真実の愛は金よりも価値があるって本当ですの?
久々の投稿です。少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。
「貴方は本当にかわいそうな人だ。金がすべての世界など空しいだけなのに」
私の名前はアリア=グラスローズ
この国でも指折りの名門であるグラスローズ伯爵家の三女である。
グラスローズの家名はこの国では特別な異名を持つ。それは商人上がりの一族であるということ。かつて私の祖先は有り余る商才で貴族の位を手に入れた。
以降、貴族の品位を金で買ったと貴族たちから蔑まされてはいるものの、その商才は子孫である我らに引き継がれており、金という一点においては国指折りの資産家なのである。
さて、そんな私はブルーライ子爵家に嫁ぐことになった。お相手はその家の長男ロック=ブルーライ様だ。
何故、資産家で高位の令嬢である私が下位である子爵の家に嫁いだのか?
そこはブルーライ家の将来性が見込まれたからである。ブルーライ家は領地に山を持っている。そして近年の採掘技術の発達により、将来有望の資源が豊富に眠っていることが発見されたのだ。
そして、ブルーライ家の山に近い他領土も開発に有望だということが分かったものの、その他領土の山々から各都市に向かうルートは地域的にブルーライの管轄する村を通る必要がある。
それはつまり、そのブルーライの村は今後将来発展する可能性があるうえ、他の家が周辺の山々から資源を発掘して、町に向かおうとすると村を通る場合そこに通行税をかければ莫大な資産が手に入れることができるのだ。
そんな資産価値に気づいたグラスローズ家は電光石火で己の三女と長男の縁談をまとめ上げ、婚約を結ばせたのだ。
そういう背景から私アリアはブルーライ家に婚約者として嫁ぎ、正式結婚前で異例ではあるがブルーライの屋敷で暮らすこととなり、家から連れてきた優秀な部下を引き連れ、早速ブルーライ家の経営を見るようになった。
もとより今までその価値を知らず暮らしていたブルーライ家は商売について非常に疎く、財政や事業は私が主軸として動くこととなったのだ。
その結果、私の立場は新たな女主人といえるようになった。
さてさて、そんな忙しい生活を過ごす私にある日、ブルーライ家の長男ロック様は突如同い年くらいの赤毛の気が強そうな顔立ちの女性とともに現れ、私アリア=グラスローズに婚約破棄を申し出たのである。
そこで私が居なくなった際の損失や問題について説明したところ飛び出たのが冒頭の
「貴方は本当にかわいそうな人だ。金がすべての世界など空しいだけなのに」
という発言である。
「かわいそう?空しい?」
意味が分からず目をぱちくりさせる私。
「ああ、世の中金は確かに大事だ。でも、本当に人として大事なものは別にあるんだ。それが心だ」
この方はいきなり何を言い出したのだろう?冗談で私の心を慰めようとしているのか?ソファーに座る私の前でロック様が重々しく、隣の女性が睨みつけているという現状で何故貴重な時間を使って冗談を?少し混乱する私。
「いまいち話がつかめないのですが?商売において心が大事なのは認識していますわ。相手の気持ちを理解し、望むものを把握するのは商売の基本ですからね」
「そうじゃないんだよ。アリアさん。心が大事というのはそういうことじゃないんだ」
憐れむように説得する彼の言うことがまったく理解できない。
「いいかい。君のいうお金があっても本当の愛を買うことができないんだ」
「はて?さすがに私もお金があればこの世の全てが何でも買えるなどと思いませんわ。しかしお金があれば衣食住満ち足りて、不自由なく暮らせますでしょう。お金があることは、幸せにつながる。ひいては自分や大切なものを幸せにすることもできる。幸せを求めるためにお金を求めるという行為は愛と呼ぶべきものではないのですか?」
「やはり君は可哀そうだ。お金よりも大切なものがこの世界にはあるというのに」
「命ですか?」
「違う!そうじゃない。金がすべてという価値観が間違っているんだ」
はて?この方は何を言っているのでしょう?困惑する私に先ほどから怒り顔で黙り込んでいた女性が声をあげました。
「あんたね!この家とロックが苦しんでいるのが分からないの!?」
「私の名前はアリア=グラスローズですわ。あんた呼ばわりは失礼ですわよ」
「そんなことどうでもいいのよ!いい?あんたの金儲け主義がこの家の皆を苦しめているのよ!」
「はぁ?」
「とぼけた顔してごまかさないでよ!つい先日までこの家はすごく裕福というわけではなかった。けどそこには幸せはあったの!なのにあんたが家に来てから一変した。何もかも合理的という言葉でがんじがらめにして虐待したせいで使用人達も何人か辞めて、笑顔も消えたわ!」
「虐待とは人聞きの悪い。仕事のルールを守り、効率よく働くよう指示を出しただけですわ。だって・・・」
「言い訳は結構よ!いずれにせよあんたの家がやってきたせいで、この家はぐちゃぐちゃになったの。いい?私はね・・・ロックと関係を結んでいるのよ!」
そうそう、この家の近所に住むダイアナさんでしたっけ?その彼女がにやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。しかし・・・
「それで?」
「・・・え?」
「あなた方が肉体関係を持っているなんて、とっくに知っていますけど」
驚く2人。何をそんなに驚いているのかしら。まさかあれで隠しているつもりだったのでしょうか?
