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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
2 吸血鬼は首を落とせば息絶えるか
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7 お疲れ様は未了フラグ

 ケータイから聞こえてくるのは、不満げな声。

『ったく、勝手に事件を嗅ぎまわって動いていて、面倒な後始末だけ丸投げするとは、いい度胸だな』

 電話の相手は、白銀の知人であり、彩華署刑事課妖怪対策係に所属する刑事、結城虎太郎である。結城の苦情に、白銀は苦笑する。

「悪かったって。でも、いいだろ? そっちじゃ苦戦しそうな相手だったのを、さくっと捕まえてやったんだから。民間人は警察に協力するのが義務だ」

『人じゃねえくせによ』

「言葉の綾だ」

『まあいい。黒木梓から被害届は出ていたし、犯人……髪切りは他の傷害事件についても自供している。後の処理はこちらでつけよう』

「ああ、頼んだ」

 連絡を済ませてから部屋を出て、階段を下りていくと、玄関では涼子が靴を履いているところだった。

「出かけるのか?」

 時刻は三時を回ったくらい。買い物だろうかと一瞬思うが、昨日行ったばかりだとすぐに思い出す。涼子は肩越しに振り返り、

「新しい仕事。これから依頼人に会ってくる」

 依頼が入っているなどという話は聞いていなかった。白銀が結城と話している間に、電話でもあったのかもしれない。

「仕事なら、俺も行くけど」

「話を聞くだけだから、とりあえず一人で大丈夫。それに、相手は知り合いだし。夕飯までには帰ってくるつもりだけど、長引くかもしれない。その時は連絡いれるから」

 手短にそう告げると、涼子はさっさと出かけて行った。

「毛倡妓の仕事が片付いたと思ったら、もう次の仕事か。忙しない奴だな」

 一応、妖怪の問題を解決するという仕事を始めたのは白銀であり、涼子はあとから手伝うようになっただけだ。それが、今では涼子の方がはりきっている。これでは立場がないな、と白銀は肩を竦めた。


★★★


 待ち合わせは、喫茶椋鳥。駅にほど近い場所にあるこの場所を指定したのは、依頼人である。店の前まで行くと、先に来ていた青年――白刀が手を振った。

「待たせてごめんね」

「ううん。急に呼び出したのに、来てくれてありがとう」

 白刀は穏やかに微笑み、涼子を中へ誘う。

 席につくと、オーダーを取りに来たのは、切り裂き魔の被害者だった葛だ。

「涼子さん。白銀さんから連絡をいただきました。犯人、捕まったんですってね」

 一昨日会った時はどこか不安そうな顔をしていた葛だが、今は影のない微笑みを見せている。

「ありがとうございました。これで安心です」

「私はたいしたことはしてないから」

「白銀さんも電話で、自分はたいしたことはしてないって言ってましたよ」

 似た者同士ですねえ、とくすくす笑ってから、葛は仕事を思い出して慌てた。涼子は紅茶、白刀はコーヒーを注文する。

 葛が店の奥へ消えると、白刀が驚いたように目を丸くする。

「すごいね、あんなふうに誰かから感謝されるって、涼子、さん」

「涼子でいいよ。あなたのほうがずっと年上でしょ?」

「え? 同じくらいに見えるけれど……」

 怪訝そうに眉を寄せる白刀に、涼子はさらりと言う。

「うん、でも、妖怪の外見年齢は当てにならないから」

「! 僕、妖怪だって言ったっけ?」

 白刀は少し動揺したようだった。本人の口からは何もきいていない。だが、妖怪とそれなりに長い付き合いをしている涼子は、なんとなく察しがついていたのだ。

「もしかしてさ、『白刀』って自分でつけた?」

「そ、そうだけど……」

「私と一緒に仕事してる奴もね、白銀って名乗ってるんだけど、これがまあ明らかに偽名なわけね。銀髪だから白銀っていう、割とまんまなネーミングだと思うんだけど。そうすると、あなたの『白刀』ももしかしてそのまんまなんじゃないかと、私は思ったわけ」

