夫「今日、俺葬儀に行けない」私の親の葬儀に来られないという夫→私「わかった、じゃあ来なくていいよ」一晩放置した結果
「今日、俺葬儀に行けない」
父の葬儀を伝えたところ、夫はこんなことを言ってきた。
「は…?なんで…?」
「ちょっとさ、どうしても外せない用があってさ」
義理の親の葬儀より重要な用事なんて、あるのだろうか。
「前に話してた予定のこと?あれ、リスケジュールしたんじゃなかったの?」
初めて父の葬儀の日を伝えた時、夫は用事があると言っていた。
しかしその後言い分を撤回し、葬儀を優先するとも口にした。
どうして外せない「仕事」というならわかるが、ただの「用事」であるというのだから、混乱するばかりである。
「ごめんな、真澄。予定変更ができなかったんだ」
夫は悔しそうに舌打ちした。
いやいや、それはおかしいだろう。
どういう予定なのかは知らないが、義理の親の葬式には出るべきだ。
私だって、健吾の両親の葬儀にはちゃんと出たし、手伝いもした。
「嫁なら亭主の親に尽くすべき」とあの時健吾は言っていたが、私だって健吾に「夫なら妻の親に尽くすべき」だと言ってやりたい。
だが、私が次に口にしたのは、こんな言葉だった。
そんなに来たくないなら、来なくて結構だとも思っている。
「わかった、じゃあ来なくていいよ」
私の名前は鈴木真澄、三十歳。
近所の文具メーカーの事務職に就いている。
感情表現の乏しい私は、わりと「冷たい人」だと誤解されがちだ。
でも、付き合っているうちに、「本当は普通の人なんだね」と言われるようになる。
この場合の「普通の人」がどんな意味合いなのかはわからないが、「あなたって冷たい!」と面と向かって言われるよりはマシなのかなと思う。
夫の健吾は私より一つ年上の三十一歳。
学生時代からの付き合いで、今となっては住まいも会社も同じである。
「毎日ずっと一緒じゃん」と言われるが、健吾は営業職で外回りが多く、会社にはデスクだけがある状態なので、「ずっと一緒」という感覚は、他人が思うよりは薄いだろう。
健吾は営業職に就いているだけのことはあり、とにかく人懐こい。
初対面の人にもにこやかに話しかけるので、他人から警戒心を抱かれることもない。
私とは正反対で、正直ちょっと羨ましい。
そんな私達も結婚五年目を迎えたばかりだ。
ただ、新婚時代に話していた「マイホームを買おうね」とか「子供が欲しいね」という計画は、今のところ実現していない。
仕事が忙しくてそれどころじゃないのかもしれないとも思うが、最近の健吾は外出先から帰社するなり、さっさと帰宅してしまう。
じゃあ帰宅したら健吾の手料理が待っているのかと考えるが、生憎そうではない。
というより、彼が帰宅した痕跡がまるでないのだ。
例えば、彼は仕事から帰ると必ずコップで冷水を飲み、そのコップをシンクに置きっぱなしにするのだが、水を飲んだ形跡はない。
「浮気…?」
ちょっと飛躍し過ぎだろうかとも思うが、最近はこの線を疑っている。
私達は結婚五年目、そろそろ相手に飽きてきてもおかしくはない。
「そう言えば、ちょっと前まで私の前でスマホを見ていたのに、全く見なくなっている…」
もしかしたら、待ち受け画面に相手の女性の写真を設定しているのだろうか。
そう考えると、彼の微妙な変化に説明がつくというものだが、今のところ浮気を示す物証がない。
「興信所に、電話してみるとか…?」
浮気を疑うなら、まずは証拠を入手すべきだろう。
だが、積極的に連絡する気にはなれない。
帰りの時間がちょっとおかしい、妻の前でスマホをいじらない。
たったこれだけで、果たして浮気と決めつけていいのだろうか。
頭の中で堂々巡りをしていると、頭だけが疲れるのであった。
私達が倦怠期のような夫婦生活を送っていたある日のこと、実家の母から電話が入った。