「な、なんで?」
「はい?」
「何で知っていたのに何も言わないの?」
「?だって、娼婦というのはそういうお仕事でしょう?あなたは溜まった性欲を受け止めて、代償に金をもらう。ええ、感謝しているわ。多忙な私の代わりに処理のお手伝いいただいて」
「ふざけないで!私は娼婦じゃない!」
「だったら何かしら?」
「私は彼の恋人よ!幼馴染でずっと彼と一緒に歩んできたの。本当は私が彼と結婚するはずだったのよ!だけど、あんたがやってきて変わった。全部金儲けのためにね!」
ふむ、飲み込めてきました。
「つまり、私はこの家に不十分。次期当主であるあなたとこの家の皆様方は私との婚約を望んではいない。だから破棄したい。とそういうことでよろしいの」
「そうよ!」
「あなたに聞いていません。私はロック様に聞いているのです」
なにかキーキーと鶏のようにわめくダイアナ様を無視してロック様に問いかける
「ああ・・・あなたには本当にすまないと思っている。だけど僕にダイアナは幼馴染でずっと楽しい時も辛い時も一緒で苦楽を共にしてきて仲良くやってきたんだ。この家も裕福と言えないが、うまくやってきていた。そこにはお金はないが、愛が、真実の愛があったんだ」
「・・・はぁ」
いつになく熱く語りかけてきたロック様。いつも経理や運営の専門的な話をすると“そういうのはわからないから任せるよ”と言葉少なめなのに。
「それに君は僕のことを男と見ていないね。いつも君は合理性という正論でしかものを言えない。確かに正しいだろうさ。でもね正論という言葉で人の気持ちを封じられる相手のことを考えたことあるかい?君には愛がないんだ。人を思いやる愛がね!だから!僕はたとえ貧しくとも男の誇りと真実の愛をとる・・・!」
しばらくうだうだと何かを言ってましたが、私は頭の中で計算を行い・・・
「・・・構いませんわ」
損益を考え、結論を出した
「え?」
「かまいませんと言っています。まだ結婚手前ではありますが婚約段階、婚約解消をいたしましょう。実家と父には私から申し出ておきます」
「ほ、本当にいいのか?」
「何かご不満でも?」
「あとで莫大な慰謝料でも吹っ掛けるつもりじゃないでしょうね?」
失礼なことを言うダイアナさん。
「いいえ、流石にかかった諸経費くらいは請求しますが、常識的な範囲のつもりです。詳しいことは後で正式に打ち合わせましょう。他に何か聞きたいことは?」
何か戸惑う2人。ああ、思いのほかスムーズにいったからかな?
