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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
2 吸血鬼は首を落とせば息絶えるか
21/51

11 おいしいとこだけ持っていけ

「ぎ、ゃあああああッ!」

 無様に悲鳴を上げ、見苦しくのた打ち回ったのは、ジャックだった。ジャックの右手首が撃ち抜かれ、拳銃を取り落した。

 何が起きたのか理解できずにいると、ぽすっ、と柔らかく頭に手を置かれた。

「はい、そこまで」

 その声は、紛うことなく涼子の声。

 顔を上げると、すぐ隣に、銃を持った涼子がいた。

「……お前っ、なんで」

「一之瀬涼子……!? お前は監禁して!」

 白銀が呆然とし、ジャックが唾をまき散らしながら叫ぶ。涼子のほうは涼しい顔である。

「お前がなんでここにいるっ、お前は」

「ちょっと黙ってて」

 まだ何か文句を言いたげなジャックの顔面に、涼子は膝をぶち込んだ。スカートから伸びる細い脚から、信じられないぐらい凶暴なニーキックが放たれ、ジャックは軽々と吹き飛ばされた。手負いとはいえ、こうもあっさり相手を黙らせてしまうなんて。こっちがどれだけ苦労したと思っているんだ、と白銀は唖然としてしまう。白銀の落胆気味の心境など露知らず、涼子は、

「あのねえ、一応言っておくけど。銀の脳漿なら私が何度かぶちまけてるけど、意味ないわよ。そんなんで殺せるなら苦労はないっての。仮にも妖怪ハンターを名乗るならもっとお勉強しましょうね」

 心底から呆れた調子で、相手の神経を逆撫でするような台詞を吐く。ジャックは応えない。応えられる状態ではない。

「あなた、銀を狙うのに私が邪魔だから、戦いの間遠ざけておきたかったんでしょうけど。私、つい先月あたり痛い目を見たばっかりだから、そういうのはきっちり警戒してたの。そう何度も何度も捕まってたまるかっての」

「涼子、いったいどういうことだ」

「聞きたい?」

「勿論」

「説明すんのめんどくさいわね……補給と説明、まとめてするか」

 言うが早いか、涼子は白銀の口元に人差し指を突きつける。意図を察した白銀は、涼子の指を銜えた。

 ぷつり、と牙で肌を突き破り、溢れだした血を舌で掬う。

「んっ……」

 数十日ぶりの涼子の血の味とともに、少し前の涼子の記憶が広がった。


★★★


 涼子は紅茶のカップを口につけた。しかし、紅茶を飲むことなく、そのままカップをソーサーに戻して、溜息をついた。向かい側に座る白刀は訝しむような、少し焦るような表情を見せた。

「……悪いけど白刀、私、今は特別警戒態勢絶賛実施中だから、この手のトラップにはそうやすやすとはひっかからないの」

「な、なんのこと」

「写真をわざと落として、私が目を離した隙に、薬を入れたでしょう」

「!」

 白刀は焦燥に目を見開く。何か言いかけるのを、涼子は唇に指を当てて制する。

「こんな手の込んだことをするってことは、ほんとのお目当ては銀の方かしら。私を人質にするつもりだった?」

「違うっ!」

 白刀は勢いで否定したが、すぐに気まずそうに目を逸らした。

「……ごめん、僕」

「どういうことなのか、説明してくれる? 事情によっては、協力してあげる」

「協力?」

「ええ。妖怪の問題を解決するのが、私の仕事だもの」

 白刀は戸惑っていた。今しがた自分を襲おうとした妖怪を相手に、協力だなどと言い出すのが、理解できなかったのだろう。だが、他にどうすることもできず、白刀は躊躇いがちに白状した。

「僕の主は、妖怪ハンターをやっていて、今回、白銀を殺すように依頼を受けたんだ。それで、そのためにまず、一緒にいる涼子を引き離しておく必要があるから、上手く呼び出して、監禁しておくように、命令されてた」

