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歌姫は40歳  作者: 甘味園
8/9

その一 ハードロックは辛くない? (8)

あけみはもう、どこをどうやって走ってきたのか覚えていない。

黄色の信号が赤に変わったのを見届けても構わず交差点に突っ込み、

バックミラーなんてただの一度も見ないで、とにかく前だけをみて車を走らせた。

やっとの思いで駐車場に滑り込む。

あー、スコールライブハウスって、目の前が駐車場でほんとにラッキー!

あれから鉄はずっと起きていた。

あけみの運転をジェットコースターに乗ってる気分で楽しんでいたみたい。

ずっとニコニコして車に乗ってた。


「あけちゃん、かっこよかったよ〜」と

ニッコリ微笑む鉄。

あのね、私はボーカリストなの。かっこよくならなきゃいけないのは今からなの。

と思ったあけみだが、

「サンキュー。」と微笑み返した。

「鉄はどうする?」

「うーん。俺まだ眠いし。ここで待ってる。」

確かにね、そのほうがあけみだってありがたい。下手にライブ見に来られてもね。


っていうか間に合ってるんだろうか。

車走り出したと同時にアキラにはもうすぐ着くと連絡はいれてある。

でもそれからまた携帯の電源は切りっぱなしだったからようすはわからない。

出番はもう7分過ぎている。

でも、前のバンドが押してる可能性もあるし...。

あ、でもあのイベンター意外に時間きちんとしてるんだよなぁ。

と思いつつ、あけみは黒いゴルフのドアをバタンと閉めると、

鉄をひとり助手席に残したまま、駐車場からライブハウスへと走った。


血相を変えてドアに突進する金髪ミニスカートのあけみを見て、

ドアの前でたむろしていたグループもあわてて道をあける。

受付にはいった瞬間に、中からの演奏が聞こえて来た。

ツードットカッドットッタッツ......ツードットカッドットタッツ.....

あの印象的なドラムから始まって、

エアロスミスのWalk this wayのイントロのリフだ。

ダガダガッダガッダダッダン...ダガダガッダガダッダッダン...

くう−!アキラ、きょうもいいベース弾いてるなぁ。


ずっと同じリフを弾いてる。

シャッターが開いてる間、ずっとこのリフを弾き続けるつもりなのかも。

わ、ステージ登るの間に合いそうにない....!

どうしよう???

とあけみが青くなっていると、小声で

「オフクロ!」とよぶ声がした。

「太郎...」

「はい、これ。」

太郎がそっと手渡してくれたのはワイヤレスマイク。

「え?」

「これ、あのオールバックの長髪のお兄さんが、もうすぐ来るお母さんに渡してくれって。」

あのイベンターのお兄ちゃんが....? なんであいつ太郎が私の息子だって知ってるわけ?

と思ったが、あけみには今考えているひまはない。

アキラが演出を考えてくれたに違いない。なかなかやるじゃん!


ゴールドのマイマイクはミニスカートのお尻のポケットにつっこんで、

あけみはワイヤレスマイクを握った。

重い二重ドアを開けて、中にはいる。

ドラムとリフの音がバーンと大きく聞こえてくる。

ステージを見ると、シャッターはほぼ全開まで上がりきっている。

あけみは人ごみを掻き分けて、前の方に出た。

メンバーの誰かが気がついてくれることを祈りながら手をあげてワイヤレスマイクを大きく回す。

けど、ステージにいるメンバー気づいてない...。更に必死に前に進んでいる途中で

前のほうであけみに気づいたイベンターのお兄ちゃんがステージに合図を出しているのが見えた。


と、いきなりボーカルがはいる直前のキューになるギター音がはいった。

"Xxxxxxxxx"

客席のど真ん中であけみはいきなり歌い出した。

回りがワッとどよめく。

あけみは気にせずそのまま客席の真ん中を通ってステージにかけあがる。

口笛を鳴らす男、手を叩くおじさん、客席はいきなりの盛り上がりを見せた。

ステージの上でアキラとアツキヨにめくばせするあけみ。

全員がほっとした表情だ。

あけみは思い切り高いテンションで歌い続ける。汗が飛ぶ。

一曲終わったところであけみは叫んだ。

「Welcome everyone! 今宵限りのユニット、ローリングスミスのライブへようこそ!」

客席からの拍手と口笛を聞きながら、あけみは思い切り恍惚の一瞬を迎えていた。






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