10 カーテンコールで意趣返し
「新聞見たよ。犯人捕まったって。ありがとう」
前に会った時よりも穏やかな顔をして、雲居は礼を言った。
「あとは、言われた通り、法の裁きを待とうと思う」
「ええ、それがいいわね。もう蜘蛛たちも安泰ね」
涼子はにこにこ笑ってそう言うが、犯罪者が一人消えたからといって蜘蛛たちの平穏が約束されるかと言えば、そんなことはないはずだ。が、それをこの場で言って水を差すほど空気の読めない吸血鬼ではないので、白銀は黙っている。
「今回は、いろいろと世話になった」
「また何かあったらいつでも頼ってね。復讐以外で」
いろいろと予想外の問題は起きたものの、雲居の依頼は無事に果たせた。雲居は満足して、依頼料を払って帰って行った。これで一件落着か、と白銀は息をつく。
「お前、もう具合はいいのか?」
訊くまでもなく大丈夫なのだろうとは思いつつも、一応礼儀として訊いておく。涼子は快調そうにサムズアップ。
「全然大丈夫。置き薬も侮れないわね」
体調不良のところを誘拐されるという、体にかなり負担のかかる経験をしてきた涼子だが、そんな問題は最初からなかったかのように、今はぴんぴんしている。頑丈なものだと白銀は感心する。
「あなたこそ、腕は大丈夫なの」
「ああ、問題ない。強いていうなら服をまた駄目にしたのと、貧血が悪化したことの方が問題だ」
調子に乗って、思い切りよく腕を落としたまではまあいいのだが、腕は再生しても当然服は再生しない。もっとも、服はそもそも燃やされてしまっていたから、結局再起不能だったという点では変わりないのだが。貧血の方は、普段から慢性的に貧血だというのに、腕を落としたときにそれなりに血を流したことでさらに血液不足になったという、格好つけた割には何とも間抜けな話である。
「でも、私の血を飲んだでしょう?」
「飲んだったって、落ちてたのを一滴舐めただけじゃねえか。完全に赤字だ」
「じゃあ、今回いただいた報酬で、鉄分補給飲料を買ってあげる」
鉄分補給飲料より手っ取り早く血が欲しい。白銀は不満全開の目で涼子を見るが、涼子は白銀の希望など気づかないふりをして笑っている。
涼子のガードが固いのは今に始まったことではない。白銀は素直に諦めて、溜息をついた。
「まあ……何はともあれ、万事解決したし、よしとするか……」
ニュースや新聞では、滝野瑞穂についてさまざまに報道されている。判決が出るまでは、本当に何もかも解決、とは言い難いのかもしれないが、できることはやったし、依頼人は満足した。上々の結果であり、これはもう解決を祝してもいいところだろう。白銀は感慨深げに頷く。
が、
「あら、まだ解決してないことが残ってるでしょ?」
涼子が白銀の感慨に水を差すように告げる。
「……? まだ何か、残っていたか?」
思い当たる節はない。怪訝に首をかしげていると、涼子はそっと白銀の肩に手を置いて、次の瞬間、肩がもげるのではないかと思うほどの怪力で握りしめた。
「いっ!?」
骨が軋む。ぎしぎし軋む。白銀は文句を言おうと口を開きかけたが、目の前にある涼子の不穏な笑顔に口を噤む。
「銀……滝野瑞穂がどうして私を狙ったのか……その理由に私が気づかないとでも思った?」
「う……」
巧妙に話題を逸らして、涼子に細かいことを考えさせないようにとしていたが、やはり気づかれたようである。ノリと流れで「全部解決」と言っておけば誤魔化せるのではないかと、一瞬でも期待したのが愚かだった。
涼子は無事だったが、それはあくまで結果論。危機に陥った事実は覆しようもない。そして、一番悪いのは勿論滝野瑞穂なのだが、原因の一つであるのは白銀の不用意な発言である。
ぎしぎしぎしと、骨が軋む。ものすごく軋む。
「痛い痛い痛い! ちょっと待った、痛いですよ涼子さん!?」
「大丈夫、怒ってないから」
「怒ってるよな? ものすごく根に持ってるよな?」
「とりあえず、風呂場に行こうかしら」
「やめてその血が処理しやすそうという理由で選んだとしか思えない目的地!」
「うふふふふふっ……」
にこにこどす黒い笑みを浮かべながら、涼子は白銀をずるずる引きずっていく。
その日、あたりには女の不気味な笑い声と男の断末魔が響き渡っていたとか、いないとか。




