34 影の船団——シャドウ・フリート
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第5章 分断化する世界 第34話 影の船団——シャドウ・フリート
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、ななせは資料を作っていた。
ラップトップのキーを打つ音が、規則もなく小刻みに鳴っていた。
部屋のテレビはいつものように付けっぱなしだった。
音声は切られたまま、映像だけが世界の断片を無言で送り続けていた。
ななせは画面を見ることなく、手元の作業に没頭していた。
提出期日が迫る資料を仕上げることの方がはるかに重要だった。
遠い世界の出来事。
自分の生活とはどこか別の世界——
隣で淡々と演算を続けていたチャトだけが、
画面に映る“影の船団”のニュースを、ひと際長く追っているように見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その噂が最初に浮上したのは、アラビア海、オマーン近海での出来事だった。
——正体不明の影の武装船団。
「続いてのニュースです。
アラビア海で“正体不明の影の船団”、
いわゆるシャドウ・フリートによる妨害行為が報告されました」
画面に映るのは、劣化した画質の映像。
被害に遭った大型船舶の乗組員が、当時の状況を断片的に証言していた。
小型艇が急接近し、武装した数名が発砲しながら停止を強要した。
国旗も船籍もなく、名乗りもない。
海ではまず“自分が何者か”を示す——それが最低限のルールだった。
その同定を拒むということは、国家でも海賊でも密輸でもないということだ。
つまり“アンノウン”は、後に制度をもっと苦しめることになる。
数時間にわたり船舶は停留を余儀なくされ、
周辺国の沿岸警備隊が到着したときには、影の船団はすでに消えていた。
スタジオに切り替わり、専門家とされる人物が慎重に言葉を選ぶ。
「これは……伝統的な海賊というより、むしろ素人に近い犯行の可能性があります」
アナウンサーが眉を寄せた。
「完全に計画性の無い犯行でしょう。
大型船舶を制圧するなら、普通に考えれば10名ほどは必要です。
小艇の操船に1名、突入要因を4〜5名として……
最少人数を見積もるなら5〜6名といったところでしょうか」
さらに質問が飛ぶ。
「つまり素人の犯行と?」
「はい。
襲撃された船員の証言によれば、小型艇に3名が確認されており、
それぞれがライフルのような銃を装備していました。
恐らく情報取集能力を持たない、場当たり的犯行でしょう。
銃を使えば何とかなると短絡的な発想。
沿岸警備隊が思いのほか早く到着したことが、不幸中の幸いでした」
それは海外メディアの論調とも概ね一致していた。
人的被害が出なかったことを、沿岸警備隊の迅速な対応による“成果”として片付ける見解だった。
ただの素人による海賊行為。
あるいは民間船舶を巻き込んだ妨害工作による、何らかの政治的アピール——
世界はその程度に解釈した。
ところが、この奇妙な事件はそこで終わらなかった。
数週間後、同じ海域で似た手口の妨害行為が相次いだのである。
いずれも、3名ほどの武装した乗員が小艇で接近し、短時間だけ大型船舶を停止させる。
——ただ、それだけ。
発砲こそ確認されるが、奪われるものはない。
拉致もない。
要求も声明も出ない。
ただ停めるだけ。
専門家の間でも解釈は割れた。
無軌道な海賊、反政府勢力の示威、密輸ルートの攪乱——
仮説は増えたが、どれも決定打ではない。
それでも、組織性を疑う声だけは徐々に増えていた。
しかし皮肉にも、答えはすぐに出た。
事態は次の段階に入り、それを世界はようやく犯罪と呼んだ。
実際は単純だった。
——彼らは“測っていた”。
大型船舶が完全停止するまでに必要な時間。
沿岸警備隊が通報を受けてから現場に到達するまでの時間。
物資搬入に必要な時間。
隣接諸国の通信連絡網。
哨戒機の航路。
民間救難体制の反応速度。
そうした目に見えない時間の測定や観測こそが、最初の目的だった。
やがて海域の空気は明確に変わった。
今度は、停船だけでは済まなかった。
これまでは散発的だった小型艇が、今度は三隻同時に接近し、一隻の大型船を横付けで囲い込んだ。
停船を求められた船員たちも、すでに情報が出回っていたため、どうせ停船させられるだけだろうと受け止め、抵抗の必要性すら感じていなかった。
しかし、そこからが違った。
拿捕された船舶では、貨物区画と補給庫が開けられ、物資と燃料が奪われはじめたのである。
積荷は高価なものではない。
日用品、糧食、燃料、医薬品――
それらは戦闘ではなく、“稼働”のために必要なものばかりだった。
そして沿岸警備隊が到着したときには、当然のように影の船団はもういなかった。
それでも当時、世界はまだそこに気づかなかった。
ただの“素人海賊の延長”と誤認したままだった。
