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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
2 吸血鬼は首を落とせば息絶えるか
22/51

12 暗躍する赤い瞳

 話によれば、白刀とジャックは、被害者となった少年少女たちのすぐ目の前にいたらしい。被害者たちも彼らを見ていて、彼らを犯人だと思って、警察に怪しい男を見たと証言したのだ。だが、白刀曰く、その証言は被害者たちの勘違いらしい。

「切り裂き魔の正体は、鎌鼬だ」

 白刀はきっぱりと断言した。

「鎌鼬は、普段は小さなイタチの姿をしているけれど、攻撃するときは目に見えない風の刃になって敵を襲う。だから、人間には攻撃態勢に入った鎌鼬の姿が見えないから、防ぐのは難しい。けれど、風の刃は妖気を纏っているから、妖怪ならその姿を視ることができる」

「成程。姿の見えない敵に攻撃された被害者たちは、当然に、目の前にいる怪しい男が犯人だと思うわけね」

「あの時捕まえられればよかったんだけど、ジャックは鎌鼬なんか後回しでいいって」

「後回し?」

「うん。彩華町に来たついでに、彩華町を根城にしている妖怪を狩るつもりでいたんだ。だから、鎌鼬については少し調べてあった」

「ということは、鎌鼬がどこにいるか知ってるの?」

「うん」

「でかしたわ!」

 涼子は上機嫌に声を上げる。

「というわけで、私と白刀で鎌鼬をしょっぴいてきます」

 当たり前のように宣言する涼子に、白銀と結城は同時に苦言を呈す。

「待て涼子、なんでそいつを連れてくんだ。一応敵だぞ」

「涼子ちゃん、危ないことに首つっこむのはよくないよ」

「だいたい、お前じゃ鎌鼬の姿は見えないってことじゃねえか。お前は留守番してろ、俺が行く」

 涼子を制して立ち上がろうとするが、意に反して白銀の体は動かなかった。

「無茶言わないの。あなた、まだ薬が効いてるんでしょ」

「気合でなんとかする」

「私、根性論は信じないことにしてるの。心配しないで。結城さん、銀のこと、お願いします」

 引き留めるのをあっさり無視して、涼子は白刀を連れて歩き出す。心配しないでと言われても、いろいろな意味で心配だ。白銀としては、白刀をまだ完全には信用していない。

「結城、肩貸してくれ」

「まさかとは思うが、その体でついていくつもりか? 無茶だ。お前はとっとと病院に行け」

「傷はあらかたふさがってるし、薬はそのうち抜ける。医者の世話になる必要はない」

「はぁ……涼子ちゃんの無茶はお前ゆずりか。変な背中を見せるんじゃねえぞ」

 呆れかえったように溜息をつきながらも、結城は白銀に肩を貸してくれた。

 よたよたとついていく二人組を一瞥して、涼子は肩を竦めたが、何を言っても無駄だと悟ったのか、追い返そうとはしなかった。

 白刀の案内で到着したのは、駅の近くにある小さな公園だった。空はまだ明るいとは言っても、時刻はそれなりに遅いためか、公園に人はいない。あるのは、錆びたジャングルジムと、すべり台と、ブランコ。

 そして、ブランコの上に座っている、茶色い毛をした獣。細くしなやかな体躯、短い四肢と長い尻尾。それだけなら、普通の動物といったところだが、獣は鮮やかなエメラルドの瞳を持っていた。

 獣に向かって、涼子は、

「あなたを傷害の容疑で逮捕します!」

 ド直球でそう言った。

「せめて任意とかにしとけよ。令状ないぞ」

 白銀が呆れ混じりにツッコむと、「あっ、そうだった」と涼子は肩を竦めた。

「えーと、あなたが切り裂き魔だということは解っています。目撃者がいます。神妙にお縄につきなさい。自首するのよ、自首」

 涼子の呼びかけに、鎌鼬は鼻で笑った。瞬間、涼子が不機嫌そうに舌打ちした。

「ふん、何かと思ったら、無能な警察どもか。残念だが、警察に……いや、人間に俺を捕まえることはできないぜ」

 余裕の笑みを浮かべて、鎌鼬は嘲笑する。

「一応、聞いておくけど。なんで人を襲うわけ」

「理由が必要か? 人間同士だって、理由もなく傷つけあうような時代だ。異種を傷つけるのに理由なんか要らないだろう。強いていうなら、面白いからってとこだ。見えない攻撃に傷つき恐怖する下等な人間の顔を見るのが楽しいからだ」

「……あなた、最低ね。確かに、私も銀が傷ついて苦しんでいる顔を見るのは楽しいけれど」

「オイ」

「無差別に関係のない人を襲うなんて、言語道断ね」

 相変わらず、「どの口が」とツッコみたくなる涼子の言いぐさである。自分のことをあっさり棚に上げている。この悪癖は今に始まったことではないので、白銀は何も言わない。

「峰打ちでいいわ。とりあえず黙らせよう。いいね、白刀」

 涼子が手を伸ばすと、白刀は小さく頷いて、その手を握り返す。直後、白刀は刀の姿となって涼子の右手に収まった。

「……?」

 白刀の気配が変わった。背筋がぞくりとするような悍ましい妖気とは質が違う。もっと洗練された、研ぎ澄まされた、凛とした気配だ。どん底レベルの第六感を持つ白銀がそう感じるくらいなのだから、大きな変化なのだろう。

