虹の橋を渡る
※ペットロスした人は読まないように
※作者の体験ではありません
もしも、もしも心に扉があるのなら、私のそれはいま開いている。
ぽっかりと空虚に、空いている。
晩酌を前に、涙はもう枯れた。
何もなくなった。
愛猫が亡くなった。
17年、精一杯生きてくれた愛猫。
彼女は俺を愛してくれたと思う。しかし彼女への愛は、俺にあったのだろうか。
もちろん一所懸命愛したつもりだ。しかし、俺にはそれがどんなものか分からない。
愛されたことの少ない俺には、とんと分からない。
── 故人に対して、虹の橋を渡るという慣用句を使うことは無礼である ──
よく、ネットなどで見かける文言だ。
しかし俺は虹の橋を渡りたい。彼女に会うために。
60歳を裕に超えたが、お迎えはまだ先だろう。
幾分衰えたがどんな検査をしても異常はなかった。自分で終わらせる以外に、彼女に早く会う方法を思いつかない。
いや、そもそも会えるのかも分からない。
でも、たとえ俺が人でなくなったとしても、あの子に会いたい。そう願わずにはいられないのだ。
── ペットは死後、虹の橋を渡る ──
彼女は保護猫だった。
最初はびくびくと部屋の隅に縮こまり、こちらの一挙手一投足におっかなびっくり警戒していた。
食事を与え、体を清潔にし、抱きしめていたらいつの間にか懐いてくれた。
給料日には毎回オモチャを買った。オモチャ箱にはいまでも大量に遺っている。
彼女のお気に入りは40cmほどのマグロのぬいぐるみだった。さすがに大きすぎるだろとニヤけながら、それでも4つ目に買ったっけな。
彼女はそれを甘噛みし、抱きつき、毛づくろいまでやり、ごろごろと一緒にお昼寝をするのが日課だった。
彼女はお風呂が大好きだった。
俺も彼女と一緒に風呂に入るのが楽しみの一つだった。
彼女が幼いころから毎夜一緒に入っていた。だからだろう。猫は風呂嫌いと聞くが、彼女は違った。
決して大きくはない人間用の湯船に、ザルのように穴がたくさん空いたカゴを設け、彼女専用の湯船にして、一緒に浸かることができるようにした。小さな隔たりはあれど、一緒のお湯に浸かっていた。
そのとき彼女は顎をそのフチに乗せ、俺を見つめ、とろんとした表情をする。あぁ、懐かしいな。
休みの日には、柵を設けたアパートの庭でよく遊んだが、他の猫たちと同じように雪は嫌いだったため、冬はずっとコタツで過ごしていた。
自分で人生を終わらせた者は、はたして虹の橋を渡る資格や権利があるのだろうか。
定年退職をして、彼女と過ごす毎日はとても楽しかったが、いまは印刷した彼女の写真を肴に、今日も酒に逃げる日々。
寿命で死ぬまで彼女に会えないのはとてもつらいな。そう考えるに費消する毎日。
そぞろに散らばる雲。抜ける生ぬるい風。
ビールの香りと酒の匂いも、すべてをさらうには決して足りない。
「みぃちゃん……」
ぽつりと、無意識に口に出た。
「なぁに?」
すぐさま声のする方へ体を向けると、ざらめのような毛色の猫が立っていた。
もこもこの尻尾。柔らかな瞳。怜悧な面立ち。まさしく彼女だ。
あぁ、あぁ……と声にならない呻きをあげながら、震える手足を必死に動かし、彼女の下に這っていく。
俺はおかしくなったのか。いや、おかしくなったとしても、彼女と会えるなら些末なこと。
触れたと思ったが、彼女はとても冷たい。
まるで亡くなったときのようだ。
温めないと。優しくこするが、風呂の方がいい。また一緒に入ろうな。
抱きしめた彼女は何やらにゃあにゃあと呟いているが、それより風呂だ。彼女を温めないと。風邪を引いてしまう。
でも体がうまく動かない。
寒い。いや、彼女を温めないと。
息が苦しい。でもまずは彼女を助けないと。
「いや、行けるのか。やっと、行けるのか」
大きくて、小さな願いが叶うとき。
俺は、虹の橋を渡る。