 だいたい、いくら空腹だからといって初対面の人間からパイを貰うという行動は、日本人らしくないし、もっというなら人間らしくない。妖怪だろうか、と思っていたらそれらしい名前を名乗られた。涼子は白銀と違って、妖怪の気配なるものは完全に感じることはできないが、言動の端々から感じる「妖怪っぽさ」を見逃さない、そういうコツのようなものを身に着けている。

「あなたは刀の付喪神でしょう」

「……すごい、正解」

 白刀は呆然と瞬きする。いきなり正体を言い当てられて、呆気にとられているようだった。それから、少し悔しそうにしゅんとして、

「やっぱり、安直なのかな、この名前。『九十九つくも』が百から一引いてるから『白』で、『刀』と合わせて『白刀』」

「綺麗な名前だと思うよ」

「そう?」

「うん。……さて、それで、そろそろ本題に入ろうか」

「う、うん。……前にお世話になったから、そのお礼がしたくて、涼子のことを探してたんだ……そうしたら、妖怪の相談所にいる人の名前が一之瀬涼子だって噂を聞いたから、電話したんだ。こんなに早く、また会えるなんて思わなかった」

「私も。突然で驚いたわ」

「それでね、お礼もしたいのはそうなんだけど……その、涼子が相談所の人だっていうなら、一つ、仕事を頼みたくて。ごめんね、急に呼び出したのに、その上仕事のお願いだなんて」

「構わないわ」

 涼子が笑って応じると、白刀は安心したような表情を見せる。

 葛が飲み物を持って来た。それぞれの前にカップを置いて、静かに戻っていく。

「それで、お願いしたいのは人探しなんだ」

 そう言って、白刀は鞄から一枚の写真を取り出し、涼子に手渡す。

 と、受け取る前に白刀の手から写真がこぼれ、ひらひらと床に落ちた。

「あ、ごめんっ」

 慌てて謝る白刀を制して、涼子は席を立って写真を拾い上げる。写っていたのは、黒い髪のつんつん頭をした男だった。見覚えのない人物だ。

「これが、探してほしい人?」

「そう……」

 涼子は写真を食い入るように見つめながら、紅茶のカップに手を伸ばす。

 ――カップに口をつけるその様子を白刀がじっと見つめていることに、涼子は気づかない。


★★★


 ケータイが鳴ったのは、午後四時半ごろだった。仕事も終わって暇になっていた白銀は居間で横になって、することもなくテレビを見ていたが、テーブルの上で騒がしくケータイが震えたので、億劫がりながら起き上がる。どうやらメールのようで、差出人は涼子である。

『仕事が長くなりそうなので、今日は遅くなります。晩御飯の用意はしていないので、飢え死にしてください』

 メールを読んだ瞬間、白銀はこめかみに青筋を浮かべる。そこは「夕飯の用意は冷蔵庫にあるのでレンジで温めて食べてね」と言うべきところではないのか。

「ったく、誰が飢え死にするかっての」

 確かに白銀は、いつもは炊事を涼子に任せっぱなしだが、だからといって涼子がいなくなったら即何も食べられずに飢え死にするかというと、そんなわけがない。冷蔵庫に卵の一つでもあれば、ゆで卵くらいなら余裕で作れる。ゆで卵ごとき、たいして威張れることではないのだが、白銀は偉そうに胸を張った。

 そして、冷蔵庫の中を確認したところ、卵はなかった。

「な、なぜだ……昨日買い物したばかりのはずなのに」

 白銀は愕然とする。よく見ると、冷蔵庫の奥の方に、卵の黄身の入った器が置かれていた。そこには律儀に手書きのメモが添えてある。

『黄身の醤油漬けを作っています。勝手に食べたら赦さない』

「っ……なんで卵を全部漬けてるんだ! これから毎日TKGにするつもりか!?」

 これではゆで卵にならない。せめて白身だけでも焼いて食べようかと思うが、白身は見当たらない。探してみると、ボウルに入った状態で冷凍されていた。こちらにも律儀にメモが添えてある。