「ははぁん、成程ね。銀もねえ、方々から恨まれてるから、そろそろ殺し屋に狙われそうだとは思ってたけど」

 涼子は驚きもせず、能天気にそんなことを言った。仲間に対してあんまりな評価だが、それにツッコミをいれられる者はその場にいなかった。

 それから、少し考えて、にっこり笑って提案した。

「いいわ、協力してあげる」

「どういうこと?」

「要は、あなたたちが銀と戦っている間、私が邪魔さえしなければいいんでしょ。いいよ、邪魔しない、黙って見ててあげる」

「え? えっ? い、意味が解んないんだけど……」

「そのまんまの意味よ。これは一つの取引ね。私だってねえ、薬で眠らされたりスタンガンで気絶させられたりは嫌だもの、そういうことをしないでくれるなら、私もあなたたちの邪魔をしない。そういう取引」

「だ、だって、僕たちは白銀を……涼子の仲間を殺そうとしてるんだよ? なのに、僕たちに協力するの?」

「そうよ。まあ、あなたのご主人様はそんな話信じてくれないだろうから、予定通り監禁したということにしておいてね。私は見つからないように隠れながら、高みの見物してるから。ああ、私が帰らなかったらあいつに気づかれるかもしれないから、適当に遅くなるってメールしておかないと」

 涼子は白刀の返事も聞かずに、ぽちぽちとメールを作成する。『仕事が長くなりそうなので、今日は遅くなります。晩御飯の用意はしていないので、飢え死にしてください』――これでよし。使い終わったケータイを、白刀に渡す。

「ケータイは没収したことにしておいて。上手くご主人様をだまくらかすのよ?」

「い、いや、待って待って。どうして、涼子はそれでいいの?」

 白刀は焦っていた。白刀にとって都合がいいことにはなっているものの、それをそのまま受け入れるわけにもいかないのだろう。どう考えても、異常な展開だ。白刀は予想していなかったに違いない。

 だが、涼子にとっては、別におかしくもなんともない。いつも通りの思考回路から導き出された結論なのだ。この思考回路を他人が理解するのは難しいだろうが。

「まぁ、あなたに協力する理由は、二つかな」

 涼子は愉快そうに笑う。

「別に銀が死んでも構わないかなぁっていうのと、どうせあなたたちでは銀に勝てないだろうからどうでもいいっていうのと、そういう理由」

 どっちにしても酷い理由、矛盾する理由が二つ。

 そんな非常識な考えで、涼子は白刀に積極的に協力することにした。


★★★


「ん……っ、このド鬼畜が……」

 そろそろいいでしょ、と涼子が指を引っこ抜くと、白銀は涼子を軽く睨んで悪態をついた。

「自分だけは安全圏で高みの見物して、どっちに転んでもお前だけは損をしないようになってたのか!」

「まあ、平たく言うとそういうことになるわね」

 悪びれもせずに答える涼子に、白銀は呆れ果てた。心配して損した。

「それにしても、まあ、珍しく取り乱しちゃって。瞳孔開いてたわよ」

「っ! いつから見てたんだ」

「最初から」

 見られていた。不意を突かれて斬られたところも、全身ぼろぼろに切り刻まれたところも、首を刎ねられたところも、ブチキレて度を失っていたところも、恥ずかしいところは全部見られていた。羞恥で体が火照った。白銀は顔を真っ赤にして目を逸らす。

 いつもなら散々馬鹿にして大笑いしそうなところだったが、しかし、予想に反して涼子は笑わなかった。白銀の前にしゃがみこみ、いつになく優しく微笑んで、くしゃくしゃと髪をかき混ぜる。それはそれで恥ずかしいので、白銀は俯いてしまう。