かねてから病床に臥していた父が、とうとう逝去したというのだ。
「お父さんが…そうなんだ…」
患うようになってから、「いずれこういう日が来る」ということは覚悟していたが、実際に直面すると、心にぽっかり穴が開いたようで、喪失感がものすごい。
だが、落ち込んでばかりもいられない。
葬儀は三日後とされており、私も娘として参列すべき立場にあるからだ。
「え、お義父さんが亡くなった?」
会社を定時である午後五時きっかりに上がり、午後九時きっかりに帰宅した健吾は、私の話を聞くなり、目を丸くした。
いささか帰りが遅くないかとは思ったが、今日のところは聞かずにおく。
「なんで?なんか患ってたっけ?」
「病気だったって、健吾も知ってたでしょ?一緒にお見舞い、行ったじゃない?」
「ああ…ああ、そうだそうだ、思い出した!」
「大事なことなんだから、簡単に忘れないでよ」
恨めし気な声を出せば、彼は首をすくめて「ごめん」と言う。
「それで、いつ葬儀なんだ?」
「三日後だよ」
「え…三日後?」
「そう、三日後」
健吾はしきりに「三日後?」と聞いてくるが、そんなことをしたところで、葬儀の日程は変わらないので、私も「そうだよ」と繰り返す。
すると、彼がポリポリと頭をかいた。
「参ったなぁ、三日後か…」
一体、三日後にどんな予定があるのだろう。
何があったって、葬儀より優先すべきものではないだろうに。
「わかったよ、真澄。お義父さんには俺も世話になったし、スケジュールを調整するわ」
「そうして。ちなみに、どんな予定が入っていたの?」
私は特に何も意識することなく問いかけたのだが、健吾は目に見えて慌てだす。
「いやいやいや、お前にはちょっと…関係あるけど、ないっていうか」
「どっちなの?」
「関係ならあるよ?でもさ、今のところ無関係っていうのかな…?」
何がなんだかわからなくて、目を丸くするだけにとどめたが、私はこの時、初めて彼の「浮気」というのを、本気で疑ってしまった。
そうして迎えた三日後──。
健吾の朝はとても早く、午前四時には起きていた。
こっちが寝ているというのに、お構いなしでガサガサ何かを漁っている。
「健吾…何してるの?」
「ああ、真澄。悪ぃ、起こしちまったか?」
「それはいいけど…今日はお父さんの葬儀だよ、どこ行くの?」
寝ぼけつつもベッドに体を起こす。
「それなんだけどさ、今日、俺葬儀に行けない」
「は…?なんで…?」
「ちょっとさ、どうしても外せない用があってさ」
「前に話してた予定のこと?あれ、リスケジュールしたんじゃなかったの?」
問い詰めると、夫は予定変更ができなかったんだと、悔しそうに舌打ちした。
いやいや、それはおかしいだろう。
本当にどういう予定なのかは知らないが、義理の親の葬式には出るべきだ。
私だって、健吾の両親の葬儀にはちゃんと出たし、手伝いもした。
「嫁なら亭主の親に尽くすべき」とあの時健吾は言っていたが、私だって健吾に「夫なら妻の親に尽くすべき」だと言ってやりたい。
「わかった、じゃあ来なくていいよ」
思うことは多々あるが、私は多くを語らずして健吾の願いを聞き入れることにした。
「え、いいの?」
「うん、いいよ。行って」
すると、健吾は嬉しそうに「行ってくる!」と応じたが、やがて私に向き直った。
「真澄、キッチンにちょっと大事な書類があるから」
「大事な書類?なんでキッチンに置いたの?」
「キッチンは女の戦場なんだろ?」
ちょっと意味がわからない。
確かにキッチンのことを「女の戦場」と言う人はいるのだろうが、少なくとも私にはそんな考えはなく、健吾の前で口にしたこともない言葉だ。
「じゃ、行くからな!お義父さんによろしく!」
「はぁ!?」
今度こそ、変な声が出た。
今日は父の見舞いに行くのではなく、葬儀だというのに、「よろしく」はないだろうと思ったのだ。
その書類は、女の戦場たるダイニングキッチンのテーブルの上に置いてあった。