『メレンゲ用』

「くそが……! 俺が卵料理しかできないと知った上での暴挙か、相変わらず抜け目がねえ……!」

 卵料理への道を断たれた白銀は愕然とする。他にも、かまぼこ、ちくわ等の生のままでも食べられる食材は全滅している。白銀は特に不器用と言うわけではないのだが、ゆで卵以上に複雑な料理の手順はてんで駄目なのである。

「ちっ……大人しくコンビニに行くか」

 諦めて肩を落とすと、再びケータイが鳴った。今度は電話で、相手は結城だった。

 髪切りの件で何かあったのだろうか。怪訝に思いながら電話に出ると、結城は慌てた様子で、

『白銀、ニュース見てるか?』

「なんだ、いきなり。ニュース?」

 白銀は早足に居間に戻り、チャンネルを民放のニュースに合わせる。

『……駅近くの路地裏で、高校生の男女五人が倒れているのを通行人が発見し、救急に通報が入りました。五人は全員、全身を刃物で切り付けられており、警察は傷害事件とみて捜査を進めています……』

「……なんだ、これ」

 刃物で切り付ける。まるで切り裂き魔のような事件だ。しかし、髪切りはすでに逮捕されている。切り裂き魔事件はもう終わったはずだ。今になって、髪を切るのとは比にならないくらい凶悪な、切り裂き事件が起きるなどとは、予想していなかった。

「どういうことだ、結城。髪切りが脱獄したわけじゃないだろ」

『そんなわけない。被害者の生徒たちの話によると、彼女たちが襲われたのは昼前だ』

「昼前っていうと、まだ髪切りを捕まえてない頃か」

『ああ、だが、髪切りはその件については容疑を否認している。自分がやったのは、あくまで六件の髪切り事件だけだと言っている』

「六件? 七件じゃないのか」

『いや、間違いなく、六件、六人だそうだ」

 白銀は戸惑った。黒木梓から聞いた被害者の人数は、彼女も含めて七人だ。髪切りがここでたった一件だけ嘘をついて否認する理由はない。となると。

「……そうか、花屋の花江か」

 思い出してみると、彼女だけは髪ではなく肩を切られていた。それを、犯人が失敗して髪を切り損ねたのだろうと思って、深く考えなかったが、それがまずかったのだ。

 切り裂き魔事件には、最初から犯人が二人いたのだ。そのうちの一人は、六件の事件を起こした、妖怪髪切り。そしてもう一人の犯人は、未だ野放し状態。

「花屋の娘のときは軽い怪我で済んだが、だいぶエスカレートしているな。被害者たちに犯人について話は聞けたのか?」

『ああ。気づいた時には一瞬で全身を切られていたそうなんだが、その時、近くに刀を持った怪しい男がいたらしい』

「怪しい男?」

 妙だな、と白銀は思う。花江は犯人の姿を見ることはできなかったという話だが、今回は犯人が堂々と姿を見せて犯行を行ったということか。

 そのひっかかりに答えを出すまもなく、結城は続ける。

『男は黒い髪で、二十代後半から三十代前半。服装は半袖のミリタリージャケットにジーンズ。妖怪か人間かは不明だが、刀を堂々と持ち歩いていることからも、ただ者じゃなさそうだ。気をつけろよ』

 そう警告を発して、結城は電話を切った。

 事件はまだ終わっていない。白銀は前髪を鬱陶しげにかきあげ、悔しそうに歯噛みする。

「くそ、昼前に駅の近くってことは、髪切りを張ってた時、すぐ近くに別の凶悪犯がいたってことかよ」

 もしかすると、あの時感じた強い妖気は、そいつのものかもしれない。

「……」

 白銀は少し考えてから、ひとまず涼子に、できるだけ早く帰ってくるようにとメールを出す。それから、転がるように家を飛び出して、とある場所に向かった。

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