その誤認が、後に世界を苦しめることになる。
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事件が連続した後、さらに奇妙な報道が世界を揺らした。
――影の船団が、イスラム革命防衛隊(IRGC)コッズ部隊に“捕獲された”というのである。
これまで一切の痕跡を残さず犯行を続けてきたはずだった。
ところがイラン国営テレビは、誇らしげに拘束映像を流した。
黒い目出し帽を被った兵士たち。
その背後で無言のまま整列させられる数名の男たち。
それは国内向けには“国家の威信”を、国外向けには“統制の実効性”を誇示する映像だった。
まるで、他国がなし得なかった仕事を自国だけが遂行したと言わんばかりに。
映像は何も語らなかったが、国際社会には十分すぎるメッセージとなった。
そして最高指導者ハーメニー師は声明した。
「この影の船団は、西側の組織による破壊工作であり、
我が国を貶めようとする陰謀にほかならない」
海外の報道は混乱した。
海賊なのか、テロリストなのか、傭兵なのか、工作員なのか――
判別がつかなかったのである。
影の船団と称される小型艇が拿捕される映像こそ流されたが、
IRGCは彼らを“国籍を持たない盗賊団”にすぎないと説明した。
ハーメニー師はさらに続けた。
「イスラムの海を、イスラム自身の手で守る。
ホルムズという我々の海を、荒廃した世界の手から取り戻す」
その演説は長く、国家の神話を呼び覚ますような語り口だった。
そして核心が置かれた。
ホルムズ海峡の“通行規制”。
通行料の徴収。
検査権の行使。
そしてペルシャ湾からオマーン湾、さらにはアラビア海に至るまでの警備強化。
これらによって“安全の管轄権”をイランが担う――という構想である。
だが世界は困惑した。
あくまで名目は犯罪組織から船舶の安全のための警備隊を組織する
しかしペルシャ湾には、世界最大の軍事国家たるアメリカ海軍第5艦隊の本拠地がある。
カタール、クウェート、バーレーンには同盟軍基地が点在する。
海峡封鎖は歴史的に開戦の同義語である。
だからこそ、多くの報道機関は眉唾として扱った。
実行性は低く、何よりアメリカが許さない。
あのポーカー大統領が黙認するはずがない。
――そう判断された。
しかしイランは実行した。
通行検査は“静かに”始まり、船舶は一隻ずつ停止させられはじめた。
あくまでも“通行規制”が、粛々とイランによって行われたのである。
世界の報道は過熱し炎上したが、その違いを正しく認識していなかった。
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アメリカはすべて掌握していた。
もちろん影の船団の存在は別だが——。
イランがホルムズ海峡を封鎖でもしようものなら、
即時開戦を辞さない覚悟はあった。
その一線は戦争のラインであり、歴史的にも例外はない。
つまりアメリカにとって、
ここまでのイランの行動は“予測範囲内”だったのである。
イランは封鎖ではなく通行規制を選んだ。
検査であり、行政行為であり、制度の領域だ。
アメリカはそこを正確に読み切っていた。
軍事ではなく、制度のグレーゾーンに位置することを。
アメリカにとって重要なのはホルムズそのものではない。
ホルムズの外側に形成されつつある代替回廊だった。
「地中海エネルギー回廊(MEC)」である。
MECはイランにとって別の意味を持っていた。
それは単なる資源回廊ではなく、
イランが長年描いてきた“資源覇権の出口”を奪うものだったからだ。
かつてのイスラム・パイプライン構想は、MECの出現によって制度的に遮断された。
国内では経済状況が悪化し、
若年層は宗教指導部への反発を強め、
核施設は攻撃を受け、
ハーメニー師の“アメリカによる陰謀”という言説は、
少なくともイラン国内の文脈では完全に虚構ではなかった。
イランが何らかの強硬措置に打って出ることは、
むしろ必然であった。
そして皮肉にも、ホルムズ海峡の通行規制はMECにとって好都合だった。
海上輸送が一般的とされてきた資源運搬が、
“陸の回廊”の必要性と重要性を別の形で証明してしまったからである。
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※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場する団体・人物・名称はすべて創作であり、
特定の組織や個人を批判する意図はありません。
本作は『国家再編計画書』の理念と制度設計を参照し、
国家構造の再構成をめぐる可能性を探る仮想的シナリオとして
構成されています。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来・中革連 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