こうして私は父に今回の話を申し出て、ため息をついて文句を言っていたが承諾。私は婚約解消し、再び実家に舞い戻ることとなったのだ。
そして、かつて離れた使用人戻ってきてブルーライ家はかつての落ち着きを取り戻したのでしたとさ。めでたしめでたし。
・・・とはいかないのでした。
1年後
自室の机に座り、仕事の書類とにらめっこをしていたところ、メイドのメリッサが手紙を持ってきた。差出人は懐かしき名前。
「あらあら、これはいまどうしているのかしらね。確か・・・そろそろ・・・ちょうどいいわね」
私は来訪承諾と日時の指定をした手紙を書いて、メリッサに投函を指示した。
こうして私は1年ぶりにかの地に足を踏み入れるのだった。
私が再び訪れたブルーライ家の屋敷。
入った瞬間、負の空気を感じた。何か大きく変わったわけではない。しかし、節々に荒れた形跡と働く人の顔が暗い。私も商人の端くれ。こうした空気を何度か経験している。それは切羽詰まった・・・“破産”の空気といえるものだ。
そして、皮肉にも再会した場所は別れを告げられた応接室。前より薄汚れてくすんでいるようだ。何よりロックさんとダイアナさんの顔は前に比べやつれて憔悴していた。
「アリア・・・これ以上、我が家への嫌がらせを止めてくれないだろうか」
何を話してくれるのかと思いきや。開口一番これである。
「いやがらせ?なんですかそれ?」
「白々しい!今や我が家は君の家の嫌がらせによって風前の灯火なんだ。父も母も過労で倒れて・・・!婚約解消時にして、禍根を残さないと契約書に記載したじゃないか!これ以上嫌がらせをするようならば契約違反として正式に訴えさせてもらう!」
「わからないのですが、なぜ私の家が嫌がらせをしたことに?何か証拠でも?」
「証拠は君たちの家が巧妙に隠しているんだろう!君と婚約解消してから目に見えて金の動きが悪くなった。偶然ではないだろう!」
「はぁぁ・・・証拠もないのに思い込みだけで訴えね。本気ですか?時間と労力の無駄ですわよ」
ぱたぱたと扇子を仰ぐ私に2人は何かこらえるような顔で私を睨みつける。
「・・・・よ」
「はい?」
「ふざけるんじゃないわよ!そうやって証拠がないからって白々しい真似して!あんたの仕業だってわかってるのよ!大方私から婚約者を奪われて嫉妬してその仕返しってところでしょう?どこまで陰湿なのよ!」
「そうだ。君には悪いと思っている。だけど君も納得して契約書という書面にサインまでしてくれたじゃないか。いくら恨んでいるからってこんなマネひどすぎる」
怒りに顔を染め、テーブル越しでなければ胸倉をつかみかねない勢いだ。
背後にたたずむメイドのメリッサが無言で一歩前に進む。元騎士にして現私専属の護衛侍女である彼女が敵意に反応したのだ。もし、もう一歩彼らが私につかみかかろうとすれば彼女は容赦なく制圧するだろう。
暴挙に出る可能性があるかもと連れてきたメリッサがいるので安心して言葉を紡ぐ。
「大変な目に合えば、わかりやすい原因を作りたくありますわよね。では一つずつ勘違いを質していきましょう」
指を一本立てる。
「まず、私に恨みなどありません」
「嘘よ!見下していた私に男とられて、大きな金儲けの話がパーになったから恨んでるんでしょう!?守銭奴のあんたからすれば屈辱でしょうからね!」
・・・恨みなどないと言っているのに・・・話を続ける。
「次に、この家の事業の商売は大きくはあれど、私が輿入れするほどの規模ではありません。結婚というのは我が家にとっても重要な交渉カードの一つ。この家の鉱山関連の利権はおいしいですけど、私が結婚するほどの規模ではないんです」
「嘘を言わないでくれ。今回の結婚は祖父の縁を使って無理やり結んだものだろう!」
「ええ、うちのおじい様があなたのおじい様に個人的な借りがある。だからこその婚姻でした。この家の方々は商売や法律に関してあまりに無知でいらっしゃる。海千山千の商売人やその利権を狙う悪徳商人が狙われたら丸裸にされてしまうかもしれない。それを憂いて我が家が防波堤となり、この家を守るべくおじいさまが強引に婚姻を進めたのです。グラスローズ家が関与する家に商売で喧嘩を売るものはいませんからね。本当は婚約せずとも別の方法があったと思うんですけど確実で恒久的にとなると婚約がベストの方法だとかお前も独り立ちをなどと言って・・・っと失礼。関係ないことを。少し口が入りましたわね」