「今回はさすがに悪いことをしたかなーって、五センチくらい思ってるの」

「それ、全長何センチ?」

「一光年」

 たいして悪いと思ってないじゃん、などと無粋なことは言わなかった。涼子の口から「悪いことをした」などという台詞が出てくるだけでも十分奇跡なのだ。

「じゃ、ちょっと待っててね」

 涼子は徐に立ち上がると、すぐそばで倒れている白刀の元へ歩み寄った。白刀は胸を撃たれてはいたが、弾が貫通していて、妖怪であるということもあって、さほど重症でもない。肉体的な問題より、彼の場合は精神的にきついのだろう。

 ジャックがしたことは、明らかな裏切りだった。

「白刀」

 ショックで呆然としていた白刀に、涼子は声をかける。白刀は視線を巡らせ、涼子を見上げた。

「涼子、ごめん、ね……」

「あなたが謝ることじゃないわ。私が勝手にしたことだし。気が向いたら銀に謝ってやってよ、それだけでいいから」

「でも……」

「それよりさ、あなた、私の刀にならない?」

「えっ……?」

 驚いて瞬きを繰り返す白刀に、涼子はうっとりした調子で続ける。

「私の刀になってよ。見てたけど、あなた、とても強いもの! あんな男の武器にしておくのは勿体ない。特に、銀の首を一発で刎ねたあたりが素晴らしいわ。私の手持ちの刀じゃ、ああはいかないもの。私、あなたの鮮やかな切れ味に惚れ惚れしちゃったの。私に乗り換えない?」

 涼子は、敵相手にスカウトを始めた。白刀は突然の申し出に戸惑っていたが、傍で聞いていた白銀にとっては、予想外でもなんでもないことだった。武器を愛する涼子が、優れた武器を見逃すわけがないし、不当に扱われている武器を放っておくはずもない。

「で、でも、僕は白銀を……」

「大丈夫、あいつは単細胞だから、すぐに水に流すわよ」

「誰が単細胞だ」

「だけど、契約が……」

「ああ、あの男に契約で使役されているってこと? 大丈夫、そっちは今すぐ片付けるから」

 そして、涼子は伸びていたジャックを叩き起こして、契約破棄を要求して恐喝を始めた。その光景は、極悪非道なジャックにすら同情を覚えるほど見苦しいものだったので、白銀は何も見なかったことにした。



「お前、いつになくぼろぼろだな」

 と、呆れ顔で言ったのは、妖怪対策係の結城刑事だった。壁に凭れて休んでいた白銀は、憮然として言い返す。

「窓際で暇しているお前と違って、俺は日々修羅場をくぐってるんだよ」

「減らず口がきけるってことは、割と元気らしいな」

 結城は苦笑した。

 恐喝がひと段落したところで、涼子は結城に連絡を取った。妖怪関連の事件の犯人は、結城に任せておけば問題ない。妖怪ハンターだとか正義だとか言っているが、要はただの殺し屋であり、妖怪相手でも勝手に狩ればただの殺人者だ。しばらくは豚箱にぶち込んで大人しくさせておくのがいい。「というかそのまま死刑になれクズ」とは涼子の感想である。

「ところで、問題があるんだがな」

 結城は困ったように頭を掻く。

「お前たち、一応、当初の目的は切り裂き魔を捕まえることだっただろう」

「ああ」

「あの男な、お前を殺そうとしたことや、過去に依頼を受けて妖怪を狩ったことは認めたが、高校生たちを襲ったことについては認めてない」

「はぁ? ここまで苦労したってのに、外れだったってのか?」

「苦労したっていうか、あなたは単に自衛のために戦っただけだから、別にあいつが切り裂き魔じゃなくてもそんな働き損みたいに言わなくったっていいんだからね」

 涼子は冷静にツッコミを入れる。言われてみればその通りである。

 切り裂き魔事件の捜査はまたしても振り出しかと思われたとき、「あの……」と白刀が躊躇いがちに声を上げた。

「僕、見たよ、切り裂き魔」

「……マジで?」

 予想外のところから落ちてきた手掛かりに、白銀は目を丸くした。

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