんだかんだで、まだがきんちょですから」

「そうなのよねえ……って、いや、そうじゃないの、そうなんだけどそうじゃないの」

 どうも論点がずれている様子の雫に、小夜は説明した。

「……ははあ、隠し事ですか」

「そうなの。十年以上顔つきあわせてて、ずっと秘密にしてることがあるの。隠し事したまま『好きです』って言うのは、なんかフェアじゃないっていうか」

「真面目ですね、小夜さん」

 馬鹿にしているのではなく、本当に感心しているように、雫は言った。

「私は、どっちでもいいと思いますけど」

「どっちでも?」

「中途半端がよくないんですよ。最後まで隠し通す覚悟があるなら、隠したままでもいいと思います。中途半端に変なふうにばれたりすると、話がこじれるんです。隠すなら隠す、言うなら言う。隠したままじゃ罪悪感で死にそうって言うなら、早いとこ言っちゃったほうがいいですよ。なんにしても、後悔だけはしないように、よく考えて」

「ははあ、成程。雫ちゃん、ものすごいオトナ。恋のエキスパート」

「エキスパートって……そんなんじゃないですけど」

 雫は苦笑する。

「後悔しないように、か……」

 雫のアドバイスを噛みしめ、小夜は手に持っていた本を書架に戻した。雫は大人びた微笑みを浮かべて、配架作業に戻る。

 壁の時計を見上げると、現在午後五時。約束の時間まで、あと二時間。

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