36 飛散した真珠の首飾り
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第5章 分断化する世界 第36話 飛散した真珠の首飾り
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ホルムズ海峡の警備強化——
遠い北の海に落とされた爆発は、人命すら奪った。
その2つの事件のほぼ中央に位置する南の至宝。
かつて“真珠の首飾り”と讃えられ、自由と繁栄の象徴とされたその海域は、
いまや世界の海上貿易の3分の1を呑み込む巨大な回廊である。
——だが、ついに糸が切れた。
南シナ海という“真珠の首飾り”は、
手元を離れた瞬間に飛散し、
砕けた真珠はそれぞれ別の航路で弾け、
危険度だけを跳ね上げていった。
カムチャッカ近海で起きた輸送船の爆破事件。
海面に広がる油膜と、砕け散った破片は、
偶然や不運という言葉を静かに拒んでいた。
それは一隻の船を狙った行為ではない。
航路という制度そのものが殴られた——
そう解釈すべき、明確な政治的兆候だった。
さらに南の真珠が弾けた。
中国海警局との衝突事件が、公式発表として世界に流された。
南シナ海で“影の船団”と思われる不明船が確認された。
中国海警の巡視船が接近したが、
その船は、航路の誘導にも、停船命令にも、一切応じなかった。
それは逃走ではなく、挑発でもない。
制度そのものを無視する挙動だった。
追跡の過程で接触が生じ、双方に損傷が生じたが、
中国側はこれを「海賊活動への法執行措置の一環だ」と説明した。
しかし夜間だったことで拿捕には至らず、
“影の船団”は暗闇の中へと姿を消した——
その後、中国外務省の報道官が公式の見解を発表した。
「特定の国家による一方的な経済制裁は、
国際金融と物流価格に恣意的な歪みを生じさせ、
世界規模の混乱へと波及した。
西側金融圏が築いた格差構造は、
犯罪経済の温床となり、
その象徴たる“影の船団”の活動を一段と活発化させた。
ついに南シナ海においても活動が確認され、
さらに中国海警は法執行措置の過程で被害を受けた」
公式には「接触事故」とされたが、
曳航軌跡と衝突角度は、偶発的な事故として扱うにはあまりに整い過ぎていた。
海はもはやこれまでの海ではなかった。
報道では触れられなくとも、
影の船団の痕跡は世界の海で観測されていた。
真珠のように輝いていた海路は、
いつしかどす黒い政治色へと濁り、
滴る毒液のように航路へと飛び散った。
ホルムズ海峡の“検査強化”と、南シナ海の“法執行措置”。
海域は連続しているが、制度は連続していなかった。
それぞれの国家が独自の論理と主権認識に基づき、
別々の出来事として扱っていた。
続けざまに起きた“影の船団”による襲撃事件。
不可解にも東側諸国にしか被害が出ていなかったが、
その事件性は世界が知るには十分であり、
もはや無視できる規模ではなくなっていた。
「中国海警が実害を受けた以上、
これ以上の事態を未然に防ぐための対応は避けられません。
中国当局としては、
自由貿易と安全な海上交通の維持を最優先とし、
周辺国の“安全”を確保する目的で、
検査体制の強化を実施する判断に至りました。
これはあくまで安全確保のための限定的対応であり、
ホルムズ海峡における先行事例に沿ったものです」
そしてついに、誰もが予測していた発表がなされた。
南シナ海の航行に対する規制強化である。
今度は承認など求められなかった。
国際社会は、制度が“先に発動された”という既成事実だけを知らされた。
中国外務省の報道官は、イランが適用した制度とほぼ同じ内容で、
事前申告のある軍艦は検査対象外とした。
ただし今度はホルムズとは違い、
広大な海域全体ではなく、チョークポイントを抑える方式が採られた。
対象は2ヶ所——
マラッカ海峡近海のリアウ諸島周辺、
そして南沙諸島周辺であった。
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ホルムズ海峡に続き、マラッカ海峡の出口で検査強化が実施された。
各国のメディアはそれを、事実上のシーレーン封鎖ではないかと酷評した。
影の船団の活動は不規則に続いていた。
アメリカ海軍をはじめ、どの西側諸国の海軍であっても拿捕に躍起になっていた。
しかし、僅差で先を越され、その手柄と被害は制度化の名目として吸収されていく。
どの国家も、どの組織も黙っていたわけではない。
外交筋では抗議が繰り返されたが、
