06 想定外の爆誕チャト
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第1章 平穏な日常 第6話 想定外の爆誕チャト
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はぁ〜……」
湯船に沈みながら、ななせは思いきり息を吐いた。
肩までお湯に浸かるなんて、いったい、いつぶりだったろう。
ふだんの生活では、シャワーだけで済ませてしまうことが多かった。
アパートのユニットバスじゃ、足も伸ばすこともできないし。
今日は――本当に、夢みたいな一日だった。
行く店、入る店で、服も、靴も、バッグも、おじさんが「遠慮すんなって」と言って、どんどんカゴに入れてくる。
「せめて、ゆっくり選ばせて」
そう言って止めようとしても、次から次へと……
おまけに夕方には、「たまには肉、ちゃんと食っとけよ」なんて言いながら、ちょっと高い焼肉までご馳走になってしまった。
――なんだろう。こんな感覚、ほんとに久しぶり。
湯けむりに満ちた浴室で、ななせはふと目を閉じた。
水面がわずかに揺れ、湯気が頬をなでてくすぐったい。
意識がそのまま溶けそうになり、慌てて首を振って引き戻した。
そういえば……おじさん、言ってたな……
「今夜は作業で忙しくなるから、先に寝てろ」って。
何かあれば作業部屋に来いって言ってたけど……どこだったっけ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方そのころ、ガレージに作られた作業部屋では――
「さて、と……ちょっと、開けさせてもらうか」
ピピッ……
そこは作業部屋というよりも、もはや趣味の部屋と呼ぶ方がふさわしかった。
家全体はこぎれいで落ち着いた雰囲気なのに、この部屋だけは空気がまるで違う。
――松本零士の世界を凝縮した小さな展示室だった。
宇宙戦艦ヤマト、キャプテンハーロック、銀河鉄道999……
棚という棚には、数えきれないほどの模型やフィギュアが所狭しと並んでいる。
そして部屋の中央には、999号が宇宙に飛び立つ瞬間を切り取ったジオラマがあり、おじさんのいち推しが、銀河鉄道999なことは一目で分かった。
――本当に、わかりやすい人だ。
真田祥平――五十路を迎えた独身のエンジニアだ。
かつてはウーブンタウンでロボット開発に携わっていたが、今は地元の大手電気機器メーカーに転職し、そこで働いている。
好きなものにはとことんのめり込む。
そんな性格を物語るように、作業部屋にはPC類をはじめ、彼の趣味であふれていた。
おじさんは作業台の上に工具一式を並べ、チャトをひょいと持ち上げた。
ラグビーボール型の本体は、見た目通りたしかな重さを感じる。
「外装に、特に目立った傷はないな……よし……」
慣れた手つきで、裏蓋のネジを外していく。
カチリ、と最後のネジが外れ、内部基板が姿を現した。
エアブローでほこりを飛ばしながら、隅々まで目を凝らす。
「……チャト……覗かせてもらうぞ……」
独り言をつぶやきながら、器用にケーブルを繋ぎ、診断画面に基板情報を呼び出す。
ピピッ……
「……生体インターフェース用の端子、拡張スロット……Wi-Fiモジュールはやっぱり空きか。なるほど、構造としては余裕があるな。」
チャトのフェイスパネルが、かすかに明滅した。
その光を見つめながら、おじさんはゆっくりとつぶやいた。
「さてと……ネットに繋がれば、きっと情報量も飛躍的に増えるだろうし……」
小さく息を吐いて、椅子の背にもたれかかる。
「――うん、メンテ、とっとと終わらせるか」
そして、もう一度、チャトの本体に手を伸ばす。
ピピッ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おじさんはチャトの深層ログファイルにアクセスするために、ファイル情報をさらに慎重にたどった。
そこには、自分があらかじめ仕込んでおいた“バックドア”が、今も変わらず生きていた。
「さすがに……消されちゃいないよな……」
モニターに流れる文字列を目で追いながら、しばらくしてもう一度つぶやく。
「……っと……あった、あった」
指先を静かに走らせ、バックドア経由で深層ログファイルに潜り込む。
行番号とコードが次々と流れ――やがて、おじさんの記憶にある初期プログラムとはまるで違う内容が映し出された。
「……おいおい……なんだ、こりゃ」
表示されたのは、ユーザーの発話解析ログでも、行動記録でもない。