私は出された薄い紅茶を飲みながら答えた。
「あなた方が陥っている状況もざっと調べてわかっています。大方いろいろな商人からあの手この手で金をむしり取られているのでしょう?それは単純にグラスローズ家の関係者という防護壁がなくなったことで、好機とばかりにカモられているだけですよ」
「そんな・・・」
「それ以前にこの家セキュリティガバガバですからね。使用人達も仕事も雑ですし。大事な情報を好き放題してくださいと言わんばかり大事なカギを適当に置く、穴だらけの警備、1時間で終わる仕事を駄弁りながら何時間もかける・・・商売を学んだ私からすれば恐ろしいほどのいい加減さです。私はその辺り引き締めていましたが、私が居なくなってからは元に戻ったようですわね」
そう、わたしはいびって使用人を追い出したのではない。あまりに仕事がいい加減だったのだ。注意をして教育を施したら、ついていけないと逃げ出したのだ。彼らは職業意識など欠如しており、この家はおしゃべりして適当にするだけで暮らしていける金が入る便利な場所でしかなかったのだ
「おっと、話がそれました。そんな恩返しの政策のつもりでしたが、当の張本人から不要だと言われればこちらも従わざるを得ません。あっさり引いたのもそういう理由です。私自身家の命令で無理やり。つまり恩返し以外にこの家に来る必然性はなかったのですよ」
「う、嘘よ・・・」
「信じるかどうかはご自由に。とはいえ、きっかけはともかく婚姻した以上は真面目に全力でこの家を守り切り、子や孫の世代も安心して暮らせる基盤を築くつもりでした。まぁ結婚が強引であることは承知ですから、そちらが誠意を見せてきちんと話し合い、納得できる提案さえしてくれれば、彼女を愛人として受け入れてもよかったのですよ」
そこで私の説明は終わった。紅茶を飲んでのどを潤し唖然とする2人に笑顔で語りかける。
「ということです。私にあなた方を嫌がらせする理由がないとわかってくださいましたか?」
にっこり笑って答える
「どうして・・・」
「はい?」
「どうして・・・そのことを早く言ってくれなかったんだ!それさえわかれば!」
「そのこと?我が家の防波堤のことですか?私がこの家に来た限りは安心ですよ。という話を何回か言いましたでしょう?」
「そんな曖昧な言い方でわかるはずがないだろう!」「そうよそうよ!」
その子供みたいな癇癪に思わず笑ってしまう。
「何がおかしいんだ!」
「私が懇切丁寧に説明しなかったから浮気して、肉体関係結んで、愛人を選ぶと別れを切り出して、愛は金より大事と宣ったと?で、自ら追い出して困ったら、私が分かるように懇切丁寧に説明しないのが全部悪い。説明さえしたら正妻気取りの愛人がいる家に追い出さずに置いておいたと。自分たちがどれだけ都合いいこと仰っていると認識はお持ちで」
「「うぐっ」」
私の指摘に黙り込む2人。
「それとも私は馬鹿にされて、婚約者を奪われて無関係になった相手に何の見返りもなく、懇切丁寧にお母さんのように尽くして、面倒を見るべきだとでもいうのですか?そんな義理がありまして?」
「そ、それでも大事なことなんだから説明責任はあるだろう・・・」
苦々しい顔で何とか弱弱しく反論するロック様。
「私が懇切丁寧に説明しなかったことを問題視されているようですが、調べればわかることですし、知る機会などいくらでもありましたよ。私との関係構築を一方的に放棄し、知る機会を見逃し続けたのは貴方の怠慢というものです。言っておきますが、このことは契約にも記載ないし、こちら側の瑕疵ではなりえません。法的責任を問われても意味ありませんわよ」
きっぱり言うと2人は黙り込む。反論する根拠がないのだろう。私は軽く体を動かし、背伸びをすると本題に入る。
「まぁ、でも問題はないですよね。だって、愛は金より尊くて、本当の愛さえあれば問題ないのでしょう?あなた方が言ったことですよ」
ぐっと言葉に詰まる2人。
「そ、それとこれとは話が違うだろう!!」
