3 二人で殺伐おでかけ日和
良いとも悪いとも言い難い、中途半端な曇天。彩華駅はほんのりと賑わっている。平日に比べてゆったりとしたスケジュールでバスがターミナルにやってきて、老若男女の客たちを、吐き出しては吸い込み、吐き出しては吸い込む。駅前にある店々にはぽろぽろと客が入り、駅ビルは昼食の買いだしに来たと思しき客がぞろぞろとひしめいている。
「それで、どういうルートで行くんだ」
あまり細かい予定を立てずに駅までやってきた白銀は、スケジュール管理をきっちりやっているであろう涼子に意見を求めた。案の定、涼子はピンクのスケジュール帳にちまちまと分刻みで予定を書きこんでいた。
「えっと、今日行くところは四件。まずは生花店『フローラルタチバナ』でマーガレットの鉢植えを買って、『喫茶椋鳥』でランチ、その後『アルメリア』と『ときわ』でお土産にお菓子を買って帰る予定」
「お前何がメインか解ってるよな?」
「買い物」
「聞き込みだ!」
真顔で即答する涼子にすぐさまツッコミを入れる。目的はあくまで切り裂き魔事件に関する話を聞くことであって、買い物はついでである。
「だって、話を聞くのは銀でしょ? 私はその間に、売り上げに貢献してるの。何か問題でも?」
「お前が依頼を引き受けたのに、結局俺に丸投げするつもりか?」
「私はあくまで銀の意向を代弁したに過ぎないから。私の発言はだいたい銀の発言として扱って問題ないわけよ」
「問題大アリだろ」
「別にいいでしょ。この仕事を引き受けたこと自体に何か文句でもあるの? どうせ受けるつもりだったでしょ」
「それは、そうだが」
「じゃあ細かいことをぐちぐち言ってないで、私に花を買ってちょうだい」
「お前、花を愛でるような健全な性格してな、」
最後まで言い果てないうちに、涼子は白銀の足を踏みつけた。ヒールで小指の付け根あたりをピンポイントで狙った凶悪ステップはさすがである。
ロータリーを挟んで駅ビルの向かい側には三棟からなる施設が鎮座している。駅とペデストリアンデッキでつながっているビルがメインとなっている六階建ての建物で、一階が食料品、二階から四階が衣料品等の専門店街、五階と六階が生涯学習センターというつくりになっている。用があるのは、一階に入っている生花店「フローラル・タチバナ」である。
緑の葉と色とりどりの花々に囲まれて、紺色のエプロンをつけた女性店員が一人いた。店に入るなり、涼子は本当に鉢植え選びに集中し始めてしまったので、白銀は溜息交じりに店員に近づいた。
「花江さん?」
名前を呼ぶと、女性がはっと顔を上げた。ショートカットの黒髪に、どちらかといえば童顔な部類に入りそうな顔をしている。
「黒木梓の依頼で、切り裂き魔について調べてる」
「ああ! ってことは、あなたは噂の吸血鬼ね」
怪訝そうにしていた花江は、梓の名前を出すと得心して手を打った。
「聞いたことあるよ。すごく頼りになる人だって、知り合いの蜘蛛が噂してた」
「またあいつか。まあ、人じゃないけど」
「言葉の綾よね。それで、切り裂き魔だっけ?」
「被害に遭ったんだって? お前も髪を切られたんだな、確かにひどいことになってる」
梓のときはいまいち解らなかったが、花江の場合は解りやすかった。右と左で髪の長さが違っている。ずいぶんと雑に切り裂かれたらしいな、と思っていると、花江は苦笑した。
「うん、これ、元からね」
「……」
「馬鹿か」
すぱーん、と後ろから涼子に頭を叩かれた。
「あなた、アシメも知らないの? ちょっと黙ってなさいよ。馬鹿でごめんねー、こいつ救いようのない馬鹿なの、気にしないでね」
アシメだかアセモだかは解らないが、なんにしても今のは完全に白銀が悪いし弁明の余地はない。涼子は白銀の頭に手を置いて無理矢理頭を下げさせたまま、花江と話を続ける。
「あなたが被害に遭ったときのこと、教えてくれる?」
「ええ。私が切られたのは、今週の月曜日。仕事が終わって、帰る途中だったから、午後八時半くらいかな。店を出て、駅へ向かうほんの数メートルの間。周りにはふつうに仕事帰りの人とかが歩いてるし、このへんは夜でも明るいから、危ないことなんてない気がするでしょ? でも、気づいたらスパってやられてたの」