大事な書類なのかどうかはわからないが、私は茶封筒を手に取り、中を見て絶句した。
「これ…離婚届…?」
これには本当にびっくりした。
そして、二重にびっくりした。
「なんで…優香ちゃんの離婚届なの…?」
「優香ちゃん」というのは、私の会社の後輩で、明るくてとても元気な子だ。
だが、まだ結婚したばかりの彼女の名が、どうして離婚届に書かれているのだろう。
彼女から亭主の愚痴を聞いたことがないだけに、私としてはただ驚くことしかできない。
そこに、私の携帯電話が鳴っていることに気づき、離婚届を握り締めたまま寝室に戻る。
母からかと思われた電話だが、なんと優香からのものだった。
「優香ちゃん…どうしたの、まだ四時半だよ?」
「せ、先輩…!助けてください、ピンチなんですぅ!!!」
「どうしたの?」
「離婚届が…離婚届が逆でしたぁ!!!」
よくよく話を聞いてみると、やはり健吾は浮気をしていた。
しかも、浮気相手は電話の向こうで泣き叫ぶ優香である。
「ちょっと前に、一緒に離婚届書いたんですよ。お互いの相手に渡そうねっていう話になって」
「はあ…」
怒っていい場面なのだが、何だか怒り忘れてしまっている。
婚姻届を一緒に書くならわかるのだが、離婚届の方はあまり聞いたことがない。
「多分、書き終わって封筒に入れた時、間違えてバッグに入れたんだと」
「優香ちゃん、事情はわかったけど、どうして健吾と浮気したの?妻が私だってわかってたよね?」
少し声をとがらせれば、優香はすぐに謝ってきた。
「ごめんなさい!でも私、一つだけ言いたいんです!」
「何が言いたいの?」
「健吾さんが先輩の夫だって知ってたから…」
「知ってたから?」
優香は一呼吸置いてから、電話口で絶叫したので、私は思わずスマホを耳から遠ざけた。
「私達、プラトニックなんですぅぅぅぅ!!!!!」
健吾の浮気のことも、彼が離婚したいことも知った私。
葬儀には出たが、まるで集中できなかった。
お坊さんの読経も、お焼香の匂いも、父との最期のお別れの場面も、何一つ覚えていない。
心の中にあるのは、健吾に絶対報復してやるという決意のみだった。
葬儀が終わった日、私は自宅に帰らなかった。
後片付けがあるし、すっかり気落ちしている母が心配だったし、何より健吾の顔なんて見たくないと思っていたからだ。
「お母さん、元気出して」
「心配させて悪いね、真澄?」
「娘なんだし、当たり前だよ」
母が自室に入るのを見届けたその時、健吾から電話が入り、私は舌なめずりをする。
「あ、真澄?あのさぁ、あの…今朝出しておいた書類、どうした?」
「ああ、優香ちゃんの離婚届のこと?」
「うん、そうそう、じゃなくて…あれ、間違えてさ…」
「別に間違いじゃないわ。だってあの書類のお陰で、私はあなたと彼女の浮気に気づけたもの」
そう言って、私はスマホを耳から遠ざける。
健吾と優香は、ドジなところがそっくりで、だからこそ優香と同じことをするのではと身構えたのだ。
そして、案の定健吾はこんなことを叫んだ。
「俺達、プラトニックなんだよぉぉぉぉ!!!!」
二人とも声高にプラトニックであることを叫ぶが、じゃあメンタル面で妻や夫を裏切るのは、セーフだとでも思っているのだろうか。
だから私は報復すると決めた。
いつからプラトニックラブを続けているのかは知らないが、やられっぱなしは腹が立つ。
「健吾、私、今日は帰らないわ」
「へ…?お、俺が浮気したからか?だったら、考え直せ!こういう時だからこそ、夫婦で話し合う必要があんだろ?」
「こういう時だけ夫婦って言わないで。都合よく使われるのはごめんだわ。だから、私は帰らない」
「ま、待ってくれ、もう優香とは別れるから、真澄、電話を切るなぁぁぁ!!!」