「同じですよ。『お金や権力じゃ人の本当の愛を買えない』『お金よりも大切なものがこの世界にはある』『例え貧しくとも男の誇りと真実の愛をとる』『愛を知らない君は可哀そうだ』って散々語ったじゃないですか。手紙で済ませられる話をわざわざこうして来たのはそれが少し気になったんですよね。その本当の愛があれば今でも幸せなのかなって知りたくて」
そう、没落していく無関係の家を貴重な時間を割いて会いにきたのはそれが理由。
『貴方は本当にかわいそうな人だ。金がすべての世界など空しいだけなのに』その言葉がチクリと心に棘のよう刺さっており、気になったのだ。
「今日わざわざ足を運んだのは裕福とは言えない今の状況で“真実の愛”というのはどんな役に立ち、お金や権力以上の価値を見させてくれるのか、見たくて来たのです。それで?邪魔者が消え、本当の愛で結ばれ、金はない。だけどお金よりも大切なものがある。と言ったあなた方はその大切なものを持っている。だから、教えてくださいよ。今あなた方は満足しているのですか?」
「ふざけないで!!」
「はい?」
「なによそれ!嫌味?ねえ、こんな状況になってよくもそんなふざけたセリフが出るわね!」
「ふざけたって・・・私は以前あなた方が言ったことを知りたいだけで・・・」
「それがふざけてるって言ってるのよ!苦しむ要因作って?幸せですか?ってとんだ異常者ね!はんっ、そういうことね。あんた嫉妬していたんでしょ?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
「なんだかんだでロックに振られて、格下の私に奪われた。それが気に食わないんでしょう。だって女の魅力で負けて、尻尾ふって逃げ出したんだもんねぇ?それで意趣返しのつもり?今幸せですかーって。で、困った姿見て気分いいわーって?とんだ糞ね。あんた」
醜い顔で吐き捨てられた私の頭には疑問符しかない。この人私の話を聞いていたのかしら?今までの話にどこに“嫉妬”などと言うファクターがあったのだ?
「えっと・・・いまいち理解がずれていますわね。愛さえあれば幸せで何でもできると言ったのはあなた方でしょう?金はなく没落寸前で生活水準がかつかつでも愛があり満たされて幸福のはずなのに、どうして怒っているのです?」
ロック様が心痛そうな顔で黙り込み、ダイアナ様の顔が怒りに醜く赤く染まる。その怒気に反応してメリッサが再び動き始める。
「・・・そうですか。やはりあの時の言葉に勢いで言っただけで深い意味があったわけではないのですね。それではもう結構です。次のお客様のこともあるのでお暇しましょうか?」
「お客?そんなのは」
その時、屋敷の玄関から重々しい足音が響き渡り、身なりがしっかりした数人の男たちが室内へと踏み込んできた。胸元に刻まれているのは、王都直轄の『法務局』の紋章である。流石に法を守る方は時間に正確でいらっしゃる。
「ブルーライ子爵当主代行ロック・ブルーライ様ですね」
厳格な声で告げたのは、一番身なりを整えた立派な髭のお方である。
「な、なんだ君たちは!?不法侵入だぞ!」
取り乱すロック様を冷ややかな目で見下ろしながら、執行官は一枚の羊皮紙を突きつけた。
「失礼いたしました。王国法務局強制執行部門長ワットと申します。本日は貴領地の各鉱山利権、および村の通行税徴収権に対する『差し押さえ命令書』。並びに、周辺商会から提示された各未払い債務に伴う強制執行の手続きに伺いました」
「は・・・?差、差し押さえ!?強制執行!?」
「はい。各権利の売却、および未払いに関する督促は何度も行っておりました。それに対する回答と対応が一定期間をなかったため、本日はこのように強制通知と執行のために伺ったまででございます」
「そんな!手紙なんて見て・・・ダイアナ!自分が不在の間は君が手紙類を見るように頼んでいたはずだ。見落としたのか!?」
「え?で、でもよくわからないし小難しいことばかりなんだもん!要するに後でお金を返せばいいってことでしょう?だから他の急ぎのことをして・・・」
言い争う2人。よくわからないから放置したって・・・この方々は本当に契約を何だと思っているのかしら?