「犯人は見た?」
「いいえ。すぐに周りを見たけど、近くには誰もいなかったの」
「どこを切られたの?」
「肩のあたりを、ちょっと」
花江は左の半袖を少し持ち上げる。その下に、白い包帯が見えた。
「まあ、全然、仕事に支障があるとかじゃないんだけどさ、でも怖いでしょ? 梓なんかは大事な髪を切られてこの世の終わりみたいに言ってたから……早く捕まるといいね」
「任せて。必ず踏み潰してくるから。あ、それから、この鉢植えをちょうだい。支払いはこいつが」
ちゃっかり選び終わっていた小さな鉢植えを出して、財布は出さない。白銀は渋々財布を出して鉢植えを購入する。
白く小さな花はいかにも「可憐」といった具合で、これほど涼子に似合わない言葉はないだろうに、と白銀は失礼なことを考える。それが顔に出ていたのだろうか、全部見透かしたように、涼子は不機嫌そうに白銀の向う脛を蹴り飛ばした。
★★★
喫茶店は、別に特定の客層に限定しているわけではないものの、主に利用するのは、一人客か、カップルか、女性同士とだいたい相場が決まっているようなイメージだ。そんな中、若い男が二人という組み合わせはそれなりに珍しいらしく、周りの客がちらちらと窺っている様子であることに、ジャックは気づいていた。しかし、それに殊更に反応したりはしない。気づかないふりをして、大人しくしている。
向かい側の席に座る青年・白刀は、不機嫌そうに紅茶を飲む。漆黒というよりは若干茶色みがかったくせっ毛、ラフなパンツにTシャツ、薄手の長袖シャツを羽織った装いは、どこかの大学生のような雰囲気を出している。が、実際には、大学どころか高校にも行っていない。
「なんだ、不景気な面をして。食いたいものがあるなら頼んでいいぞ。仕事前だ、がっつり栄養を摂っておけ」
「食欲がない」
「男のくせに、食が細い」
「あんたはよくそんなにがつがつ食えるな」
ジャックの前には大盛りのカレーライスが置かれている。
「これくらい、普通だろう?」
「普通? あんたは普通じゃないよ。普通だったら、殺人の前に食事なんかできるもんか」
「人じゃねえ、相手は人の姿をした悪魔さ。害悪でしかない。害虫駆除に理由がいるか?」
馬鹿なことを言うな、とジャックは笑う。
「もしかして、ずっと物置にぶち込んでたのを怒ってるのか? 仕方ないだろ、最近は仕事がなかったんだから」
「別に、そんなことで怒ってるわけじゃない。いっそずっと埃かぶってたってよかったくらい」
「反抗期か? それとも思春期か? 仕事がいやなんだろう」
「僕はずっと、いやだっていってるだろ」
「馬鹿馬鹿しい。殺人道具のくせに、なにを感傷的になってやがる」
ジャックの言葉に白刀は明らかに気分を害したようで、やや乱暴にカップをソーサーに戻す。
「お前がどう思っているかは知らないが、所詮、斬るしか能のない妖だってことを、いい加減自覚しろ。こうやって使われる以外に、お前に生き方があるのか?」
「そりゃ……確かに斬るしか能はないけど。斬るにしても、相手は選びたい」
「仕事ってのは相手を選ばないものだ。それともお前はあれか、傷つけるために斬るのと守るために斬るのは違うって考えてるクチか? あんなのは綺麗ごとだ。理由が何だって、『斬る』は『斬る』だ」
「もういい。あんたと話してると気分が悪くなる」
白刀は不愉快そうに席を立つ。
「どこへ行く」
「どうせ、あんたそれ食べるのに時間かかるだろ。待ってる義理はない」
「すぐ仕事だぞ」
「ターゲットの場所もまだ解ってないくせに」
そう言われると、確かにそうだ。彩華町に写真の相手がいることは聞いたが、そこから先は自力で見つけるしかない。そして、ジャックはまだ見つけていない。腹ごしらえの後はまず聞き込みから始めなければならない。
「斬るしか能のない奴の出番じゃないだろ」
そう皮肉を言って、白刀は先に喫茶店を出て行ってしまった。
「……まあ、子どもじゃねえしな」
必要な時に手元にあればそれでいい。ジャックは特に気にせず、食事を続けた。
殺人の前だろうがなんだろうが、カレーは普通に、美味しい。