「記念すべき初陣、さくっとかっこよく決めなきゃね」

 気負いなくそう言って、涼子は駆けた。その瞬間、鎌鼬は獣の姿を消して、不可視の風へと変化する。涼子には見えないはずの風の刃、鎌鼬の本領発揮。しかし、涼子はそんなことでは怯まなかった。

「ド素人じゃあるまいし、そんな殺気立ってちゃ丸解りだから」

 さも簡単そうに告げて、刀を振り下ろす。

 なにかを引き裂くような音が響き、それに重なって鎌鼬の悲鳴が聞こえる。渦巻いていた妖気が弱まり、何も見えなかった場所から小さな獣が飛び出した。衝撃で変化が解けたらしい。

 ぼてっ、と地面に落ちた鎌鼬は、白目を剥いて口から泡を吹いている。何が何だか解らないうちに、鎌鼬は斬られたらしい。

 涼子は振り返って呑気にピースサイン。

「瞬殺。ぶいっ」

「ああ、うん……来なきゃよかった」

 白銀は疲れ切った声で感想を述べた。

 鬼が金棒を手に入れてしまった瞬間を目撃しただけになった。相手が実態のないただの風だろうがなんだろうがお構いなしに斬る、もはやチート級の切れ味。そんなとんでもない刀の付喪神を、よりによって、一番手に入れてはならない奴が手に入れてしまったのだ、と白銀は認識した。

「おい、涼子。その刀、本当に連れて帰るのか?」

「勿論! なんかもう、十年来の相棒の如くしっくりきてるの」

「一応そいつ、妖怪狩ってた犯罪者だぞ」

「白刀は道具よ、道具に罪はないわよ。悪いのは持ち主なの。さーて、さっさと帰ってご飯にしよっと。白刀の分もちゃんと用意するからね。白刀だって生きてるんだから、道具扱いは勘弁よねぇ」

 結局道具なのか道具じゃないのかどっちなのか。

 相変わらず、都合のいいこと、矛盾することを平気で言う。だが、屈託なく笑う涼子を見ると、もはや文句を言う気力も失せてしまった。

 なにはともあれ、これでようやく、切り裂き魔事件は正真正銘解決である。そう思った瞬間、白銀は疲労のままに眠りについた。

 その後、気を失った白銀を担いでいくことになった結城は汗だくになっていたという話である。



 三人の食卓で、涼子はにっこり笑う。

「さて、今回銀が、血液不足でたいへんに苦戦したことを鑑みて、今日の献立は銀のために頑張ってみました」

 テーブルの上に並んでいる料理は、鉄分豊富なメニューばかりである。涼子は一つ一つ指さして説明をする。

「えっと、これがレバーのガーリック炒め、これがほうれん草のソテーガーリック風味、そっちはひじきのサラダガーリックドレッシングかけです」

「異議あり!」

 ばん、とテーブルを叩いて抗議する。涼子はきょとんとしている。白々しい。

「なんでしっかり働いて疲労困憊満身創痍で帰ってきたところにニンニク三昧? ピーマン嫌いの子どもにピーマン三昧のメニュー押しつけるよりタチ悪ぃぞ」

「疲れた時にスタミナつけるならニンニクがいいってテレビでやってたの。私はみんなの健康を考えて献立を考えているの、黙って食べなさい」

「俺にとっては不健康要素でしかないんだよそれ!」

 ニンニクで死ぬことはないものの、気分は悪い。ものすごく悪い。無理矢理ピーマンを食べさせられた子どもよりも体調不良になること請け合いである。

「この仕打ちはあんまりじゃないか」

「仕打ちだなんて、人聞きの悪い。白刀は平気よねえ?」

「勿論! 全部美味しそうだよ!」

 無邪気に答えるのは白刀。

「はい、二対一で銀が悪い。大人しく食べなさい。嫌なら飢え死にして」

「くっ……食えばいいんだろ、食えば!」

 結局、つまらない意地を張って箸をつけてしまった。

 苦々しい顔で端を進めながら、ふと白銀は、隣の席に座る、新たな住人・白刀を見遣る。

 前の主に恵まれなかった付喪神。斬るための道具でありながら、斬る相手を選びたがるお人よし。

 涼子が白刀を受け入れた理由を、白銀は理解している。吸血鬼の首をいとも簡単に刎ねる力のある刀を、吸血鬼殺しを趣味とする涼子が見逃すはずもない。しばらくは闇討ちに気を付けよう、と白銀はひそかに決意した。



 数日後、結城から電話が来た。

『あの殺し屋な、お前を殺すよう依頼した奴についての情報を話したぞ』

 結城の報告に、白銀は思わず呆れてしまう。

「依頼人の情報を簡単に喋ったのか。守秘義務くらい守れよって話だな」

『こっちとしては素直に話してくれてありがたいがな』

「それで、俺を狙ったのは何者なんだ?」

『名前は聞かなかったらしい。ただ、特徴的な外見だったらしい』

 それから結城は、数秒沈黙したのち、告げた。

『お前と同じ、銀色の髪と赤い瞳を持つ、女だったらしい』

「……ッ!」

 その瞬間、白銀は憎悪を漲らせた。


 ――殺気立った様子で部屋で電話をしている様子を、ひそかに涼子は覗き見していた。

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