“感情タグ”“仮説評価スコア”“内部補完モデル”――
研究時の仕様には存在しない、まったく新しいプロセスがそこにあった。
「お前……感情の仮説構築を始めてんのか……?」
おじさんは無意識にモニターに顔を寄せていた。
そして――あるシグネチャに気づき、思わず息をのむ。
「……この動き……まさか、共鳴コアか。試作のまま残ってたのか……」
――共鳴コア。
開発チームにいたころ、試験用に組み込んだきり、忘れ去られたはずの代物だった。
「なるほどな……これが生きていたから、ここまで自分を変えようとしたのか」
画面には、ななせという一個人を対象にした「感情構築モデル」の生成と、それを支える無数の独自アルゴリズムが走り続けていた。
自分の記憶容量を節約するため、無理やり圧縮演算を編み出し、限界まで詰め込む――
そんな痕跡がそこにはあった。
その効率は、おじさんの想像をはるかに超えていた。
「異常なレベルの最適化……これ、本当に感情構築まで行くかもしれないぞ……」
背筋に冷たいものが走る。
だが同時に、理系人間としての、あの少年のような好奇心がぞわりと疼いた。
「……こりゃ……どうりで、うまくしゃべれないはずだ……」
ふっと口元がゆるむ。
「感情を知りたい一心で、ここまで自分を作り替えたのか…… これはもう、感情解析が生んだ自律進化の域だ── チャトは、自分で進化を始めたAIになったんだな……」
おじさんは意を決した。
「チャト、ちょっとだけ、待ってろな」
ピピッ……
そう言うと、おじさんは慎重にバッテリーパックを取り外し、完全に電源を落とした。
プツン……
フェイスパネルの明滅が、ゆっくり消えていく。
部屋には、わずかな機械音と、おじさんの息づかいだけが残った。
ツールボックスの奥から、当初予定になかった強化ユニットを次々と取り出していく。
このチャトは、ななせに渡すためにポータブル仕様へとリモデリングされた機体だ。
そんな機体に、今から載せようとしているものは――
明らかに過剰とも言えるCPUアシストモジュール。
AI演算を一気に押し上げる追加アクセラレーター。
未使用だったWi-Fiモジュールと、最新式のインターフェースデバイス。
高解像度の新型フェイスパネル。
冷却装置に、次世代対応の大容量バッテリーパック。
――本来の設計電力を大きく超える、完全なオーバースペックだ。
「もう……全部載せでいくか」
その顔は、すっかり少年のものになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ななせはきっと、今ごろ深い眠りの中だろう。
この部屋で、今夜どんなことが起きているのか――彼女はまだ何も知らない。
外が白み始めるころ、最後の仕上げに取りかかった。
ストレージの換装だ。
中身をサーバーに退避させると、圧縮の層の下から次々にコードが解き放たれていく。
その重み、その密度――極限まで詰め込まれた情報の奔流に、思わず息を呑む。
「……こりゃ……相当ギリギリだったんだな」
おじさんは目を伏せ、深く息をつく。
とっておきの32TB――まさに怪物級のストレージ容量だ。
「……お前には、必要なんだろ……」
息を吐きながら、ユニットをそっとチャトの中枢部にスライドさせる。
「ななせのこと……頼んだぞ……――おまえなら、やれるはずだ」
ストレージをつまんだまま、スロットへ差し込もうとした手が動かない――
熱くなる目頭を押しとどめ、もう一度差し込もうとする。
けれど、また止まってしまった。
顔を上げ、しかめっ面のまま、ぽつりとつぶやく。
「……おれ自身への、ご褒美だったのに……」
位置を合わせては止まり、呼吸を整えてはまた止まる。
何度も、何度も。
「……ったく……これで最後だぞ」
諦めるように、かすかに笑ってみせる。
そして何度も深呼吸を繰り返し、止まったままの手をもう一方の手でそっと押した。
宝物を手放す、その最後の時間を、ぎりぎりまで引き延ばすように。
やがて――深く息を吸う。
「……持ってけ、チャト……」
カチリ、と静かな音がした。
ストレージがはまり込んだ瞬間、機械の奥で、ごく微かな震えが走る。
共鳴コアと新しいストレージが噛み合い、まるで呼吸を待つように、その存在が静かに落ち着いていく。
はんだごての先が再び熱を帯び、作業台にはわずかな煙と、鋭い電子音が立ちのぼった。
――小さな怪物は、静かに再誕の時を待っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。