実は、健吾は「葬式の夜に幽霊が出る」というのを本気で信じている男であり、そんな夜に家の中に一人きりという仕打ちは、拷問以外の何物でもないのである。
結局、健吾は私との電話を切ろうとしなかった。
何度切っても掛け直してくるし、電源を落とすと今度は家の電話が鳴りっぱなしになるので、私の方が折れた形だ。
「なぁ、真澄?俺さ、今レンタルビデオを借りてきたんだ」
さっき電話を切ってから、再び電話が鳴るまでの時間は僅か十分。
いくら自宅の近所にレンタルビデオ店があるからと言っても、いささか帰るのが早すぎないだろうか。
「そう、よかったね。それで、どんな話を借りてきたの?」
「それがさぁ、『十二日の木曜日』ってタイトルのDVDがあってさぁ。日付と曜日が一つ後ろの作品はあるけど、前ってのは新鮮で…」
「ああ、ホラーだね」
「は…?」
健吾の声から、覇気が抜け落ちる。
「知らないの?それ、アカデミー賞かなんかを受賞してる、評価の高いホラーなんだよ」
もちろん、嘘である。
そんなタイトルの映画なんて、観たことも聞いたこともない。
「え、マジ…?じゃ、返して来た方がいい…よな?」
「さぁ、どうだろう。それ、すごく残虐なホラーで、確か上映制限がかかったやつかも。ほら、血しぶきとかがすごいと、子供は観られないから」
「や、やめろよ、真澄…?俺、ちょっと返してくるから!お前、なんかギャグの効いた映画知ってるか?」
そんなもの、知るわけがない。
そもそも私は映画には興味がないので、まず観ないのだ。
健吾もこのことは知っているはずなのに、やはり幽霊に怯えるあまり忘れてしまっているのだろう。
段々、「この男のどこが良くて結婚した」のかがわからなくなってきた。
「じゃあ、アニメにする!それなら大丈夫だろ!?」
「何を借りるの?私のおすすめは…」
言いかけたところで、反応がなくなった。
きっと電話を繋げたまま、彼はレンタルビデオ店に走ったのだろうと理解した。
それから数時間後──。
私は眠くてベッドに入っており、健吾も就寝すると言っているのだが、電話の向こうからは彼のすすり泣きが聞こえている。
眠いのに耳元でグスグス泣かれると、こちらも眠れないではないか。
「なぁ、真澄?」
「何…?」
「さっきからさ、ヒタヒタって足音がするんだ」
「ああ、それ、お父さんだよ」
「ヒッ!?」
私は眠い体をベッドの上に起こして続ける。
「死者の魂は、悪人の元へと集う…聞いたことがない?」
「お、俺は悪人じゃないんだ!」
「いい加減にしてよ、浮気したじゃない?プラトニックだから許されるなんて思わないで」
その時、電話の向こうで健吾が「ギャッ」と叫んだ。
「今度は何?」
「き、消えたんだ!外廊下の電気が…!」
停電かと思いつつ、私はニヤリと笑う。
「それも、お父さんだね」
「な、何でだよ!?俺、今日はちょっと潮干狩りに行く約束してて!」
なるほど、潮干狩りに行きたくて、あんなに朝早く起きていたのか。
プラトニックというのは本当のようだが、それが「浮気ではない」という証明になるわけでもない。
「いいよいいよ、もういいの。私、もう疲れちゃった。だから、大人しく離婚してあげる。だけど、慰謝料はきっちり払ってもらうわ」
「へ、慰謝料…?」
「そう。もちろん、優香ちゃんにも請求する。だから、さよなら」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、真澄!電話はそのままにしてくれ!」
まだ何かを怖がっているのかと、私はかなり呆れたが、何か言いたいのであれば、聞く耳くらいは持ってやろう。
「まだ何かあるの?」
「…やらかした」
「え…?」
「だから、やらかしちまった…今の俺は恐怖と緊張で頭おかしくなりそうで…一人でトイレも行けなくて…だから、この場でやった」
それきり、私は電話を切った。
いい年をして、何が「やらかした」だ。
