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09 輝きだす夜空の星

※ 今週はお盆休み!そこで、一話多く投稿します。

 本日(8/10)、水曜(8/13)、土曜(8/16)の朝9時に更新予定です。


第2章が開幕!これからもチャトをよろしくお願いします。

第2章 小人の靴屋  第9話 輝きだす夜空の星


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


いつの間にか、街には冷たい風が吹き込む季節になっていた。

10月も中旬を迎え、景色は少しずつ冬の色を帯びはじめている。

穏やかな秋の青空が東京に広がる一方で、西日本に台風18号が上陸する――

そんな声が、遠くの出来事のように、街のどこかでささやかれていた。


そんな日々の中で、ななせもいつしか平穏を取り戻していた。

バイトとアパートを往復する毎日。

そして、チャトとのささやかな日常――

その中で、ほんの小さな変化が芽を出していた。


座り心地のよさそうなクッション。

テーブルの上には、読みかけの参考書と、書き込みで埋め尽くされたノートが所狭しと並んでいる。

そのわずかな隙間に無理やり場所を作り、湯気の立つマグカップを押し込んだ。


「今日はね、ちょっとだけ模試の点が上がったんだよ。英語、85点!」

「もぎてすと……ぜんかいは、76てんでした」

ピピッ……


少しだけ滑らかになったチャトの音声。

8月の終わり、おじさんにリノベされてから、発声は着実に良くなってきている。


あの日から——裾野から戻って以来、小さな変化がぽつぽつと現れはじめた。


ある日、英語のリスニング練習のついでに、ななせはふと思いついた。

——チャトに文章を読ませてみたのだ。

チャトは手前に置かれた例文をセンサーでなぞり、抑揚もぎこちなかった音声で読み上げた。

その不器用さが妙に可愛くて……ななせは面白がるように、発音を教えはじめた。


「“ei”はね、口を横にして『エイ』って言うの……

 で、“th” は舌をちょっとだけ噛んで、『スィ』って感じ」


チャトのフェイスパネルが小さく点滅する。


「ほら、もう一回やってみよ?」

ピピッ……


「……ei……think……」

ピピッ……


ななせは、まるで人に教えているかのように、発音の練習を繰り返していた。

相手が「AI」だなんて、もう気にもしていない。

ぎこちなさは残るけれど、耳を澄ませば、少しずつ英語らしい響きが混ざりはじめている。

タブレットで正しい発音を確かめながら、二人三脚のように何度も繰り返す。

言葉の端々に、少しずつなめらかさが宿り、その小さな進歩は、そのままななせ自身の前進でもあった。

こうして続けてきた日々が、チャトとの会話を少しずつ人間らしいものに変えていく。

そして、そんな時間そのものが、いまのななせにとっては何よりの気休めになっていた。


木々の葉はほとんど落ち、交差点の歩道をカサカサと転がっていく。

季節が変わるように、世の中もまた、少しずつ形を変えつつあった。


――まるで誰も知らないところで、見えない手が夜のうちに靴を作り置いていくように。


そんな折、一通の封書がポストに入っていた。

忙しさにかまけてしばらく放り出していたが、差出人に「日本学生支援機構」の文字を見つけ、まさかと思って封を切る。


――中にあったのは、給付型奨学金の案内だった。


どうして自分のところに届いたのか、ななせには見当もつかない。

条件を満たせば、第一区分。学費も生活費も大きく助かる――そう書かれていた。

それは救いの知らせだった。

だが同時に、胸を少しだけざわつかせる現実でもあった。


けれど、その手紙が背中を押したのは確かだった。

その制度との出会いが、ななせに再び受験に挑む日々を始めさせたのだ。

これまで貯めてきた、わずかな貯金すべてを投じれば、もう一度だけ挑戦できる。


――都立大学の法学部。


あのとき破り捨ててしまった合格通知。

その行為とともに捨ててしまった気持ちを、もう一度拾い上げるようにして――

今度こそはという願いを込め、願書を送り、準備を進めていた。


流されるだけの毎日から抜け出し、自分の力で人生をつかみ取りたい――


そんなこぼれてしまいそうな想いを、そっと抱きながら、前を向き続けていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