「まぁ、当然の帰結ですわね」
呆れた私は優雅に扇子を閉じ、呆然とする二人に向き直った。
「私がこの家にいた頃、周辺の悪徳商人が不当な高利で結ばせようとしていた各種契約を私がすべて破棄・適正化していたのを覚えておいでですか?」
「え?」
まぁ、知るはずないか。
「そこで私は去り際、それらの契約の適正化の手続きを一切放棄しました。ですが、法律も商売もご存じない当主様とお二人は私が去った後、目先の甘言にのって再び悪徳商人たちの超高利もしくは不当な貸付契約に判を押してしまわれたようですね」
「なっ!?そんな!」
「契約書はきちんと確認しないと。それにここセキュリティや使用人の質悪すぎですよ。私たちがいる間はそんな真似させませんでしたが、卑劣な相手はこっそり使用人を買収して保管書類をすり替えたり、当主印をこっそり使ったって身に覚えがない書類にサインしたことにして口八丁で誤魔化して金をむしり取ったりしますよ」
顔を真っ青に染めてロック様は絶望の声を上げた。ダイアナ様も状況が分かったのか、顔を完全に怒りに染めて、ダイアナ様がキーキーと叫び声をあげて掴みかかろうとしてきた。
「あんたのせいよ!あんたが最初にこの家をいじくり回さなければ、私たちはこんな目には・・・!」
殺意すら感じる勢いで飛び掛かるダイアナ様だが・・・
ずどんっ!
「びょっ・・・!?」
間髪入れず、私の側で待機していた護衛侍女のメリッサが飛び出し、殴りかかるダイアナ様のわき腹に高速回し蹴りを叩き込んだのだ。変な声を上げ吹き飛び、苦悶の声を上げるダイアナ様。
これでも手加減したのでしょう。メリッサの蹴りは凶器レベル。もし全力ならば肋骨がへし折れ、激痛で七転八倒していただろうから。
うずくまり立ち上がれないダイアナ様にメリッサが冷ややかに告げる。
「警告です。アリア様への暴力的行為には暴力をもって制します。今は警告レベルですが、次は手加減しません。骨の数本はお覚悟なさいませ」
メリッサの冷酷な眼光と殺意に、ダイアナ様は床に這いつくばったままをガクガクと体を震わせていた。
「それではお暇しますわね?あ、申し遅れましたが・・・」
私はすっとドレスの裾を整え、完璧な微笑みを二人に向ける。
「ブルーライ家が商人様と契約して手放すことになったこの土地の採掘権と通行税徴収権ですが・・・つい先日、我がグラスローズ家が競売で落札いたしました」
「「え・・・・・・?」」
「よって今後あなた方の土地に関する一切の権利は無効となりました。しかし、それでも借金はまだ残っているでしょう。今後借金が期日内に返せなければこの屋敷および領地も、敷地内のすべての調度品も差し押さえ対象になるでしょうね」
「そんな待ってくれ!・・・そ、そうだ!アリア!頼む、僕が悪かった!ダイアナとは別れよう!だからこの家を助けてくれ!今度は君だけに愛を誓う!だから!もう一度やり直して・・・んぎゃっ!」
プライドも捨て、地べたに這いつくばって私の靴に縋りつこうとするロック様。しかし、メリッサが私の足に触れる手前で無造作にその手を踏みつけて、動きを止める。
「何てこと。愛がない世界など空しいだけなのに!本当に人として大事なのは心なのに!」
歌うように皮肉を語る私をロック様とダイアナ様は呆然と眺める。
「ね?あの日、婚約破棄の際にそうおっしゃっていたじゃないですか。あなた方にはその世界を満たす“愛”が残っている。それさえあればなんとかなりますよ
私はあの日、彼から投げかけられた言葉を、そのまま極上の笑顔と共に返して差し上げた。
「それでは、話すこともつきましたし、執行官の方もお待たせしました。それではごきげんよう」