浮気で冷めつつあった心は、夫のやらかしにより完全に冷えてしまっていた。
翌朝、午前三時──。
誰もが寝静まっている時間帯に、私の実家のインターホンがけたたましく鳴らされた。
ついさっきようやく眠りに落ちた私。
やっと心の中で父の遺影と向き合えていたのに、束の間の静寂は健吾によりかき消された。
「開けてくれ、真澄!俺、怖くてもうダメだ!」
ドンドンドアを叩きながら、激しく叫ぶ健吾。
何の騒ぎかと、近所の窓に次々と電気が灯る。
「真澄、どうしたんだい?」
寝ていた母も起き出して、今にも壊れそうな玄関を不安げに見つめる。
「健吾さんよ。彼、浮気していたんだけど、開けていい?」
「浮気だって?」
「そう。相手は同じ会社の後輩なの」
そこで、母は顎に手を当て考える。
依然としてドアは叩かれているが、浮気という事実が許せないというのだ。
つくづく、私はこの母に似ているんだなと思う。
こう言う時に、泣いたりわめいたりして健吾に感情をぶつけられればいいのに、いつだって一歩引いて物事を見てしまう。
悲しくないわけじゃないし、バカにするなとも思うのに、どうしてもそんな気持ちをうまく伝えられないのだ。
「真澄?」
「うん?」
「確か、健吾さんはお葬式の類が苦手なんだったね?」
「ああ、うん、そう。覚えていたんだ?」
そこまで聞くと、母は内鍵を外して玄関を開け、涙と鼻水を垂れ流す健吾と相対した。
「健吾さん、こんな時間に…」
「お、お義母さん!葬儀に出られなくてすみません!こんな時間にすみません!」
謝るくらいなら、潮干狩りなんかに行かず、真面目に葬儀に出ればいいものを、何を考えているのだろう。
「お線香を、あげさせてください!眠ろうとすると、お義父さんの足音とか聞こえて、もう頭おかしくなりそうで…!」
頭なら既におかしくなっているのだろうが、健吾はそうは思っていないようだ。
何とも羨ましいことである。
「まあ、こんな夜更けにありがとう。じゃあ、上がってくださいな。夫の骨壺の前で、お線香をあげてください」
「は…?こ、骨壺…ですか?」
「ええ、うちはね、四十九日が納骨だからね。ああ、健吾さん、よかったらそれまでこの家で暮らす?夫も喜ぶ…」
母の言葉が終わらないうちに、健吾は走り出していた。
「まったく、情けないことだわね」
「ほんと、どういう頭してるんだか」
「浮気を許してはだめよ、真澄?徹底的に戦いなさい」
この母の言葉で、私の腹も据わった。
父の葬儀の一件では、百年の恋も冷める勢いだったし、「骨壺」と聞いただけで悲鳴を上げて逃げる男となんて、結婚していたくなかった。
半年後──。
あれから、私はすぐに会社を辞めて、別の会社に転職している。
優香は私に土下座をしてきたし、健吾も反省しているからと、優香とは完全に別れたという。
だが私は二人のことを許さなかった。
プラトニックであろうが、信じていた夫に裏切られたのはつらかったし、優香と同じ職場で働くこともできそうになかったからだ。
「キッチンは女の戦場…まさか、あんな意味だったとはね」
通帳記入をして、健吾からの慰謝料の着金を確認した私。
実はずっと気になっていた「女の戦場」発言について、健吾に問いかけてみたのである。
「戦場っていうくらいなら、毎日足運ぶだろ?戦場って気になるもんな?」
「だから何?」
「毎日絶対に行く場所に、離婚届を置くのがいいって思ったんだ。まあ、間違えたけどな」
あの時、キッチンに置いてあったのが健吾の離婚届だったなら、私は優香という愛人の存在に、まだ気づけなかったかもしれない。
「あなたの発想、ちょっとバカ過ぎるわ。葬式ごときでビビる男なんて、こっちから願い下げよ、さようなら」
そう言って背を向けた私は、もう二度と健吾に会わないと誓う。
そして、次に誰かと出会うことがあれば。「お葬式は得意ですか?」と聞くことにしよう。
(了)