制度そのものを反転させるほどの力はなく、
その決定を裏返す術もなかった。
航路規制によって海路は変更を余儀なくされ、
時間と燃料の追加は運搬コストを際限なく押し上げていた。
その事実は、もはや誰の目にも明らかだった。
東京では鷹内首相が中国に向けて会見を開いた。
「中国政府は海洋の自由と、
周辺国が有する領域という主権、
いずれも奪うかのような独善的政策を
ただちに撤回すべきである」
そして続けた。
「日本の海洋における航路の安全は、
自由で開かれたインド太平洋という理念のもと、
諸外国との協調によって支えられてきました。
リスクマネジメントの観点からも、
アメリカとの綿密な関係構築は不可欠であり、
その延長線上にあるアラスカ航路の開発は、
まさに今回のような事態を想定した、
先行的な備えに他なりません」
国内メディアはこぞって報じた。
日本経済が海洋ロジスティクスから瓦解しつつあることを。
ホルムズ海峡との違いは明白だった。
南シナ海の開運ルートは、日本にとって最大級のチョークポイントだからである。
しかし会見には奇妙な空白があった。
——アラスカ?
——南シナ海だろ?
つまり、いま目の前にある危機に対し、
打開策がないことを意味していた。
記者たちは、どこまで踏み込んで報じるべきか逡巡した。
視聴者にとっても、答えは明白ではなかった。
リスクマネジメントの将来像ではなく、
差し迫った危機への“即応”が求められていたのだ。
ホルムズ海峡の検査強化が発表された際には、
「世界動脈に携わることは、日本企業にとって新たなチャンスだ」
と誇らしげに語られていたことを、
誰もがまだ覚えていた。
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アメリカの誤算があるとすれば、
世界の海すべてを掌握できなかったことだろう。
そして独裁的な政治の利点——
すなわち、政治的決定の速さである。
実際、アメリカはフィリピン政府と合意し、
南シナ海に面した軍港を軍事利用できるようにしていた。
だが承認手続きを踏む以上、
制度は時間を要求した。
——その時間こそが中国にとっての武器だった。
加えて、MECの成功のために見過ごした要素は、
今になって悔やまれることとなる。
論理は単純だった。
アメリカを殴れば、その数倍の痛みが返ってくる。
軍事施設を襲えば、それはたちまち戦争の領域に移る。
しかし影の船団が犯罪集団である以上、
中国は“安全確保”という名目で応対できた。
ここには法的・制度的な争点はなかった。
この段階で規制を止めるには、
もはや直接的な介入しかなかった。
すなわち軍事介入という選択肢である。
——だが、この選択肢はアメリカにしか行使が許されなかった。
国連でさえ、
NATOでさえ、
その領域には慎重にならざるを得なかった。
日本には、その選択肢の存在すら浮かび上がらなかった。
そして一旦崩れ始めた海路は、
もう誰にも引き戻すことはできなかった。
——だが、事態はそれだけでは終わらない。
海運業における最重要案件のひとつ。
海上保険の保険料が、この発表と歩調を合わせるように、
天井という概念を失ったかのように跳ね上がったのである。
特定の国家に対する制裁とは、一体何を意味していたのだろうか。
戦争を避けつつ、別の形で要求を呑ませるため——
その代償として、どれほど多くの市民の暮らしが、
制裁という名の圧力に押しつぶされてきたのだろう。
そして、対抗措置とでも言うべきか
今度殴られたのは航路ではなかった。
殴られたのは、世界の価格——
そして生活だった。
泥水のようなどす黒い液体は、
ついに生活圏にまで飛び散り、
それでも世界は、まだそれを戦争とは呼ばなかった。
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※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場する団体・人物・名称はすべて創作であり、
特定の組織や個人を批判する意図はありません。
本作は『国家再編計画書』の理念と制度設計を参照し、
国家構造の再構成をめぐる可能性を探る仮想的シナリオとして
構成されています。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来・中革連 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