二人の絶望に満ちた叫び声を背に受けながら、私は一度も振り返ることなく、陽光の差す屋敷の出口へと歩みを進めた。それが2人を見た最後の姿になった。
数ヶ月後。
王都のグラスローズ伯爵邸、その絢爛豪華な応接室。
「アリア、元ブルーライ領の鉱山開発だが、初年度から予定の倍の利益が出そうだぞ。さすがは我が娘だ」
お父様が嬉しそうに書類を眺めながら言った。
「当然ですわ、お父様。適切なインフラ整備と人員配置を行えば、あの土地は金の卵を生む鶏なのですから」
興味本位で調べたが、ブルーライ家の一族とダイアナ様は、結局金策をどうにもできず、全てを借金のかたに取られてしまい、家も爵位も何もかも全てを失い、身一つで追放された。
今では貧民街の片隅で日雇い労働をしながら互いの浅はかさを罵り合い、毎日泥沼の醜い喧嘩を続けているという。
あれほどお金がすべてではないと言っていたのに、なくなった途端に崩れ去る「真実の愛」とはなんだったのか。
「ところでアリア。呼んだのは褒めるだけではない。お前に合わせたい人がいるのだ」
執事に案内されて応接室に入ってきたのは、この国の第二王子であり、若くして優秀な経済手腕を持つと評判のラインハルト様だ。
「急な訪問を許してくれたまえ、アリア嬢。第二王子ラインハルト=エルガードだ。って何度か顔を合わせているよね」
「ええ、パーティーでは何度かご挨拶を申し上げております」
ラインハルト様は眩しいほどの笑みを浮かべ、私の前にひざまずくとその手に優しくキスをした。
「ブルーライ領の見事な再建手腕、感服したよ。実は父上とも相談したのだが、我が国が行う財政構造プロジェクトに君にも参画してもらいたいのだ。そして、もし叶うならば私の生涯のパートナーとして、この国を共に豊かにしてはくれないだろうか?わが父にも君の父上からも君が了承するならと了解をもらっている」
王族からの、これ以上ないほど誠実で破格の求婚に私は手に持った扇子をパチンと閉じ、一つ尋ねた。
「光栄ですわ。しかしラインハルト様?私は金儲けだけに生きてきた女ですわよ?そんな私を娶るということにためらいはないのです?」
「ない」
ラインハルト王子は即座に言い切った。
「そこに愛がなくとも?」
「愛はあるさ。愛の形は様々だ。君は金の力で人を幸せにしようとして、私は君の力で国民を幸せにしようとする。確かに君とは濃密で長い時間は過ごしてはいないけど、それでもお互いに同じものを見て、信じあい、共に尊重しあうことで生まれて、それを育みたいと思う気持ち。それを、愛と呼ぶ。私はそう思うよ」
ラインハルト様の優し気な笑みとその答えに私はあの時の言葉を思い出す。
『貴方は本当にかわいそうな人だ。金がすべての世界など空しいだけなのに』
あの時以来の心の中に刺さったとげが取れ・・・そして、きゅんと胸に不思議なときめきを感じた。な、なにかしらこの気持ち?未知の感覚に戸惑う私はごく自然に礼をとった。
「不躾な質問失礼いたしました。ラインハルト様。アリア=グラスローズ。求婚承りました。この私の持つすべてをもって最高の未来を築き上げるよう約束させていただきます」
「嬉しいよ。もちろん。私こそ最高の未来を君に約束しよう」
こうして私はお金も、地位も、そしてお互いの能力を正当に高め合える本当のパートナーシップもすべてを手に入れた。真実の愛を持っていた彼らは金がなくなりすべてを失った。
結局のところは愛のカタチなんてその人次第なんだな。と言うのが今回多少のコストを払って手に入れた教訓なのかしらね。
お読みいただきありがとうございます。少し冗長でしたが簡単に言うと金=充実した生活=幸せという価値観のアリアさんに新しい”真実の愛”と言うファクターが加わった物語です。




