その一 ハードロックは辛くない?(4)
「オフクロって言わなきゃ、あんたは私の年下彼氏に見えるんだから。」
と古臭い喫茶店にはいったあけみは椅子に座りながら言った。
息子太郎は真顔で
「いや、見えないと思う。」
「なら、なにに見えるっていうのよ?」
あけみはイライラしてきた。
「息子。隠さなくたっていいでしょう。」
「だめなの!イメージってあるんだから!」
「そりゃね、オフクロがもう少し若ければイメージ気にしたほうがいいと思うけど、40にもなったらもういいんじゃないの?」
全く本当ににくたらしい奴。
と思いながら、あけみはため息をついた。
とっさに太郎をひっぱって喫茶店にはいってしまったけれど
ふたりで特にやることもないし...。
話題もないし。
あけみは昼間はテレフォンオペレーターをして働いてるし
夜はスタジオにいることが多い。
大学生になったばかりの太郎もコンビニでバイト始めたし、
やっぱり忙しい。
ふたりで家でゆっくりすごすことなんかないから、
全然共通の話題がなかった。
太郎は小さいときからほったらかされて大きくなったから
すごくしっかりしてる。
少なくとも母親よりもずっとね。
ちょっとすっぱいコーヒーをふたりで黙って飲んでいると
あけみの携帯が震えた。
電話。鉄からだ。
なんだろうこんな時間に?きょうはライブだって言ってあるのに。
たまには彼氏らしいことする気かな。
ライブききにくるって言うのかな?
「はい。」
「あけみ?いまどこ?」
「スコールライブハウスのそばだよ。もうすぐライブだもん。」
「あ、そっか〜。じゃ、いいや。」
「じゃ、いいやってなによ?」
「俺さあ、いまガソリンいれようと思ってスタンドに来たんだけど、ガソリンいれてから金持ってないことに気が付いちゃってさぁ。」
「は?」
「でもライブ前じゃね、いいよ。」
とは言ってるけど、鉄はここであけみがあ、そう。バイバイと電話を切れる女じゃないことを知っているのだ。
舌打ちしたい気持ちになりながらあけみは
「なに?どこにいるの?」
「xx駅の裏のスタンドなんだけど。遠いからこられないよな。」
そんなふうに言われると、なんとしてでも言ってあげたくなるのがあけみの悪いところ。
「わかった。じゃあちょっと待ってて。いまいくから。」
「え、でもスコールの駅からじゃ30分くらいかかるぜ。」
そんなことはわかってるわい。
さっさと電話を切ってあけみは伝票をつかんだ。
「ごめん、ママちょっと出かけなきゃ。」
「またあいつの呼び出し?いい加減にしたほうが良くない?」
太郎の言うとおり!と思ったけど、自分でもどうしようもないあけみなのだ。
「うん。今日だけ。もう行かないよ。」
「っていうか、オフクロ、出番に間に合うの?」
「当たり前じゃん。大丈夫。客席で待ってて。」
心配そうな太郎を残してあけみは駅まで走った。
出番まではあと一時間半。
往復一時間で行って来られるんだから大丈夫。
駅についたらちょうど電車がすべりこんできた。
あけみは10歳年下の彼氏のガソリン代を払いにいくために
電車に飛び乗った。