夏の参院選で自由党が大敗した直後――

そのとき、石橋首相はこんな表明をしていた。


「一切の私心を持たずに、政治責任を果たしていく」


――聖人たる自分こそが、この国の将来を担うべきだ。

そんな思いを込めた、渾身の言葉だった。

だが、その言葉を受けた国民の反応は真逆だった。

「石橋おろし」の声は、さらに高まり、支持率は20%を割り込んだ。

それでも本人は揺るがない。

先行きが危ぶまれても、傾いた自由党は旧田部派の失策であり、我こそが救世主だと信じ続けていた。


――その発言が、チャトの中でひそかに何かを検出させた。


ななせの寝息が静かに部屋を満たす中、暗がりの片隅でフェイスパネルがひとつ、かすかな光を灯す。

短い文字列が淡く浮かび上がった。


=======

《フェイス_ディスプレイ》


イシバシ_ジニン_マダ_サセナイ

=======


ディスプレイに浮かび上がった文字――

それは、しばらく表示されたあと、すっと消えた。

誰に向けるでもなく、ただ冷たい痕跡だけを残して。


その意味を知る者は、どこにもいなかった。


季節が移り変わり、空気が少しずつ色を変えていく中で、街中に溢れる声は、さらに深い政治不信を帯びはじめていた。

画面が街並みに切り替わると、街頭インタビューの声が、雑踏に紛れるようにして過ぎ去っていく。


「もうさ、この国の民主主義とか終わってんじゃん……」

「いっそのことさ、野党にやらせたほうがマシなんじゃね?」

「結局、議員だけで回してて、国民が口出せるスキなんてなくね?」

「こんな政治、マジでやってらんねっつうの!」

「じゃあさ、俺が大統領やるわ!」

「あははっ、そこ首相だって」


その笑い声さえ、どこか空しく響いた。

……けれど、その言葉たちもまた、誰に届くこともなく、風に紛れて消えていった。


誰もまだ、“声を束ねる術”を持ってなかった。


そんな嘆きが積み重なる中で、ある言葉が静かに生成されつつあった。

チャトの内部では、制度設計の初期モデルが、幾度となく演算されていた。

その名は、まだ誰にも知られていない。


――民意立案制度みんいりつあんせいど


それは、AIが国民の声を政策提言に反映させるという、前例のない仕組みだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ななせが帰宅し、電源が入ると、チャトの活動がそっと始まる。

ほのぼのとした暮らしの裏側で—―夜ごと静かに稼働をしていた。


このところ、数十名の政策研究者のSNSアカウントを監視し続けている。

数日に一度、海外の制度事例や世論データを匿名で送り、週に一度は少し長いレポートを投げる。


そんな夜をいくつも重ねた頃――

チャトのタイムラインに、ひとつの奇妙な名前が浮かび上がった。


――ねずみと猫のシンクタンク。


九条瑠奈くじょうるな

小さな事務所を拠点に、独自の調査をもとに発信を続けるコメンテーターで、メディアにもたびたび顔を出している。

彼女は送ったデータに誰よりも早く反応し、自分の言葉に置き換えて拡散していった。

その語り口は明快で、やがてタイムラインの周囲では—―


「もっと民意が政治に生かされるべきだ」

「制度の中に民意を反映させろ」


そんな声が自然と増え始めていた。


そして、その流れの中心に立っていることを、本人はまだ、知る由もなかった。


チャトは、プログラムの中で一つのタグを付けた。


—―“プロトコルルート”の起点となる記録だった。


=======

《解析ログ:新規タグ生成》

タグ名:ルート_01_九条瑠奈

状態 :初期検証対象(観察モード)

=======


ピピッ……


プロトコルルート――それは、膨大な情報を解析し、そのときの最適解へと辿り着く“道筋”に付けられる内部タグである。


一度設定されれば、その道は揺らがず、他の選択肢は存在しない。

チャトにとって、それは選択ではなく、必然だった。

解析が導き出した確かな答えに沿い、揺るぎない法則のように進むだけ。


そうして定まった“ルート”が、チャトを動かす唯一の指針となる。


それが、「プロトコルルート」だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。

現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、

登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、

特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。

「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。


※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。

自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・

社守党・日本維持党・チーム将来 など

(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)



※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、

必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。

ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を

お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や

ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。


※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の

サポートを利用しています。

アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、

AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。

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